■ 136 ■ 交錯 Ⅰ






 空気を切り裂いて、いや全く空気を動かすことなく飛来した何か。

 それを切り払ったデスモダスの長刀が綺麗に欠ける。いや、それを欠けたと言ってよいのかどうか。


 長剣、【murrey gam紅脚】はその一部が綺麗に丸くくり抜かれていた。あるいは長剣を構築する魔力が見事なまでにかき消されていたと言うべきか。


「馬鹿な、冥属性だと?」


 耳朶を打つデスモダスの呆然とした呟きに、思考が乱されて追いつかない。

 冥属性? 今の一撃が?


「素晴らしいわ! この背筋がひりつく危険幸福、ゾクゾクしちゃう!!」


 そしていち早く我に返ったオプネス氏が、お前ぇ! 明らかにその黒影とデスモダスを挟んで対角線に移動し、此方へと【溶解雨ライスシャワー】を撃ち放ってくる。

 ええい、死と隣り合わせが好きならあっちに挑めよ! あれは隣り合わせどころか死そのものだから挑みませんとかか!? 都合のいい奴だなお前ぇ!


「デスモダス!」

「オプネスめ、どこまでも己が快楽に全振りよな!」


 我に返ったデスモダスが右腕を振るって迫りくるシャボン玉を粉砕し、返す刀を振り切ろうとして、


「おのれ、流石に分が悪い」


 音も気配もなく飛来する何かに長刀を再び削られる。

 正体不明の敵の攻撃、あれはなんだ? 私にはさっぱり分からない、初めて見る魔術だわ。


「なんなのあれ!? 貴方の本気が穴だらけじゃない! 洒落になんないわ!」

「冥葬の呪詛だ、当たれば問答無用で死に至るぞ!」


 は? 冥葬の呪詛? 呪詛ってのはあれだろ、普通は形を持って飛来するようなモノじゃないだろうに。

 そもそもプレシアだって聖属性の投射は不可能だってのに、冥属性を遠隔で投げてくるなんて、そんなことができる奴がいる……はず――


「――まさか、魔王?」

「に、迫るほどの冥術だが……何故だ、魔王陛下が降臨なさったのであれば王国魔法陣が反応するはずだ!」


 デスモダスがガラにもなく狼狽えているのは、デスモダスの認識でも目の前にいるのが魔王並の冥属性魔術士であることが疑いないからだろう。

 これまで幾代もの魔王に仕えてきたデスモダスが判断を間違うはずがない。だが状況として目の前にいる存在が魔王である筈もない、いや。


「私たちが発ってから王国魔法陣が魔王を認定したとかは!?」

「皆無ではあるまいが、前兆すらないなどあり得ぬ! 突如として王国魔法陣が魔王陛下を降臨させるなど前例がない!」


 混乱気味の私の問いにデスモダスもまた当惑も露わな言葉を被せてきて、


「えぇー! でも前例がないからって決めつけるのはよくありませんよモダス様ぁ!」

「其方は少し黙れ! と言うか邪魔をするなオプネス! これ以上は手加減出来んぞ!」


 そしてまことに空気を読まないシャボン玉が背後から押し寄せてくるのこれ、デスモダスだけじゃなくて私もマジで切れそうだ。

 いやもう感情にまかせて切り捨てちゃっていいんじゃないかな。そうすればワミー氏も喜んでくれるよ多分。


「血刀、焦熱展開。焼き払え【finely fiery pepper細火撒】!」


 流石のデスモダスも前門の魔王(仮)、後門の一闘士民とあっては流石に余裕綽々とはいかないようだ。声に僅かな焦りが見える。

 そもそも今は私っていう何の役にも立たないお邪魔虫を抱えてすらいるわけで、デスモダスの不利材料がこれでもかと積み上げられている状態だ、焦りもしよう。


 更に言えば私の御護りである血杯カリスブラッドは冥属性には無力なわけで――

 要するに、冥術使いの攻撃が直撃したら問答無用でデスモダスはともかく私は死ぬというわけだ。


 だからって私を放り出してはオプネス氏が何をするか分からないし、デスモダスとしては私を手放すわけにもいくまい。

 よっしゃデスモダス危機一髪! と喜びたいところだけど、どう考えたってデスモダスが死ぬ前に私が巻き添えで死ぬだろうことは疑いないわけでね。

 ヘッ、雑魚は辛いぜ。戦闘系加護持ちなのに見ていることしか出来ないとか本当にゴミカスだわ私。


「退いた方が良くない? デスモダス」

「為らぬ。王国筆頭たる私に逃亡は許されん。抑えが効かなくなる」


 強いからこそディアブロス王国における最終判断を任されている。だからこそ逃げの一手を打っては後々に弊害が出る、か。

 そうだね、強さが全てだからこそ、力を誇示できなくなったらそこでおわりなんだよな。


「オーネストに今少しばかりの影響力があれば消えてやるも吝かではないが――今私が退いては族利族欲で国が割れる。それだけは罷り成らん」


 うぅむ、やはり私人としてのこいつは精剣切り落とカストラートにしたくなるくらいのクソだが、公人としては立派だよ。

 ……しゃーねー、私も腹括るか。ここでデスモダスが死んでもアルヴィオスにとっていいことそんなに無いもんな。私個人にとっては万々歳なのが悲しいけどさ。


「……アイシャ?」


 デスモダスの胴に両手を回して、ギュッと強くしがみつく。


「せめて両手を使いなさい。片手じゃ厳しいでしょ」

「ありがたいが――其方の腕力だけでは危険だぞ」

「危険は百も承知よ。やるの、やらないの?」


 そう首を挙げて睨み付けると、デスモダスがニィと満足げに口の端を歪める。


「其方からの最初の抱擁がこれとは、まことに色気のない話よ」

「余裕があるようで実に結構。さっさと埒をあけなさい、デスモダス」

「心得た。【burlike rind毬皮】、戦套展開終了」


 デスモダスが常に纏っていた赤い外套、最終防衛線の筈のそれが音もなくかき消えて、


「血刀、双刃展開。【murrey gams両紅脚】」


 左腕に二本目の長剣が形成される。防御を捨てて回避と攻撃へ全振り。

 血の色をした双刃の長剣、刃先ほど赤く、鎬に向かえば向かうほど黒い暗紅色の長剣二本を構えたデスモダスが大きく翼を広げる。






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