■ 136 ■ 交錯 Ⅲ
「王国魔法陣の誤動作で
「分からぬ、が、念のためあれは殺さず回収して国に戻るべきだろう。元よりディアブロスの方角からやってきたようだしな」
デスモダスもこの状況を説明できる確とした仮説はない、か。だから回収。まぁ、回収できるならしておくべきだってのはその通りだと思うけど、
「どうやって?」
「切れぬなら丁度よい。意識を刈り取るまでだ」
デスモダスがニヤリと笑い双剣を構えて、
「血刀、焦熱展開。【
しかしその予備動作とは異なる魔術の展開。周囲を焼き尽くす焼却魔術の発動。
それでこっそり背後から迫っていたらしいシャボン玉は全て灰燼と――いや液体だから灰にはならないけど――蒸発してかき消えた。
「あーん読まれてたぁ! モダス様油断なさすぎぃ!」
……この期に及んでまだ諦めてなかったのかよ。止血のために腋を押さえているオプネス氏が悔しげに地団駄を踏んでいるの、元気だねとしか言いようがないよね。
ただ、これ以上邪魔されるのは流石に面倒だとデスモダスも考えたようだ。
「援護しろ、オプネス」
「! はい、モダス様♡」
デスモダスの奴、容赦も遠慮もなく魔眼を使いがやるわね。
だから蕎麦屋でざるそば頼む感覚で魅了すんな、と軽く睨んでやるも、
「相手は一闘士民、魔術耐性も高いし長くは持たん。そう妬くでない」
「妬いてないわよバカ!」
呵々と笑ったデスモダスが再び双剣を構え直し、【
「血刀、燃焼展開、【
加速する。燃え上がる血刀を背後に吹き散らしながらの高速飛翔はさしもの冥術使いですら、いとも容易く減衰できるものではない。
振るわれた赤い刃が峰で冥術使いの頭を捉え、車に轢かれたかのように冥術使いが横っ飛びに吹っ飛ばされる。
「やった!?」
「まだだ、まだ意識がある」
その言葉に同調するようにギロ、と冥術使いの目だけが此方へと向けられ、しかしその瞳からは何も読み取ることができない。何の感情も浮かんでいない。
代わりに、
「おのれ、魔眼モドキか」
見ることもまた原始的な呪詛の一つ、とばかりに目に見えて追撃に向かうデスモダスの速度が落ちる。
ただ、それでもまだデスモダスの爆発的加速による推力は冥術使いを刀身の及ぶ範囲に捉えるだけの速度を与えてくれている。これならいける!
次で決めるとばかりにデスモダスが長剣を振りかざし、一度高度を取って斜め上から斬りかからんとした、瞬間、
「ガハッ……!」
グラリとデスモダスが姿勢を崩し、ピッと私の顔に血しぶきがかかる。吐血?
一体なにがと思うより早くに、目に映ったのはデスモダスの背中に突き刺さる細い一本の氷柱で――
「手を離せ、
理解より早くに聞き慣れた声に反応して、身体が動く。
両手でしがみ付いていたデスモダスの身体を離し、自由落下にこの身を任せると横から緑色の尾を引く衝撃が割り込んできて――
今度は逆に私のほうがガッシリとした力強い腕にぎゅうっと抱きしめられる。
「遅くなってすまねぇ、お嬢」
位置的に顔は見えないけど、声と匂いで分かる。どこか草木を思わせる爽やかな夏の匂い。軽薄とも取れる明るい声音。
「ゲイル! どうしてここに!?」
「ぬかった……! フローラの子か!」
「お嬢は確保した、ずらかるぞクリス!」
その声と共に森から馬を駆った――ああ、あれはアイズだ。マイスイートブラザー、私の最愛の家族。二人とも無事だった。もう二度と会えないと思っていたけど、望みは捨てないものね。
アイズが馬を全速力で奔らせて、それに私を抱きかかえて飛ぶケイルが追従する。
「あばよクソ親父! 今はてめぇの相手をしている余裕はねぇんでな!」
「余裕がない、ではなく相手が務まらぬであろうが!」
声と共に背中に刺さった氷柱を引き抜いたその手で握り砕き、
「三下如きが
踵、いや翼を返したデスモダスが素早く転進して此方を追いかけてくるが、いいぞ!
「グゥッ!?」
「モーダス様、つっかまっえちゃったぁ!」
魔眼から解放されたらしいオプネス氏が
「この……たまには一闘士民の仕事をしろ大
ただ、完全にガチ切れしたデスモダスがオプネス氏の頭を掴んでそのまま急降下から地面に叩き付けて――あー、今までご苦労だったオプネス氏、冥福を祈る。いや多分死んでないけど。
そうしてこの場から去る私と冥術使いとを一度見やったデスモダスだったけど、やはりこいつは公人としてマトモだね。
「致し方あるまい、一時帰国を許す。其の身が程よく熟れた頃に迎えに行く故、輿入れの準備と身辺整理を済ませておけ」
軽くかぶりを振って、しかしそういう所は変わらないなぁお前はよぉ!
今どき結婚する前から亭主関白な野郎についてきてくれる女がいると思うなよ!
「悪いけどその前に嫁いじゃうから! 悪く思わないでね! さよならデスモダス!」
お前の都合なんか知ったことか、と声を張り上げてデスモダスに三行半を叩き付けるが、
「好きにせよ。其方が誰に嫁ぎ誰の子を産んでいようと最終的に私の横で我らの子を抱いておればよい。それ以上は望まぬ」
返ってきたその一言に思わず頭を抱えたくなってしまった。そりゃそうだ、八百年も生きてるようなやつが今さら嫁に処女性なんて求めないよな!
そもそもデスモダスは魔眼によって向けられる愛も魅了が切れるまでは真実の愛って考える男だ。今ここに在る現実を重視する思考なんだから、過程や方法などどうでもいいわけで。あいつはもう嫁いじゃったから、なんて理由で女を諦めるような殊勝な男じゃないもんなあいつ!
しかもディアブロスとアルヴィオスに国交がない以上、他国の女一人攫うことは何ら問題となる行為ではない。だからアルヴィオス国民一人を誘拐する程度はディアブロス王国の国益を損ねることはない。
つまりデスモダスはその気になれば誰がどのような迎撃態勢を整えていようと私一人を攫っていくくらい造作もないわけで――あれ、私これ完全に詰んでね?
「姉さんいくら何でもたらし込む相手は選ぼうよ! そんなに父親世代が好きなの!?」
「違わい! あっちが勝手にとち狂ったんだい!」
そしてマイスイートブラザーよ、気持ちは分からんでもないがその誤解はひどくない?
そりゃあ自分をボロ雑巾にした相手と姉が仲睦まじくニャンニャンしてたら「なんだぁテメェ」って思うのは当然だ、分かるよ。文句の一つは言いたいよね。
でもこちとら媚を売るか竿だけ舐め太郎になるかの二択だったんだよ? どっちがよかったかは――うーん、こうして助けられたってことは竿だけ舐め太郎になってた方がまだマシだったか。
少なくとも舐め太郎コースだったらデスモダスが私に執着するようにはならなかったもんな。
いや、でもデスモダスが私に執着しなきゃ今日の外出も成立しなかったわけで……やっぱダメだ。結局しかなかったって奴だね、これはさ。
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