■ 137 ■ 輻輳 Ⅰ






 馬に鞭を入れて、一路南西はレティセント領へ向けてひた走る。

 アイズは己が跨がるのとは別にもう一頭馬の手綱を握っていて、てっきりそれは私のぶんかと思ったのだけど、馬を潰さんばかりの速度ってことはどうやら乗り換え用みたいだね。

 私の輸送はケイルに任せて、とにかく一刻も早くこの場を離脱しようという算段のようだ。


「アイズもケイルも無事でよかったわ。けどどうやって私に気がついたの? レティセント領へ帰ったのよね?」

「いいや、俺たちゃずっとディアブロスだ。お嬢が遠征に同行するって情報を得たから潜んでたんだが、こうも上手くいくとは正直思ってなかったぜ」

「え? ずっと魔王国にいたの!? 何で帰ってないのよ! 私情報持ち帰れって言ったじゃない!」

「そうだけど、姉さん一人置いて帰れるわけないじゃないか!」


 馬を走らせながらアイズが軽く此方を睨むけど、とすれば北方侯爵領のあの警戒は何だったんだ?

 アイズたちが知らせていないとなると、他に教えられる人はいなそうだけど。


「まあ、終わったことだからいいけどさ……よくあの状況から今までディアブロスに留まれたわね。王城への侵入者扱いでしょ?」


 デスモダスは傷を癒やすとは約束してくれたけど、あの時点での私たちはどう考えても犯罪者である。

 普通に指名手配はされていると思ったし、そうであればこそ私はアイズたちはすぐさまディアブロスを発つ判断をしたと思ってたんだけど。


「運良く協力者が得られたんでね、反クソ親父派って奴さ」


 あー、成程。ちゃんと実在していたワケね、反デスモダス派。

 どういう流れかは知らないけど、それの手を借りられたから潜伏が叶ったってことか。


「じゃああの冥術使いは? アレも貴方たちの伝手?」

「うんにゃ、分からねぇ。何なんだあれ? クソ親父ですら手こずってたようだが、あんなのがディアブロス上層部にはゴロゴロしてんのかねぇ」


 と、どうやら反デスモダス派の切札というわけでもないみたいね。

 いや仮にそうだとしても新参のアイズたちにそう教えてやる義理も義務もないだろうけどさ。


 アレが何だったかは――もう私には追求する術もないし、記憶の端っこに止めておく程度しかできることはないのだろうね。



 途中でへばってきた馬を替え、ここまで頑張ってくれたのに悪いけど此処で1頭目には別れを告げて更に南西へ。

 この馬はどうしたのかと尋ねたら、どうやら既に村民が根こそぎ拉致された村の馬だそうだ。ディアブロスでは馬を持っていても意味がないらしく、住人を連れ去った後に放置されていたのを借用したとのこと。


 確かにディアブロス王国内では馬の需要ってあまりなさそうだもんね。移動は小径セトを吹っ飛んでいけばいいし、輓馬にしても馬は他の家畜より燃費悪いし。

 慢性的な食糧不足気味のディアブロスにとって環境に優しくない家畜だから馬の価値が低いのか。お国柄って奴だね。


 細かい話は後、ということでひたすら馬を走らせたわけだけど、


「チッ、背後から魔力が迫ってくる。一つだけだがかなり大きいぞ」


 流石にレティセント領まで辿り着くより早くに追っ手が来ちゃったか。しかし状況から考えてデスモダスがアレの側を離れるとは考えがたい。

 オプネス氏は片腕を失っているし、これ以上の無茶は流石にできないだろう。ニール氏は今回の遠征における総司令官だから、持ち場を離れるはずもない。

 と、いうことは、


「ようやく追いついたわよ、アイシャさん!」


 逃げる私たちに追いすがってきたのはやはり、残る一闘士民ニンファ・プルアリアントか!


「お待ち下さいニンファ様! ちゃんとデスモダスに一時帰宅の許可は貰ってるんですよ私!」

「ええ、アイシャさんは一度お帰りなさいな。だけどそこのモダス様づらした男とその餌は別よ! 戦死した部下たちの仇、報いを受けなさい!」


 え、あ、そっかー! そっちかー!

 そういや私が言っちゃったんだった! ケイルたちが国に帰ったから北方侯爵家が警戒を密にしたのかもって!


「お待ち下さいニンファ様! 二人はこれまでずっとディアブロスにいたらしいんです、情報漏洩はこの二人からじゃありません!」

「それを示す証拠は? だとすると誰がアルヴィオスに警戒を促したのかしらね?」


 だよなぁ! わからないっす! 悪魔の証明です! 誰がやったかも知りません!


「それを抜きにしてもモダス様に反旗を翻す息子なんて不穏分子、早めに始末しておきたいでしょう? モダス様はディアブロスに無くてはならない御方、モダス様が許してもこの私が許しません!」

「心配すんな強そうで美人の姉ちゃんよ! 俺もクリスもクソ親父の足元にも及ばねぇから! クソッ、言ってて悲しくなってきたぜ!」

「今は、の話でしょうに。それに彼らがディアブロスに潜んでいたということは反モダス様派と接触でもしたのでしょう!? 洗いざらい吐いてもらうわよ!」


 うわぁ、まったく一闘士民としての仕事をしないオプネス氏の後にニンファ氏のこの態度だよ。温度差が酷くて風邪引きそうだわ!


「血刀、連結展開。【Lingering link ring束縛連鎖】!」


 空気を引き裂いて伸びてくるのは真っ赤な血の色をした、先端に剣の突いた鎖――これがニンファ氏の血刀か!


「クリス!」

「大丈夫! とは言いがたいけど!」


 馬の尻を叩いて上手く進路を変えたアイズではあるけれど、


「一本で終わりと思わないことね!」


 二本、三本と複数飛来する鎖はこれ、いつまでも避け続けられるものじゃないよ!

 馬上で剣を抜いたアイズが背中に迫るそれのいくつかを躱し、避けきれないものは剣で撃ち落とす。よく対応できるものだけど、完璧に背後取られてるのが痛い、痛すぎる。


「ゲイル、迎撃は――無理そうね」

「ああ、俺も弟様もクソ親父にカチコミかけるのに全力振り絞っちまってる」


 だろうね。

 あのときデスモダスは冥術使いによる魔術減衰効果範囲の中にいたわけで、そこに横やりを入れる以上、アイズたちの魔術も当然減衰を受ける。

 だってのにデスモダスにとって不意打ちになる速度と威力の魔術をぶち込む必要があったんだ。力量で劣るアイズたちにできることはなら、一撃に全てを込めることのみだ。


「つまりはすっからかんってことね」

「お嬢を抱えて飛ぶだけの余力を残しとかないといけねぇし、迎撃に割ける魔力がねぇ。すまねぇ、勇んで飛び出したってのにこのざまでよ」


 あのとき攻撃に回ったのがアイズで、ケイルは風神の加護も加えた高速飛翔のみだからまだ余裕はあるけど、流石にニンファ氏とやり合うのは――魔力が満タンでも難しいだろう。

 ニンファ氏もまた魔王国最強が集う元老院の一角、一闘士民だ。いずれはアルヴィオス王国最強格の魔術師になれる素質があるアイズたちだろうと、現時点では力量差が大きすぎて相手になるまいよ。






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