■ EX24 ■ 閑話:魔王国民ゲイルとクリス Ⅶ






 課題が見えてくれば、それを見過ごす態度はアーチェに嫌われる、というのが二人の共通解釈であって、であれば手を抜けるはずもない。


「いいぞ、目に見えて連携が取れるようになってきたじゃないか」


 ダサルの片腕らしい、ショートソードの血刀を扱う血鬼ヴァンプ族の青年ゴウファがそう模擬戦を終えた二人を労ってくれる。

 正直血刀の方は全然だが、共闘の方はそこそこ様になってきたとアイズもケイルも自画自賛ではなくそう思う。


 元から相手に何ができて何ができないかをよく知る二人である。

 相手を徹底的に利用してやろう、と考え相手の引き出しを全力でぶちまけることに遠慮が無い。どうこき使うかまで思考が及ぶ。


「すまねぇな。毎度毎度鍛錬に付き合わせちまってよ」


 そうケイルがすまなそうに肩を竦めても、ゴウファとその仲間たちはヒラヒラと手を振って笑うばかりだ。


「デスモダスを追い落とすには一人でも多くの戦力が欲しいからな。固いことは言いっこなしだ」

「そうそう、俺たちゃ所詮デスモダスからすれば塵にも等しいからな。数で勝つしかねぇもん」


 そう三日月刀の血刀を持つ血鬼ヴァンプ族にガハハと笑われれば、こいつらはいい奴らだなと思う反面、


――あまりにお人好しすぎる。こいつら本当にちゃんと『自分の思考で』デスモダス排すべしって考えられてるか?


 ケイルもアイズもそう、本気で心配になってくる。


 ディアブロス王国は、徹底した階級社会であり格差社会である。等級こそがものを言い、弱者には生きる価値がない。

 そういう社会だからこそ、得られる情報が等級によって大きく異なってくる。

 それはカワードやアダー様、それにこのゴウファやダサルなどを見れば一目瞭然である。


「デスモダスが倒れれば奴が所有している食糧民も俺たちのものだ。一気に髄血を育てられるってもんよ!」


 実際のところ、アダー様は人としてはクズだったがカワードより多くの知識を持ち、カワードが気付き得ないことを即座に思いついてた。

 つまり六闘士民と四闘士民ではそれぐらいに思考能力――こう言ってはなんだが頭の良さそれ自体に差があるのだ。


 そして要職に納まってしまうと目を付けられてしまうから、とダサルたちはあえて等級を抑えていて――それは知る機会を逸失しているのとほぼ同義だ。

 そのことをきちんと把握しているのならば、ゴウファたちにもある程度人を疑ってかかる思考が備わっているはずだが、


「俺たちはダサルと共に下級士民にも優しい社会を作る仲間だ。やってやろうぜ兄弟!」


 このゴウファは好人物だが、思慮深いとはお世辞にも言えないだろう。

 実際ケイルがダサルから提供された資料も、国の平均的な知識を得るに留まり――いや、それ自体はケイルの役には立ったのだが――国をどうしていくか、みたいな思考を発展させる取っ掛かりは全く得られなかった。


 知育、という発想がないのだ。あるいは、意図的に持てないような教育しか行なわれていない。

 だからカワードの職場にも無造作に資料が置かれていて、しかしそれを元に国の状態をどうすればよくしていけるか、という思考を組み立てるものが誰一人としていない。


 恐らく六から四までの士民は与えられた課題をこなす以上の思考を持たないように、教育統制が成されているのだろう。

 部下を纏める義務を負う四闘士民とて、部下を纏めるだけで部下を育てるのは仕事ではないのだ。

 三闘士民になり、下士官と地方行政の義務を負うようになって初めて、論理的に物事を考える思考を与えられるのだろう。


「なぁ、ニンファ様ってのはデスモダスを追い落として血鬼ヴァンプ族の族母になりたがってるのか?」

「決まってんだろ? でもデスモダスにはニンファ様ですらまだ敵わねぇみたいだしな。だから俺たちがやらにゃならねぇってわけよ!」


 ゴウファは力強く頷くが、ケイルやアイズはそれを鵜呑みにはできない。ゴウファが信じていることが事実である保証などどこにもない。他人は平然と嘘を語ると、ケイルたちは貴族社会で揉まれてよく知っている。

