■ EX24 ■ 閑話:魔王国民ゲイルとクリス Ⅵ
「では、信頼を測る意味も込めて、お前の血刀を見せてもらおう」
三日を勉学に費やした後、洞穴の中ながらやや広めの空間に案内されたケイルはそう要求され、首を横に振る。
「見せる気はない、と?」
「じゃなくて使い方がわからねぇんだ旦那。俺はこれまでアルヴィオスで暮らしてたんだぜ」
「……奥の手を隠していたわけではなく使えなかったのか」
ダサルが目を見開いたのは、ダサルの中ではアルヴィオス育ちであることと、血刀が使えない事が全く結びついていなかったかららしい。
自分と同程度に戦えながらも血刀を使えない
「血刀っていうのはハーフでも使えるんですか?」
アイズがそう尋ねると、ダサルは使えないことはない筈だと頷いた。
この魔王国において、
「血刀とは
故に血刀を見ればその
ケイルの掌に浅い傷をつけたダサルが、
「血に意識と魔力を集中してお前が望む戦いを思い描け。髄血がそれに呼応しお前の闘争を形作る筈だ」
そう言われてケイルは意識を手のひらの傷に集中するが、
――正しく生きなさいケイル。お前が善良であればあるほど、お前をいたぶる連中は汚れていくのだから。
「ッツ!」
脳裏にひらめいた言葉に意識を乱され、魔力が雲散霧消する。
「うーむ、上手くいかねぇ……コツみてぇなものはねえのかい、旦那」
上手く行かなかった理由が別にあることはケイルには瞭然だったが、流石にダサルには分かるまい。故に貴族的知らん振りでケイルは問うてみるが、ダサルは小さく首を横に振った。
「無いな、あえて言うならお前の闘争がまだ定まっていないことが原因だろう」
そういうことか、と少しだけケイルは理解した。この国に来てからケイルは母と過去の己の為の戦いと、アーチェの為の戦いの間で揺れ動いている。
闘争の形が定まっていないのだ。なんの為に、誰のために戦うのか、その芯が揺らいでいる。
何より、アーチェの元でアルヴィオス王国貴族のなんたるかを知ったケイルにとって極めて不愉快なことに、『己の常識に照らし合せるとデスモダスはアルヴィオスの底辺貴族よりマシ』という判断になってしまうのが何よりの問題なのだ。
「ダサルの旦那は
「ああ、どうやら私には真っ直ぐ飛んでいく事しかできないらしい」
フッとダサルが自らの血刀を展開してみせる。ダサルのそれは、螺旋を描く釘のようなねじれ円錐の形をしていて、正面からの切り合いができるようなものではない。
敵と正面から相対することを諦めた、物陰から射出し、死角から穿つための血刀だ。
「血刀が魂の、闘争の形ってんなら、デスモダスのあれは何なんだ?」
デスモダスの血刀はマントのように展開されていながら、平然と短剣へ、霧へと形を変え、ケイルたちをズタボロにしてくれた。
魂と闘争の形が血刀だというなら、形が変わるのはそもそもおかしい筈なのだが……
あれは例外だ、と前置きしつつも、
「おそらくデスモダスの闘争とは己を含む特定の個人ではなく、降臨した魔王陛下の為に為すことなのだろうよ」
そう苦々しげにダサルが解説してくれる。
「デスモダスにとって己の存在意義は年齢も性別も種族も異なる魔王陛下に尽くすこと。然るに奴には己の闘争という芯がない。故に奴は幾つもの仮初の形を持つ」
「仮初、っつっても何かしらの形はあるんだろう?」
「ああ、奴の血刀は要するに塵だ」
は? とケイルは言われた意味が分からず目をしばたたいた。
「塵、だと」
「そうだ、塵を集めて纏めて形にしている。それがデスモダスの血刀だ」
冗談じゃない、とケイルは舌打ちする。ならば自分たちは塵芥に負けた、ということになるではないか、と。
そう呻くケイルにダサルがどこか慰めるような顔を向ける。
「塵も積もれば山となる、を地で行っているのが奴だ。一つ一つは確かに塵だが、今の奴は紛うことなき巨山だよ」
ただ塵芥が山となるのも、あくまでデスモダスの凄まじい魔力量があればこそで、
「血族だからとてあれを真似しようなどとは思うな。私やお前程度では変幻自在の血刀など夢のまた夢。それこそ吹けば飛ぶような砂塵で終わるぞ」
デスモダスは強大な魔力で固めているから塵があれほど強固になるだけで、凡百では塵の血刀など目眩まし程度にしか使えないだろう、とのことらしい。
「ああ、俺も塵みてぇな闘争をするつもりはねぇよ」
そう言いながらもケイルは僅かにデスモダスの内心を読み取れてしまったような気がして気分が悪くなる。
あれほどの力を持ちながら自分を塵芥と捉えているなど……優秀な癖して自分の価値をとことんまで低く見積もる点まで、あの男の内心はアーチェによく似ている、と。
では翻ってケイルにとっての闘争とは、いったい何なのだろう?
