■ 137 ■ 輻輳 Ⅱ
「夜明けまで逃げ切れる?」
「それは弟様と鎖に聞いてくれ」
だね。自前の翼で空を飛ぶケイルに比べてアイズの方は馬を駆るしかないわけで、その自由度はケイルとは比較にすらならない。
ケイルと違ってエルフの血など流れていないであろうニンファ氏だから夜明け前には撤収するだろうけど、まだ夜明けまでは少なく見積もっても
それだけの時間、速度と手数と移動範囲で勝る相手からの追撃をかわし続けるなんて、どう考えてもできやしないよ!
デスモダスに追い詰められた時と違って、ニンファ氏の狙いは私じゃなくてアイズとケイルの抹殺だ。しかもその目的は犠牲になった部下の仇及び将来の厄の目摘みときている。
私が投降したところで何も変わらないっての、本当に私ってばどこにいても足手纏いにしかならないわね。デスモダスに対しても、アイズたちに対しても。
「! しまっ」「掴まえたわ、さぁお仕置きの時間よ!」
ニンファ氏が投擲した無数の鎖のウチ一本が、ギリギリ躱したアイズの横で軌道を変えて胴体へ巻き付いた。
拙い、と思うより早くにケイルが、
「クソッ、こいつぁ貸しだぞ!」
片手を私から離して、赤い三日月型の――あれは、ケイルの血刀か!
投擲されたそれが見事鎖と食らい合い、削り合い、バキンと音を立てて双方が砕け散る。一闘士民ニンファ氏の血刀を砕くとか凄い! 初心者のそれとは思えないわ。
「貴方も血刀の使い方を覚えたのね、やるじゃないゲイル!」
鎖から解放された再びアイズが馬上での前傾姿勢に戻って後れを取りもどさんと馬に鞭を入れる。はぁ、寿命が縮んだわよ。
「目の前で女奪われて尻尾巻いたままじゃあ男が廃るからな。とはいえこれが精一杯だ、もう次はねぇ」
「そう、それはよかったわ。こっちはまだまだ余裕があるけどね!」
チラ、と背後を振り返れば、おいおい洒落になってないぞ。
十本を超える鎖がまるで
一度背後を振り返ったアイズが何かを決意したような顔で――ああ、それは許さないわよ。
「クリス! 足止めしようとして馬を留めたら私も無理矢理にでも飛び降りるからね!」
ぎくりと馬上で身を強ばらせたアイズはやはり、それを考えてたわね。
「自分はやったのに僕にやるなっていうのはずるいよ姉さん!」
「私のあれは生き残れる目があったからよ! 殺る気満々のニンファ様相手に足止めなんてできるわけないでしょ!」
これでアイズの魔力が満タンだったならまだ私もそれを許容したかも知れないけど……魔力すっからかんで飛び道具もなく、空を飛ぶ相手に足止め? 無理に決まってるじゃない。
それだったらアイズとケイル、
「あらあら、睦まじい姉弟仲ね。しかしいくらモダス様の義弟になる子といえども――容赦はしないっ!」
「義弟とか言うなクソ吸血鬼ィ!」
キレるとこそこじゃないでしょアイズ! なんて私がツッコミを入れるより早くに無数の鎖がアイズとケイル目掛けて襲いかかってきて――
「
横合いから凄まじい業火が吹き荒れて、数多の鎖を一瞬で蒸発させる。
火神の加護。
それも、一闘士民の魔術を相殺するほどの大魔術とか。
そんなことができる人なんて、
「お帰りなさいアイシャ。ここは受け持つわ」
気付けば私たちに併走して馬を走らせているその赤毛は――まさしくもリタさんだ! フレインの上位互換!
侯爵家出身のソロ活動魔術師である彼女なら勝てるかはさておき、迫りつつある朝までなら時間稼ぎぐらいはできる筈!
「ありがとうただいますいませんあと任せます師匠!」
「任された! 家で
私たちに併走する馬上でヒラヒラニコニコ手を振りながらも背後へは火槍を連続投射するリタさんを前に、流石のニンファ氏もこれを脅威と判断したようだ。
「ここがアルヴィオスだってことを失念していたわ。大した魔力、侯爵家かしら?」
「生憎ただの庶民よ、今はね」
「そう……ならば、土産に丁度いいってことね!」
「やってみなさい、やれるものならねぇ!」
双方の魔力が膨れあがって――
「アハハハッ、ならば貴方も、貴方の弟も! 鎖を繋いで私のペットにしてあげるわ!」
「あ? ぶっ殺すぞ貴様。見た目だけ若いクソ婆が。どうせ百歳は超えてんだろ? 蝙蝠如きが若作り気取ってんなよ」
「――なんですってぇ!?」
なんか話題が別の方向にシフトしているけどそれはそれでヨシ!
ニンファ氏の追跡速度がどんどん緩んで、干戈を交える二人と私たちとの間にどんどんと距離ができている。
最早声も届かず、しかし弾ける魔力の余波を背に私たちはとにかく逃げの一手だ。それしかない。
更に馬を進めたところで、
「お嬢、翼畳むんで少し揺れるぜ」
「! 人類圏到着ね、了解」
血鬼族固有の翼を収納し、飛行を風神の加護へ移行させた私たちの前に、松明片手に軽装鎧で身を包んだ騎馬隊が現れるが――警戒は不要だ。
「何奴! ……おお、アンティマスク伯爵令息、ご無事でしたか!」
「エルバ卿! すみません、予定が崩れてしまいまして」
私が上から声を出すと、それにつられて松明を掲げたエルバ騎士爵が空にいる私とケイルにも気がついたようだ。
「これは、アンティマスク伯爵令嬢も! 姉弟ご一緒で何よりです。先行したリテラ嬢は?」
「現在ディアブロス王国の幹部と交戦中です。我々は首を突っ込まぬ方がいいでしょう」
「了解しました。では緩やかに帰投しつつ、リテラ嬢の合流を待つといたしましょう」
リタさんと一緒に私たちを国境で待ち構えていたはずのミスティ陣営騎士たちとも合流できて、はぁ、助かったぁ。
あー、ようやく生きた心地がしてきたよ。流石にここまで来れば大丈夫だろう。
ぽくぽくと力尽き歩みを留めた馬からアイズが下馬して、同時にケイルも着地。
すると同時に、
「姉さん!」
駆け寄ってきたアイズが背骨を折らんばかりに抱きしめてきて、おいこらマイスイートブラザーよ。
「もう、幾ら味方陣営とはいえ貴方は他家の貴族を前にしているのよ、伯爵令息様?」
「僕は姉さんほど早く意識の切り替えできないから……よかった、本当に……」
だから、貴族が人前で涙とか見せちゃダメだってば。
あともーちょっと腕の力緩めてくれないとただでさえ無い胸が更に潰れちゃいそうでお姉ちゃん困っちゃうなー。
「仕方がないわね。クリスでいていいのはお日様が顔を出すまでだからね」
「はい……姉さん……ごめんなさい、僕が、弱くて、役に立たないから」
「アホなこと言いなさんな。貴方を弱い役立たずと定義したらアルヴィオス王国民の九割九分九厘が生きる価値の無いクソザコナメクジになっちゃうでしょうが」
「……姉さん、口調」
いいんだよ。まだ太陽は昇ってないし。
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