■ EX24 ■ 閑話:魔王国民ゲイルとクリス Ⅲ





「しめて一万二千三百ラヴァになります」

「おう、釣りは要らねぇ。嬢ちゃんの懐にしまいな」


 ケイルがカウンターに魔王国金貨を転がすと、角鬼イーヴル族の看板娘がお盆を胸に抱いて嬉しそうに笑う。


「ありがとうございます、また来て下さいね!」


 腹がパンパンになるまで食事をした上で、アイズとケイルはポーションを飲み干して第一圏バチカルの食堂を後にする。

 材料を腹にしこたま放り込んだ上でポーションを服用すると、消化吸収のみならず血肉の再生も早まるのである。


 これはアーチェがプレシアのポーションを検証していたときに発見した新事実で、この一点のみに絞ってもアーチェは研究者としてアルヴィオスの歴史にささやかな名を残せるであろう。


 しかしそういった研究内容をアーチェは全て自らの内に留め、最悪プレシアやミスティの箔として使うつもりらしい。

 そういう一点においても、アイズやケイルは見ていて不安になるのだ。アーチェは献身のために、自らをあまりにも蔑ろにしすぎがちではないかと。


(ゲイル)

(ああ、つけられてるな)


 食堂を出て、繁華街を歩きながらアイズとケイルは現状を確認しあう。

 風孔付近は流石に最初の大穿孔都市セントラルシャフトだけあって開発が進んでおり、繁華街は横穴を広く掘り進め作られている。


 また第一圏バチカルの他にはない特徴として、大空洞が防衛用の柱で埋め尽くされ、他の大穿孔都市セントラルシャフトより上下の移動が制限されている点が挙げられる。

 このためシャフトでなく石窟都市部内で上下移動が可能なようにどんどん手が加えられていき、その結果として大穿孔都市セントラルシャフトの大部分が立体迷路みたいな複雑な構造になってしまっているのだ。


(不意打ちにはもってこいの都市だな)

(どうりで治安が悪いわけだぜ)


 第一圏バチカルは魔王殿が存在するという、魔王国で最も由緒ある都市だが、言い換えれば魔王国で最も古臭く不便な都市でもあるのだ。

 普段は魔王も第十圏キムラヌートで生活する上、魔王殿自体がそもそも本土決戦という瀬戸際における防衛用の施設でしかなく、国際戦争をほとんどしたことがない魔王国にとって第一圏バチカルの重要性も低下している。

 そういった事情が重なっていることもあり、第一圏バチカルは士民制度から外れたアウトローや犯罪者が住まうスラムの様相を呈してしまっているのだ。


 かつて何度も犯罪者の一斉捜査などが行われているのだが……勝手な増改築が繰り返された第一圏バチカル繁華街の全貌は都市開発勤務者ですら正確には把握できていない。

 というか六闘士民で構成される都市開発勤務者では本格調査に乗り出すと逆に命が危ぶまれるとあって、治安改善の目処は立っていない。


 あるいは一闘士民や二闘士民を投入すれば解決できるのかもしれないが、ディアブロスは等級と業務が紐づいてしまっている。

 実力派を下級士民の仕事に投入することができないのは、ある意味ディアブロス魔王国の明確な欠点だろう。


 もっとも、どれだけ治安が悪かろうと魔王国の全国民は魔王に対して忠誠を誓っているため、魔王を害さんと望む者はこれまで一人として現れてはいない。

 当然だろう。魔王を殺せばこの国は溶岩に沈む、というのは九闘士民ですら叩き込まれるこの国の大前提なのだから。


(敵かな、それとも敵の敵かな)

(さて、少なくともチンピラの動きじゃねぇな)


 アイズたちに味方はいない。ここは魔王国、人間が食料民として家畜扱いされるこの国に、アルヴィオスの間諜は根を張れまい。

 であればアイズたちに接触するのはデスモダスを、その子を含めて憎む敵か、もしくはデスモダスを打倒する手駒としてケイルを使い捨てたい連中か。はたまた無関係の物取りか。


 いずれにせよ味方の線は絶対にありえないのだから、どれだけ警戒してもし過ぎという事はないだろう。

 監視の目はアイズたちに気付かれたことに気付いていないか、もしくは気付かれても気にしていないようだ。少しずつ距離が縮まっている。


 であれば、とアイズたちがあえて無防備に裏路地へ差し掛かったところで、


「いい腕だ。迷いなく首筋狙いたぁな」


 路地から突如として現れケイルの首を落とさん、と刃を振るった人影を風弾で弾き返す。


「背中は任せる」

「任された」


 市民を巻き込まぬように、また人目につかぬようにあえてケイルとアイズは裏路地に飛び込み、背中合わせに襲撃者へと相対する。

 前後から二人、上から二人。降り注いできた血刀をアイズが氷壁で防ぎ、風弾でケイルが腰だめに手槍を構えた鈍色の鱗鬼スケイル族を打ち倒す。残り、三人。


「下方に魔力、見覚えあるか?」

「お、束縛の呪詛だな、剛鬼フィーンド術士がよく使う。凍らせちまえ」

「分かった」


 足元から湧き立ってきた黒い髪の毛のようなそれを、アイズは凍らせて足蹴にて粉砕。

 その間にケイルが裏路地の建物をボロボロに風化させ、崩れ落ちた崩落に巻き込まれた剛鬼フィーンドの黒鬼が瓦礫の下へと埋もれる。残るは二人。


「種族混合、組織かな」

「だな。だとしたらそこそこの勢力はありそうだ」


 このディアブロスにおいて種族の差はそこそこ相互理解の壁になっている。ケイルはそれを闘技場生活で聡くもかぎ取っていた。

 闘技は見学も可能である為、他人の技を盗んだり手管を覚えたりするために見学者が無、ということはあり得ない。そして見学者がいるならヤジが飛ぶ。

 そのヤジの声音から、ケイルは種族間に横たわる隠しようのない隔意を読み取っていたのだ。


 だが、この襲撃者たちは異種族が手を組んでいる。つまり目的意識のある連中だ。

 あるいは、異種族を差別している余裕のない切羽詰まった連中という可能性もあるが、こいつらはそこそこに腕が立つ。後がないとはとても思えない。


「シャァッ――!」


 三日月型を成す血刀をゲイルは危なげなく片手のククリナイフで受け止め、残るナイフの柄を襲撃者の首筋に叩き込む。これで残るは赤いショートソードを構える血鬼ヴァンプ族一人だが――


