■ 135 ■ 一闘士民対一闘士民 Ⅱ






 

「死んでないって嬉しいでしょ! 生きているって幸せでしょ!? 今自分がまだここに在る喜びを貴方も感じたでしょ! コンニチハ! これで貴方も私たちのお友達よ!」

「え、何で?」

「今生きている、という安堵と共に其方は今多少ながら喜びも覚えておろう? それがオプネスを虜にしている快楽よ」


 ……ああ、そういうこと。確かに命の危機ともなれば脳内物質ドバドバだもんな。

 脳内物質って下手な麻薬や毒薬よりヤバイ劇物だもんなぁ。そりゃあ酔いもするし嵌まりもするよ。


「死をすぐ隣に置くことで生の喜びを無上の快楽として貪るのがあの娘よ。私も昔はそれを心地よく感じた時代があったが……やはり私は酒と女に溺れる方が好い」


 そしてデスモダスがオプネス氏にあまり辛辣に当たらないのは、一兵卒だったデスモダスにもそういう時期があったからなのね。

 戦場の悪魔に取り憑かれた存在か、私にはあまりに遠い世界だよ。そんなもんを楽しむより私なら冬にこたつ当たりながらアイスを食べる方が――いや、もしかして冬にこたつ当たりながらアイス食べるのも温度差の話なわけで――ある意味一緒なのか?


 ……いや待て私、冬にこたつでアイスと生と死の狭間を一緒にしている時点で絶対私冷静じゃないよ。

 落ち着け、呼吸を整えて素数を数え、いや素数はいいや。


「可哀相なモダス様、でも大丈夫! すぐに私が思い出させてあげるからぁ!」


 パッと腕を広げたオプネス氏の両腕から……あれは、何だ?


「泡? いや」


 次々と湧き出てくるそれは月光を照り返して艶めき七色に光る、シャボン玉、か?


「【溶解雨ライスシャワー】、オプネスめ本気でやるつもりだな」

「ライスシャワー?」

「触れたもの全てを甘く蕩かすオプネスの悪意よ。美しいからと不用意に手を伸ばすでないぞ」


 うへぇ、溶解液のシャボン玉かよ。えげつないなオプネスさんよぅ!


「そーれ、ふわふわぁー!」


 最早数え切れないほどに湧き出たそれが、まるで天の川の如くに私たち目指して殺到する。

 シャボン玉の癖に追尾もできるとかえれぇ攻撃力高いなおい! 水蜃気楼マーキュリーアクアミラージュかよ!


 デスモダスがアイズたちをやったときのように無数の短剣を構築、射出すると次々シャボン玉が弾けて雫が地面に降り注ぐ。

 その着弾地点、そこに生えていた名もなき雑草たちは無残にもドロドロである。南無三。


「うへぇ、lyse showerライスシャワーとはよく言ったものね、祝福の欠片もありゃしない」

「祝福?」

「あー、スターベルさんに聞いて頂戴、そっちの文化だから」

剛鬼フィーンドの文化とは其方、時に変なことを知っておるな」


 気づくと周囲を先程とは異なる巨大なシャボン玉が埋め尽くしていて――剣閃。赤い外套と細剣エストックが激しく火花を散らして交錯する。


「……自分は触れても溶けないのね、ズルいわ」

「自分まで溶けては話になるまい」


 空を飛ぶデスモダスに迫るオプネス氏はその巨大なシャボン玉を足場にふわふわ空を浮いていて、ってなによその物理法則無視はぁ!

 シャボン玉が割れないのもおかしいけどオプネス氏がそれで飛べるほうがおかしいでしょ。シャボン玉の浮力だぞ? ありえないよ! 常識に従えよ!


「はーい、おかわり追加ー!」


 フッとオプネス氏が掌に息を吹きかけると、そこから無数のシャボン玉が怒涛となって吹き荒れた。

 それと同時に周囲の巨大シャボン玉も私たちを押しつぶさんと押し寄せる。

 逃げ道を塞ぐ巨大シャボン玉にデスモダスが短剣を打ち出すが、うそォ! 表面張力で短剣をいなすとかそんなのアリなの!? シャボン玉の癖にさっきから色々生意気だわ!


「デスモダス!」

「まんまと包囲されたか。オプネスめ、技量うでを上げたな」


 デスモダスが外套で直に巨大シャボン玉を切り払いながら後退するも、シャボン玉はドンドン増え続けるばかりで埒が明かないよ。

 しかしあれだ、オプネス氏のこの戦闘スタイル。


「貴方に似て厄介な面制圧だわ」

「何度かやり合った仲だ、戦い方も似てこよう」

「ハーイ! モダス様から盗んだ学んだの! モダス様の血刀便利だもんねぇ! 私も短剣ブワーッってやりたぁーい! 短剣ドバーやりたーい!」


 あーうん、短剣を雨あられと打ち出すの格好いいもんね。そこはわかるよ。格好いいだけじゃなくて強いもん。アイズもケイルも手も足も出なかったし。

 その代替としての泡攻撃か、格好良さはさておき厄介さではデスモダスに優るとも劣らないね。


「だがまあいつまでも付き合ってはおれぬ。私には監査の役目があるのでな。血刀、雲散展開。【stir soup混霧】」


 デスモダスが射出した赤い短剣がはらりと崩れて霧化。それに触れたシャボン玉がたちまち赤く染まって、今度はオプネス氏へと殺到し始める。


「あ、ズルぅいモダス様ずるぅい!」

「狡くない。便利な武器とは奪われるものだ」


 どうやらオプネス氏の足場であるシャボン玉自体は彼女ほどには速く動かないみたいね。

 飛ぶ、というより空中に足場を作るというほうが正しいみたいで、オプネス氏が慌ててヒョイヒョイとシャボン玉を乗り変え空を逃げ回り始める。


 その間も次々とシャボン玉が赤く塗り替えられていっておのれ、アイズとケイルを沈めたこの攻撃めっちゃ厄介だな。

 人間である以上呼吸は止められないから、血煙と化して接近してくるものを止めるのは難しい……あ。


「デスモダス、警戒して」

「どうした?」

「あっちも溶解液の霧化、やってるかも」


 デスモダスから技を盗んでいるなら当然、それも彼女は考えるだろう。

 む、とデスモダスが外套で私を包むや否や、


「血刀、焦熱展開。【finely fiery pepper細火撒】」


 デスモダスの霧の血刀が発火して辺り一帯を焼き尽くす。

 この霧の血刀燃えもするのかよ万能過ぎないか巫山戯んな。流石ディアブロス王国最強の一闘士民だ、どうやればコイツを攻略できるのかさっぱり分からないわ。


「ええーなんでなんで!? どうしてバレたの? モダス様ってば基本受け身で先読みしないからイケると思ったのにぃ!」


 パチパチという拍手に外套から顔を覗かせると、ヤバい。オプネス氏があからさまに私へ興味津々の顔を向けているの、これまた地雷踏んだ?

 でもあのままデスモダスが押し切られても拙い……あれ? デスモダスが倒れたあとならオプネス氏が私を狙う理由なんて無いのでは。


 いやいやこの密着した状況でデスモダスだけ溶けて私が溶けないはずはないからこれはこれで正解だよ、多分……それに今飛んでるからデスモダスが落ちたら私も落ちるし、うん私間違ってない。


「やむを得ん。このまま監査官として動けねば二人して一闘士民義務違反だ」


 そしてこの期に及んでデスモダスが心配しているのはお仕事って……本当に公人としてはマトモだよなぁこいつ。

 つまるところデスモダスとオプネス氏の力量差がそれだけあるということで、それはありがたいことではあるんだけどね。






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