「……駄目だ、試してみるまでもなく俺の闘争は揺らいでやがる」
ダサルの目がスッと細まるのは、ケイルのデスモダスを討たんという意思を買って引き込んだからだろう。
「母親の敵としてデスモダスを倒すのが宿願ではなかったのか?」
「それをよ、一体俺は幾つの棺桶と引き替えになら成せるのか。そこがまだわかんねぇんだ」
そうケイルが告げると、恐らく昨晩の会話を盗聴していたからだろう。
「随分と善良なんだな、お前は」
ダサルがそう、馬鹿にするでもなく素直にケイルを賞賛する。
「臆病なだけさ。敵を討つ代わりに今度は俺が仇と狙われちゃ堪らねぇってな」
「まあ、それが普通ではあろうな」
「こういう立ち位置の俺が信用できねぇってなら逆に教えてくれ旦那。ダサルの旦那はデスモダスを殺るためになら、棺桶幾つまでなら許容できる? その棺桶に幾人までなら仲間を入れられるんだ?」
「……そう聞かれてしまうと、な。確かに即答はできかねるか」
ではひとまず血刀は置いておく、ということで、
「で、お前『たち』ってことはクリスも纏めて強くしてくれるってことでいいんだよな?」
共闘を持ちかけたときにダサルは確かにそう言った。ケイルに血刀を伝授するだけならそういう表現にはならないだろう。
「ああ。ただお前たちは既に自分の鍛え方を知っている。これ以上俺たちが教えられる魔術や技など無いだろう」
それが真実かはさておき、ダサルは自分たちの魔術やディアブロスの秘術のようなものを二人に伝授してくれる気はないようだ。
「狙撃のためにお前たちの戦い方を見学していて気が付いたのだが――お前たちは全く協調できていない。同じ戦場にいながら個体として戦っているだけだ。それでは逆立ちしてもデスモダスには勝てぬだろうよ」
そう指摘されたケイルとアイズは顔を見合わせた。
言われてみればデスモダスと戦ったときも、ダサルらの奇襲を捌いた時も、ケイルもアイズも己の技術のみで敵の攻撃をいなしていた。
「一人が攻撃、一人が防御と役割分担するだけでもかなり魔力を節約できるだろうに、お前たちはそれぞれが自分で攻防両方を担当している。無駄が多すぎるのだ」
「言われてみれば……」
「確かにそうかも……」
ケイルとアイズはやや気まずそうにお互いを再び見やる。
共闘は――できないわけではないはずだ。実際狂獣ルナーシアと戦っていたときには役割分担をして挑んでいたが――
――畜生、そういうことかよ。
ケイルは内心で呻いた。あの時ケイルやアイズが共闘できていたのは、現場でダートが指揮を執っていたからだ。
「お前たちは既に二闘士民として通用する実力がある。裏打ちされた強さがあるからこそ、これまで困ることはなかったのだろうが……それでは強敵には勝てん」
逆にいえば、ケイルやアイズは未だ戦闘において他の仲間を指揮して、軍団として効率的に戦う方法を修めていない。
魔術師としてはダートと互角でも、指揮官性能が無い時点で総体としてケイルやアイズはダートに劣る、ということだ。
「個人の力で勝てるのはあくまで自分より弱い相手にだけだ。自分より強い相手に勝ちたければ綿密に連携しろ。それができねばデスモダスを倒すなど夢のまた夢だ」
「……もっともかつ有益な指摘だ。感謝するぜ旦那」
「ご鞭撻、ありがとうございます」
ダサルの指摘に、二人は素直に頭を垂れた。アイズとケイルは手こそ組んだものの、真の意味での共闘はできていなかったのだ。
その事実を摘出し目の前に晒してくれたダサルには、これはお礼の一つは返さねばならないだろう、と。
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