■ 135 ■ 一闘士民対一闘士民 Ⅲ
「やむを得ん。このまま監査官として動けねば二人して一闘士民義務違反だ。血刀、双刃展開。【
デスモダスの右腕に血煙が渦巻くと同時、その腕に絡みつくように伸びるのは血のように赤い、長く鋭い
手で柄を握るのではなく、腕に絡みついたそれは背後も攻撃できるよう肘側にも刀身を備えていて、全長はデスモダスの身長を超えるほどに長大。地上で振り回すことを想定していない空対空格闘戦用の武装だね。
確かに、あまりに大きいから傍目から見れば腕というより脚としか見えないよな、これ。
デスモダスが気だるげに右腕を振るうと、その射線上にあるすべてのシャボン玉が跡形もなく爆ぜ消える。
のみならずその先の地面にまで一筋の線が奔っているのは――おいおい剣だろ? 剣なら剣らしく切断範囲は刀身の長さまでにしとけよ。ちょっと威力高すぎません? ア○ンストラッシュじゃねえんだからさぁ!
い、いや、剣を振るうとソニックブームがでるのはお約束っちゃお約束ではあるがよ、敵にそれやられるとこっちが大変なんだわ。
「腕の一本や二本は覚悟しておけよ、オプネス」
「えー、もうお終ぁい? モダス様早漏になってない? ちょーっと【
そうブー垂れつつも全く戦意も闘志も削がれていないオプネス氏の切り返しに、何故かデスモダスの動きが止まる。
え、なに? 早漏って言われたのがそんなに悔しかったわけじゃないわよね?
「おかしい、本気を出すのが早すぎる? 否、早すぎることはない。私はそう判断を下している……」
「……デスモダス?」
「【
デスモダスの、私を抱える腕に力がこもる。私の薄い胸ごと肺腑を押しつぶさんばかりの握力は――デスモダスの余裕が消えている? 何故?
デスモダスが、そしてオプネス氏が突如として同時に同じ森のほうを見やる。木々の狭間に視線を向ける。
遅れて私も其方を見やるが、視界に映るのは立ち枯れ、今にも倒れそうな樹木のみで――立ち枯れた?
幾ら北国っていってもここはもうアルヴィオス王国内で、そして今は夏だ。木々が立ち枯れるなんてあるはずがない。
「あれは――なんだ?」
空気が、酷く乾いている。
酷く穏やかで、土の匂いも、草いきれも、ありとあらゆる匂いの色を失って、風がさらさらに乾ききっている。
浮遊感がある。空を飛んでいるのだから当たり前、そういわれればそうなのだろうけど。
今までは浮遊感なんてモノはなかった。ずっとデスモダスに抱きかかえられて、彼が飛ぶ度に振り回されて――しかし彼の腕に強く支えられていたから、今までは飛んでいるという感覚ではなかったのに。
「デスモダス」
デスモダスは私の背後にいる。私には一人で空を飛ぶ手立てはないから、彼が抱えていなければ私には木々を見下ろす視界は得られない。
デスモダスは私の背後にいる。左腕で私を抱えてここにいる。それは間違いないというのに、彼がいるという認識が持てない。他人の存在を感じない。
無言でデスモダスの右腕が振るわれる。
長大な真紅の刃が空を切り裂き、その先にある枯れ木を薙ぎ払い、そして雲散霧消する。
地面には、疵痕が刻まれない。
真紅の斬撃は、大地へと届く前にかき消されている。
「あれは、なんだ」
再び、デスモダスが同じ言葉を紡ぐ。
デスモダスの一撃が消え去った先に、何かがいる。
闇の中、ひっそりと暗闇の中に染みこむように、黒いローブを纏った何かがいる。
年頃は――分からない。
性別は――分からない。
種族もまた――やはり分からない。
何も見えない。
フード付きローブの中に本当に誰かがいるのかすら、このか弱き月光しか光源のない私には分からない。
弓が手元にあれば見えたのか? そんなことを問う意味すら分からないほどに、目の前の黒影には存在感がない。生物であるという認識すら持てない。
人の形をした空虚が一人歩きしている、そんな印象を受けるそれが一歩を踏み出すと、それだけで足元の草木が力無く倒れ伏す。
枯れたわけではない。
溶けたわけでもない。
ただそこにあり続けることが困難であるとばかりに、繊維が、根が、葉が、茎がまるで自重に耐えかねたかのようにくたりと伏せる。
「――何者だ」
デスモダスが乾ききった声で問いかける。
それは森からやってきた。南が城塞都市で、北は緩衝地帯だ。もっと範囲を広げていえば、南はアルヴィオスで、北がディアブロスだ。
だからそれは、疑いなくディアブロスの方からやってきたわけで――
「ナ、モノ」
どうやらそれには発声器官が備えられていたようで、しかし帰ってきた言葉はデスモダスの問いを復唱するだけのもの。
「この場に現れた目的は何だ。隠さず述べよ。でなければ外敵と見做し排除する」
「テキ、モク、テキ」
何が言いたいのか、何かを伝えたいのか。
「ワ、ワ、ワタレ、ハ、カエ、ロ、エ、ココ、チ、メザ、イク、アン、テ、シア、ナル、ナル、ナル………テキ、モク、テキ?」
いや、会話をしているという雰囲気でもない。
そもそも自分が声を発しているという認識があるのかも怪しい。
ただ千鳥足で森から、ぎこちなく私たちの方へ向かって、南下してくるそれは――それが、
「テキ、モク、テキ、テキ――テキ――ハ…………シネ?」
何の前触れすらなく、突如としてデスモダスに牙を剥いた。
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