■ 137 ■ 輻輳 Ⅲ






「さっきはまあ、二人が私を置いて帰ってなかったことに怒ったけど――助けに来てくれてありがとう、嬉しかったわ」


 とりあえずアイズが腕の力を緩めてくれたのでほっぺにキスして、その細い首に腕を回す。


「いつだって私は貴方を頼りにしてる。だから情けなくも自分を卑下したりしない! 今回は相手が悪かっただけよ、いいわね? 未来のアンティマスク伯様?」


 アイズの背中と頭に手を回してギュッと抱きしめれば、


「……はい、姉さんの信頼を裏切らないよう努力します」


 いつものアイズ・アンティマスク伯爵令息復活! である。

 手元に砂糖水がないのが少し残念だわ。いやアイズにあんなモン飲ませられないけど。


「宜しい。いやはや今回はもう絶対詰んだと思ったけど、終わってみれば案外何とかなるもんねぇ」

「一応釘刺しておきますがお嬢様、今回我々がお嬢様をお救いできたのは幾つもの偶然が重なった結果にございます」


 眼光で「調子に乗って無茶を重ねないでくれよ頼むから」と語りきっているケイルにハイハイと頷いておく。

 何せ私もう二つも致命的なフラグ立ててるもんな。まず現時点でプレシアの時報だし、それ回避してもデスモダスが何かの間違いで死なない限りいずれ拐われてディアブロス行きだし。


「アンティマスク伯爵令嬢、こちらを」


 騎士の一人が手綱を引いて連れてきてくれたのは、


「シバルバー! 会いたかったわ、元気にしてた!?」


 我が愛馬であるシバルバーが鼻を寄せてきて匂いを嗅いだ後に顔をすり寄せてくるの、うんうん、い奴じゃのう。

 改めてシバルバーの背に身を預け、またアイズも自分の愛馬に跨がって、ゆっくりレティセント領目指して移動を開始する。


 その間にリタさんとエルバ騎子爵たちが何故ここにいるかを尋ねてみると、


「へー、北方侯爵家に警告したのは貴方たちだったのね」

「左様にございます。些か乱暴な手段になってしまいましたが」


 ひょんなところから答えが出てくるもんだね。

 エルバ騎子爵曰く、北方侯爵家の見回りに遭遇しそうだったので一時的に緩衝地帯へ移動した際に魔王国の斥候を発見。それの挙動から大規模な軍事活動が始まることを掴んだそうだ。


「ですがここにいる我々自身がそもそも密入領、危険を正面から訴えることもできませんし、何より私たちは御身の帰還を待つ立場でもあります。北方侯爵家に正体を明かして拘束されるわけにも参りません」


 ということで皆で検討した結果、


「敵方の警戒著しい軍事行動中に御身が帰還する確率は低いと判断し、リテラ嬢の判断で北方侯爵領の砦に夜襲を仕掛けて回ることになりまして」

「……それはまたリタさんらしいというか」


 うん、一人で国内を回っているリタさんらしい苛烈かつ現実的な選択だ。

 もっとも夜襲と言っても多勢に無勢、どちらかというと先んじて見張りの兵を暗殺して回ったという方が正しいらしい。


 ……私には取れない手段だね。だけどリタさんたちが取れる手段の中でもっとも安全かつ確実に北方侯爵家の警戒段階を上げられる手段だ。

 人は自分の死を身近に感じない限り警戒態勢を取ることはない。しかし身近に死が訪れれば話は別で、だからそれが最も有効な「害意への備え」になる。

 そうすることでディアブロス狩猟部隊から無防備に夜襲を受けるよりはるかに死傷者数を減らすことができる。


 その冷製かつ苛烈な判断を下せるあたり、やはり籍を外したと言えどリタさんは侯爵家の教育を受けた娘だよ。

 安い感情に流されずもっとも多くの人を助けられる手段がとれるんだからさ。


 まあそんなこんなもあって、再び国境付近へ戻る途中にリタさんが大きな魔力の移動を察知して、念のために先行偵察へ赴いた先で私たちを見つけたのだそうだ。

 ……リタさん、さては魔力に惹かれて野次馬根性で私たちの前に現れたな。あの人若干ウォーモンガーな所あるからなぁ。結果オーライだから別に構わないけどさぁ。


 ただまあ、そうやって移動しているうちに朝日も昇り、


「ごめーん! 討ち取れなかったわ! 朝日が上る前に逃げられちゃった!」


 頭をかきながらリタさんも無事に帰ってきて――いや流石に強いわ侯爵家ぶらり一人旅。

 空飛ぶ一闘士民と闇夜の中で互角に戦うとかやれるの、現時点のアルヴィオス王国ではリタさんぐらいなんじゃないの?