 あるいは、嘘は語らず事実だけを話術で何十倍にも明後日の方向に膨らませたりとか。それをやれてこその貴族である。


 ちょいと慎重になった方がいいかもしれねぇな、とケイルが考えていたところで、


「ゲイル、ゲイルはいるか!」


 ダサルが息せき切って鍛錬場へと滑り込んでいる。


「どうしたダサルの旦那、絶好の攻め時でも来やがったか?」

「その逆だ! お前の連れてきたあの女の食糧民はなんなんだ!?」


 いきなり詰め寄られ指先をずいっと胸に突きつけられると、なんだろう。恐怖は感じないが嫌な予感がケイルの背中をじわりと汗で滲ませる。


「なんだ、って言われても……可愛いいい子ちゃんだぜ? 弟君ラブな」

「いい子だ? ああいい子だろうよ、頭のいい子供だ冗談じゃないぞ!」


 つつっ、と冷や汗がケイルの背中を伝って流れ落ちる。

 この剣幕は――おそらくアーチェが何かをやらかしたに違いない。


「デスモダスの配下がここにきて急に動き始めた。何をやっているのかは分からないが――情報を集めているのは間違いない」

「なんだよその程度か。情報なんて普通は集めるもんだろ? 権力者はよ」


 ケイルはホッと胸をなで下ろすが、残念なことにケイルの前提常識とダサルの前提常識は全く異なっているのだ。


「アルヴィオスの知識で話をするんじゃあない! 魔王陛下の在位時以外は淫蕩にふけるだけのデスモダスがだぞ!? 陛下不在の今動いているってだけで異常事態なんだよ!」

「わ、分かったすまねぇ旦那。俺の知識が浅かったみてぇで謝るよ。でもそれとアイシャがどういう関係があるんだ?」

「あの食糧民、デスモダスは魅了していないどころか恐ろしく大事に扱っているんだよ。既に自宅に一室を与え、かなり甘く見積もって俺と同等以上の護衛を常時二人付けている程だ!」


 パシン、と拳を手の平に打ち付けるダサルの――怒りはともかく当惑はケイルもアイズもよく理解できた。理解できてしまった。

 意図せずして生暖かい視線になってしまう。ああ、アーチェはまたやらかしたんだな、と。


「デスモダスの普段と異なる行動の数々、これらが結び付いていないなんて楽観などできるはずもないだろう!」

「八人目、だな」

「最悪の予想……当たらなくてもいいのに」


 ケイルとアイズはそろって両手で顔を覆って、力無くその場に膝をついてしまった。

 これはもう完全にやらかし案件だ。デスモダスの王国に対する考え方がアーチェに似ている、と感じた時点でかなり嫌な予感はしていたが――的中したとて嬉しいことは何一つない。


 またか、またなのか。

 また恋敵が増えるのか。


 しかもそれが自分の父親とかどういう冗談なんだ。

 笑おうにも笑えず、しかしケイルの口から零れるのは乾ききった笑みだけだ。


 どうやらどうしようもなくなったとき、人は笑うことしかできないらしい。


「答えろゲイル、あの娘はデスモダスに何を吹き込んだ! お前たちは我々のことを最初から知っていたのか!?」

「……吹き込んだのは善意だろうよ。言ったろ、いい子ちゃんだって」

「善意だと?」


 怒りに燃えるダサルを前に、ケイルはそう頷くしかない。


「善意だよ。あの子は困ってる駄目野郎を見るとホイホイ手助けしちゃう生き方が魂にまで染みこんじまってるんだよ。危なっかしくて目が離せねぇんだ」


 そう、善意だ。アーチェの全ては献身でできていると言っても過言ではないほどの。

 加えて頭がよく、視野が広く、見通せる未来はケイルやアイズが想像できる範囲を軽く超える。


 ついでに言うとところ構わず服を脱げちゃうような羞恥心薄目で、自分が可愛いという事実にここ数日前まで全く自覚がなかった、全く危機感のない呑気者でもある。

 散々指摘した今はもう少しばかり危機感を身につけてくれているはずだが――やっぱり駄目だったか。


「誓って言おう。アイシャは旦那たちの存在なんざ露ほども知らねぇよ」

「第一、僕たちがこの国に来てまだ二十日も経ってないですしね。そこら辺は調べたんでしょう?」


 そうアイズが問うと、苦々しげにダサルは頷いた。

 恐らくダサルたちもケイルの経歴は洗っているはずだ。そして十数年前にクレマティス=ターニフローラというデスモダスの食糧民が逃げ出したという事実まで確認を終えたから、味方として登用を決めた。