「――!」


 アイズの防御が間に合ったのはほぼ幸運と偶然と、あとルナーシアのおかげで幾度となく死線を潜った経験の賜だろう。

 残りは一人と思わせておいて、ケイルやアイズが知覚できない遠距離からの狙撃。アイズが咄嗟に作り上げた氷壁には赤い棘が突き刺さっていて、脇腹まであとちょっとの位置まで食い込んでいる。


「驚いた、あれを止められるとはな」


 最後の一人、いや正確には二人か。

 指揮官、と見せかけてどうやら陽動役だったらしい血鬼ヴァンプ族の男が、血刀で構築したショートソードを分解して讃えるようにケイルらを見やる。


「デスモダスに挑むだけの根拠はあるということか。並の二闘士民を上回る実力は備えているようだな」


 ただ、相手が武装解除をしてもアイズとケイルは油断はしない。

 まだ遠距離からの狙撃を行なってきた狙撃手は二人の前に姿を見せてはいないのだから。


「だが、実力があるが故の傲慢さも見て取れるな。デスモダスに雛鳥扱いされるのも当然だ」


 ただ、そんな言葉と共に遅れてその場に姿を現したのは――恐らくコイツが先の狙撃手なのだろう。

 それあるを示すかのように、紅い釘のような血刀を手にした、二十代半ばぐらいに見える男が二人の前で血刀を消して両手を挙げてみせる。


「まともな士民じゃねぇなお前、ええ四闘士民様よ?」


 ケイルがそう威嚇するように問いかけるのは、男がその首に提げるタグがアダー様と同じ四闘士民のそれだからだ。

 アダー・ワートを一方的に叩き潰したアイズたちにはだから、目の前の男が四闘士民程度であるとはとても信じられない。この男の実力は等級と乖離している。


 実力を国に隠しているな、と問われた男は灰色の髪を揺すって、


「等級は一度上げると下げるのが難しいのでな」


 ケイルの言を遠回しに肯定した。この男は恐らく、今のアイズやケイルに匹敵する実力があるだろう。

 要するに男の言を信じるなら二闘士民と同等の戦闘能力を持っている、ということだ。


「手荒い挨拶をくれた理由を聞こうじゃないか、ええ?」


 ククリナイフを突きつけられてなお男が動じないのは――ああ、そういうことかとケイルは悟ってしまった。


――そも血鬼族が武器を握っている時点で赤子の域を脱しておらぬ証と知れ。


 デスモダスがそう言っていたのはやはり事実なのだろう。


「取引だ。お前たちに更なる強さを与えてやろう。その対価として我らが軍門に降れ。デスモダスを一闘士民の座から引き摺り下ろすためにな」


 そう問われたアイズとケイルは顔を見合わせて当惑する。

 どうやら彼らは敵ではなく、敵の敵であったようだが――さて。


「断ったらぶっ殺す、ってか」


 周囲を完全に囲まれている、と覚ったケイルがそう、分かっていたとばかりに頷いた。

 狙撃手である男がのこのこ現れたのは赤心を見せると同時に、断れば後がないと端的に語るためでもあったのだから。


「悪いが軍門に下る気はねぇ。協力関係なら考えるが」

「この人数に勝てると思っているのか?」


 脅しでもなくそう淡々と尋ねてくる灰髪の男に、ケイルはいんやと肩をすくめてみせる。潜んでいる敵は――恐らく三十は下るまい。一対一なら負けようがないが、同時に前後左右上下から襲われれば、流石に分が悪い。


「確実に生還できるって保証はねぇよ。だが囲いを突破する過程で半分以上は使い物にならなくできるぜ? それが痛くも痒くもねぇなら此方の負けって奴だが」

「……あくまで命令には従えない、ということか」

「おうよ、俺の主は俺だ。たとえ死ぬことになってもそれは譲れねぇ。だがデスモダスを殺る為なら協力は惜しまねぇよ。どうする?」


 そうケイルに尋ね返された男は僅かに思案し、


「デスモダスを打倒するための協力は惜しまない。その言葉に嘘はないな?」

「そっちこそ、デスモダスを引き摺り下ろすってのが嘘だったらテメェ、生きてられると思うなよ」

「そこは信頼してくれて構わない。ただ、目的は同じだが手段は同じくしていないことだけは事前に明言しておこう」


 男が伸ばしてきた手をケイルは迷わずに取る。

 アイズが検分したように、ケイルがあのデスモダスに一泡吹かせてやるには手数が必要だと、それを正しく理解していたからだ。


「つまりは、利用しあう間柄ってわけだ。いいぜ、それを事前に明言できる奴は信用に値すらぁ」


 男の提案が嘘じゃないなら、この話は渡りに船だ。

 たとえこの男がケイルたちを使い潰すのが目的だとしても問題はない。

 ケイルたちもまた、アーチェを救うために使い潰すことができる戦力を欲している。つまりはお互い様でしかないのだから。






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