■ 136 ■ 交錯 Ⅱ







「少し振り回すぞ。吐いても構わんが腕は離すな」

「了解」


 脚を絡ませて私の身体をデスモダスに固定すると、羽ばたきと共にデスモダスが加速急降下。最早防具はないというのにためらいなく泡の海へと突撃する。最初に狙うのはやはりオプネス氏の方か。

 剣閃一閃。無理矢理切り開いた隙間が次なるシャボン玉で埋まるより早くに身を滑り込ませ、左手の刃で更にダメ押し。攻撃は最大の防御とはよく言ったものだわ。


「! 速――」「悪く思うな、オプネス!」


 両腕を振り抜いてもなお残る肘先の刃が牙を剥き、脇をすり抜ける瞬間に細剣エストックを握るオプネス氏の右腕があっさりと宙を舞った。

 右腕を失ってなお残る左手では【溶解雨ライスシャワー】を再生成しつつ横へ跳ね距離を取るオプネス氏は流石、一闘士民といったところか。


「あーん、私の右腕ぇ!」


 想像していた十倍は余裕そうな悲鳴を振り切るように転進したデスモダスが十字に刃を振り抜いて、次に狙うのは正体不明の冥術使いだ。

 放たれたスラッシュクロスは、今度はいけるかと思ったけどやはり冥術使いに近づけば近づくほどに細って、やがて跡形もなく消滅する。

 クソッ、やっぱアローじゃなくてブレイクじゃなきゃダメか?


「減衰性能だけみれば歴代の魔王陛下にも劣らんが――」

「テ、テ、テ、テニ、ハチ」


 撃ち合いでは埒が明かん、とばかりに呪詛をかいくぐりながら距離を詰めたデスモダスへ備える謎の存在の身振りは、極めて鈍重かつ稚拙。


「ナ、コブ、ナ、ダ、マラ、ナイ」

「とても知性ある生き物の挙動とは思えん、本当に何なのだ貴様は」


 ただ、その冥術使いに近づけば近づくほどあからさまにデスモダスの動きも鈍っていく。

 それのみならず私自身、デスモダスの胴に回しているはずの腕の感覚がなくなっていて、気付けばこれだけ密着しているのにデスモダスの匂いも体温も感じられない。まるで生きているという感覚、生命力がごっそりと削られていっているかのようだ。


「動きを止めさせて貰う!」


 強引に接近したデスモダスが刃を振るうも、


「むぅ、ここまで減衰するか」


 すれ違うだけでオプネス氏の腕を落とす凶刃を振り抜いたにも拘わらず、冥術使いは単に吹き飛ばされたのみで裂傷を負ったようには傍目には見えない始末だ。

 ……相変らず反則じみた防御力ね。ゲームの魔王もマジで固かったからなぁ。聖剣じゃないと殆どHP削れなかったのは嫌な思い出だわ。いやこいつが魔王だって決まったわけじゃないけど。


 地面をゴロゴロと転がるそれを尻目にデスモダスが一度上空へと舞い上がり、落下のスピードも加えて急降下、今度こそ有効打を加えんと肉薄する、が、


「――オ、マエ、ド」

「! 拙い」


 私の拙い危機感ですら感じ取れるほどの明確な怖気。

 瞬時に翼を広げてデスモダスが方向転換、すぐさま距離を取った背後で、


「シン、テ、シ、エ」


 怖気すらもかき消えてしまうほどの濃密な魔力が弾けて、あれ? 急に目の前が真っ白、に――




「――シャ、目を覚ませ」


 ドン、とデスモダスに背中から心臓を叩かれてようやく、自分が呼吸を止めていたことに気付かされた。

 ハッハッと荒い呼吸を繰り返すことで僅かに思考がまとまり始める。四肢の感覚も復活し、息苦しいのに安堵しているあたり私もオプネス氏を笑えないわね。


「……助かったわ、ありがとう」

「読み誤った私の失態だ、許せ」


 たぶんこれ、私一瞬心臓止まってたわね。直撃はデスモダスが躱してくれたと思っていたけど余波だけでこれか。


「デスモダス、あれ、どうするの?」


 私たちの視線の先、油の切れたブリキ人形みたいな拙い動きでそれが立ち上がる。

 転がった拍子にフードが外れ、露わになった顔は――くそ、弓がないから夜目が利かない。前髪に隠れて顔が見えない。


「冥術による人形golemかと思ったが、生身か」


 そう、一応は私にも生身に見える。ただ種族が分からない。

 角もない、空も飛ばない、入れ墨もない、当然蜥蜴でもない。人間? まさか、そんな馬鹿な。

 視界の端で、その何者かがフードを被り直して再び顔が判別しにくくなる。クソッ、なんなんだ。


「魔眼は――透らぬか。男だからか、それとも減衰されたか判断はつかぬが」


 口の端からよだれを垂れ流すその頬には知性のありかを見いだせず、しかし歪む口元に表情未満の生々しさがあって逆に人形らしく感じられない。

 深い青の髪は伸ばしているというよりは手入れをしていないだけといった風体で、年頃は――十五、六歳くらいか? 分からない、目元が見えないからはっきりしない。

 特徴がないのが特徴みたいな、魔族らしい特徴を一切備えていないように見える造りのあいつは――本当に何なんだ。


「仮に魔王だとしたら、殺しちゃったら拙いのよね?」

「否、最悪殺してしまってもその力を殆ど使わせねば、溜め込んだ冥力は王国魔法陣へ帰還するから問題ない――が、此処では殺せんな」


 ここはアルヴィオス王国の土地なので、この場で殺してしまっては溜め込んだ力を魔法陣へ送還することができないのだそうだ。

 逆に言えばディアブロス王国に帰還すれば最悪殺してしまっても問題ないらしい。無論、新たな魔王が降臨するのがまた遅れるという弊害はあるそうだけど。


「それでも、精神失調に魔王の力を与えておくよりかはマシか。あれじゃ貴方が眷族にしても命令聞いてくれそうにないもんね」

「然様、ただ――」


 珍しくデスモダスが言い淀んだのは、なんだ?


「ただ、何?」

「転がるほんの僅かの間、しかも一部の皮膚しか見えなかったが、あれには冥痕スティグマがない、ように見えた」


 は? 冥痕スティグマって――ええと、確かベッドの上で聞いたような。記憶が確かなら、魔王として王国魔法陣に選定された者の身体に刻まれる、魔王の証みたいなモノだったよね。

 それがないって言うことは……


「魔王じゃ、ない?」

「だが、魔王陛下に届きうる力がある。単独個体があれほどの力を得るなど、生半なまなかなことでは叶わぬぞ」


 そりゃそうだ。実際にデスモダスの本気の一撃を受けてもけろりとして立ち上がってきているのだ。

 一闘士民筆頭の攻撃をそこまで減衰させるなんて、それこそ魔王ぐらいにしかできないだろうが……それでも冥痕スティグマがないということは――王国魔法陣に選定されていない?


 誰かが王国魔法陣に貯められた冥属性を魔王候補者以外に封入し、デスモダスに差し向けた? ……だめだ、推論ならいくらでもできるけど、確度を高める情報が徹底的に欠けている。






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