 ケイルたちが自分を裏切りデスモダスを利する可能性は極めて低い、と信用したから稽古も付けてくれているのだ。だというのに。


「くそっ、こんなことは予想外だ。八百年にわたって魔王国に君臨してきたデスモダスだぞ!? それが食糧民の小娘如きに籠絡されるだとかなんの冗談だ!」

「……うん、俺ちゃんも冗談だと思いたいけど、よく考えたらその前に俺ちゃんが籠絡されてるしな。俺ちゃんの親父だもんな」

「そんな情けないことを偉そうに言うな!」


 くわっとダサルに目を見開かれて、ちょっとだけケイルは申し訳なくなった。

 でも、正直本当にケイルにはどうしようもないのだ。アーチェ・アンティマスクは自ら尾を踏んだ虎をあやして惚れさせる生き方が骨の髄まで染みこんでいるのだから。


「そのアイシャという子供は、頭はいいんだな?」


 正直その事実はアーチェの安全のために隠しておきたかったが、どうせすぐに露呈するだろう。であればここはダサルに疑われないことを優先すべきだ、そうケイルは判断する。


「ああ、並の大人以上にな。加えて好奇心旺盛で知らないことを知るのが人助けに並ぶ二大趣味、ってくらいに学ぶの大好きだな」

「……冗談じゃないぞ、それはデスモダスに優秀なブレインがついたってことじゃないか」


 大方、アーチェがカワードの食糧民としてカワードの職場で読書にふけっていたことも調べがついているのだろう。

 ケイルの言葉を疑うでもなく、ダサルもまた頭を抱えてしまった。


「ダ、ダサルの旦那よ、今こういう事言うと空気読んでないって言われるかもだが……アイシャを取り戻すのに協力しちゃくれねぇか?」

「馬鹿を言うな! デスモダスの愛妾をさらえだと? わざわざデスモダスに目を付けて貰いに行けってのか!」


 ギロリとダサルに睨まれて「あ、これ下手な事言ったら血刀が飛んでくるな」とケイルは僅かに命の危険を感じた。


「い、いや。誘拐の実行役は俺らがやるからよ。なんならそのまま国外逃亡してもいいし……」

「デスモダスを舐めるのも大概にしろ! あいつの館には一闘士民よりも強いと言われてる血族のウィアリーもいるんだぞ! お前たち二人がかりでもウィアリー一人すら突破できずに死ぬのがオチだ!」


 ウィアリー、ウィアリー・デッドビート。デスモダスの血族、眷族にして執事。癇癪かんしゃく玉ののらくら野郎d e a d b e a tという二つ名を持つ、穏やかな外見に反して苛烈な戦いで敵を磨り潰す暴威。

 彼が戦ったあとには肉片しか残らない、と噂されるその実力は、デスモダスの館を預かるに相応しいと誰もが認めているらしい。


 どうやらデスモダスの腹心もまた等級を押さえている臥龍であるらしく、デスモダス不在でもドライアズダスト邸を強襲してアーチェを攫うなど実現不可能に近いとのことらしい。

 ついでに言えばウィアリーの方がよっぽどデスモダスより油断のならない男だそうで、


「強さで言えばデスモダスの方が比較にならないほどに上だが、正直デスモダスもウィアリーも不用意に相対したら死ぬ、という点において俺たちからは大した違いがないからな」

「だから警戒心が強い分だけウィアリーの方が厄介ってわけか」


 やはりそう簡単にはいかないな、とアイズとケイルは顔を見合わせる。よしんばウィアリーを突破しても、アーチェの側には二闘士民並の護衛がまだ二人残っているわけで。

 ドライアズダスト邸の強襲は、そこが第十圏キムラヌートとアルヴィオス国境から遠いこともあって逃げ切るのも難しい、とどうやら現実的ではなさそうだ。






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