「そーねぇ。エストラティ伯があと十歳若ければ私も勝てなかったろうけど、他に国内にはめぼしい人はいないかなぁ」


 というのがリタさんの見立てで、お祖父様昔は相当強かったんだねぇと感心しきりである。


「それでそれでアーチェ、魔王国の本かっぱらって来れた?」

「あの状況でほんの一冊でも持ち出せていると本気で思ってます?」

「ダメかぁ……悲しいなぁ。これだったら私も一緒に潜入するんだったわ」


 そしてリタさん、本当にこの人自分の欲求に素直に生きてるよね。羨ましい限りだよ。





 なんにせよ領境を(こっそりと)越えて、翌日の昼にはレティセント領へ到着。騎士爵の一人に先触れをお願いして先行して貰えば、


「あ、アーチェ様! おかえりなさーい! 私ちゃんとやりとげましたよぉ! 褒めて下さい!」

「お嬢様、ご無事で何よりでした……!」

「ただいまメイ。案外何とかなったわ。シアも無事で何よりよ」


 レティセント領都ドグマステクの入口までメイと、あと先に到着していたプレシアがわざわざ迎えに来てくれた。

 ちょっと心配していたアリーたちはと言えば、リタさんたちの奇襲で侯爵領に被害が出た、という噂を耳にしたヴェスとリトリーの判断で早期離脱を決行。無事に事なきを得たと一報が届いているそうだ。今はこちらに向かっているらしい。

 何だかんだで優秀だよね、ルイセントが推してきたヴェスは当たり前としてリトリーも。


「むぅ、褒めるのアリーたちばっかり……アーチェ様、私も命がけで頑張ったんですけど?」

「分かってるわよ。シア、お姉様をよく御守りしてくれました。上司として貴方を誇りに思うわ。それで……そちらは?」


 えへん、と胸をはるプレシアの背後に見たこともない三人の子供が付き従っていて、


「あー、はい。ちょっとした伝手で子供を預かることになりまして……えーと皆、アーチェ様に挨拶してくれないかな」

「長女のアムです。宜しくお願いします」

「ストラム、次女」

「グラムだ。覚えておけ下民」


 二女一男の、肌も髪も白くて黄色い目をした十歳ぐらいに見える子供たちは――あー、うん。そういうこと。


(……何でドラゴン・・・・の子供なんか連れているわけ?)

(それがその、流れでこうなっちゃって。私も困ってるんですよぅ)


 どうやらプレシアの方も色々あったみたいね。

 まあ、何だかんだで誰も欠けることなく無事に合流できたんだからそれでヨシとしておくよ。


 頭を垂れる市民に奇異の視線を向けられながら(なにせ私とアイズは馬上の人ながら士民服で、騎士と令嬢に守られてるっていうちぐはぐ存在だからね)、レティセント家夏の館カントリーハウスへと帰還。


「おかえりなさいませ、お嬢様」

「うん、シバルバーを宜しくね。ダート」


 また後で、と耳打ちして人足に扮するダートに馬を預けて館内に入れば、


「おかえり、アーチェ。お疲れ様」

「お帰りなさいませ、我が主よ」


 護衛のルイセントとシーラを従えたお姉様及びフレインの侯爵令嬢令息が出迎えてくれて、やれやれ。何とかこの夏も全員無事で乗り切ったか。


「只今戻りましたお姉様、ご無事で何よりです。フレインも。夏の山岳リゾートは如何でしたか?」

「そうね……とても忘れられない思い出になったわ……」


 一度プレシアの背後を見やった後に遠い目になってしまっているあたり、お姉様も指揮官として相当苦労したに違いないね。


「アーチェも無事でよかったわ。そちらの首尾はどう?」

「ギリギリのラインで合格点、といったところですかね。詳しい話はまた後ほど」

「そうね、帰ったばかりだもの。先ずはゆっくりお休みなさい」

「我が主よ、こちらに」


 フレインの先導に従って、先の来訪時に館内に割り当てられていた私たちの客室へと移動。


「ああ、ようやく帰ってこれたけど……もうすぐ王都に帰らないとなのよね。短いわ、長期休暇って何だったかしら」

「充実している、と考えましょう。その方が精神的にも宜しいかと」


 流石フレインは前向きでいいね、良いことだと思うよ。


「湯も潤沢に用意してあります。長旅の疲れを湯で濯ぎ、今日はごゆっくりお休み下さい」

「そうね、今日は部屋でゆっくり休んで、なら明日は庭でゆっくりさせて貰おうかしら。案内をお願いしていい?」


 そう尋ねると、フレインが柔和な笑みでこれに応える。


「は、庭師と共に主の帰還を心待ちにしておりました。レティセントが誇る夏の至宝をお目にかけられること、まことに嬉しく思います」


 うん、しばらくは庭を眺めながら何も考えずにボーッとしたい気分だわ。

 これだけ頑張ったんだ、それくらいの休憩はしてもいいでしょうよ。












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