■ 135 ■ 一闘士民対一闘士民 Ⅰ






 ヒョウ、と鋼に切り裂かれた空気の悲鳴が耳朶を叩く。

 剣の切っ先がまるで顎門を開いた蛇のようにうねり、尖り、柔肌に食らい付かんと踊り狂う。


 実際に蛇のように曲がっているわけではない。その刃は細身ではあるが厳然とした鋼の塊であり、どれだけ振り回したところで撓んだりするはずもない。

 うねるのはそれを操る腕の方、柄を含めれば私の身長ほどもあるその細剣エストックを操る手管の方が尋常でないのだ。


「さっすがモダス様! ガード堅いぃ!」


 黒のミニスカートに黒いタイツ、上は白のブラウスに黒いベストを重ねるという秘書っぽい服装。

 しかしそんな装いから受ける印象とは真逆、オプネス氏は疑いなくしなやかで強靭な膂力を駆使して夜闇を駆ける猛獣の又従兄弟だ。


「当然であろう、淑女レディのエスコート中だぞ」


 デスモダスが外套を振るうと、するりと伸びたそれが一直線に地面を奔り隆起し、さながら針の山地獄のように視界を埋め尽くす。

 されどオプネス氏はあの時ボーン氏を嘲笑っただけあって、流石に二闘士民との実力の差は明白だね。跳び退りデスモダスの面制圧から軽々と距離を取ったオプネス氏の身体能力は本当に羚羊のようだよ。


「デスモダス、私を離した方が良くない?」


 さっきから私を左腕で抱いたまま戦っているデスモダスにとって、どう考えたって私は邪魔なデッドウェイトだし、このままじゃ片手が使えない。

 彼女の目的がデスモダスと戦うことなら私なんぞ放置してもよいと思ったのだけど、


「油を被って火に飛び込むのは止めろと何度言わせるのだ。私から離れれば間違いないなくオプネスは其方を狙うぞ」

「え、なんでよ」

「戦う理由が無いなら作ればいい、本気になれる理由は多ければ多い方がいいと考えるのが彼奴だからな。私と懇意にしている其方を殺せば、私がオプネスを討つには十分な理由になる」


 ……な、なんて迷惑な女なんだオプネス。デスモダスが戦う理由が無い、っていうなら用意してあげますよーってことかよ。


 なお彼女が襲いかかってきた理由だけど開戦十秒で因縁も利害も派閥も関係ないことが語られている。分かりたくないけど分かるしかなかった。事実を前に陰謀論は無力である。

 デスモダスも納得していたし私も納得した。だってこの人多分ベルドレッド氏の次ぐらいに嘘吐かなそうだし。下手したらベルドレッド氏より明け透けだし。


「アハハッ! やっぱりモダス様に遊んで貰うのは楽しい! なぁんで私一闘士民なんかになっちゃったんだろうなぁ!」


 デスモダスの外套が引っ込むや否や疾風のように駆けてきての刺突。外套がそれを逸らした勢いの儘に――回し蹴りぃ!?

 攻防一体のこの血刀である外套に生脚の蹴りとか正気かよ!? 当然のようにデスモダスが外套を剣山の如くに尖らせる――よりも早くに蹴り脚の機動が胴体狙いから脚へ。


 デスモダスの脛を撃つか、と思ったそれはデスモダスが空へと飛んだせいで辛くも風を掻き回すに留まった。

 ギリギリセーフだ、キックボクシングも出来るのかこの人。四肢そのものが凶器だね、スタイルもいいしベストに抑えられた豊満な胸も立派な凶器だな。閑話休題。


 反撃として雨霰と降り注ぐ血刀、それに半身にて相対し命中弾のみ細剣エストックで弾き飛ばしながら、オプネス氏が恍惚と空を舞う私たちを睨む。

 流石に空は飛べない――いや、デスモダスの警戒ぷりっからして多分この人何らかの手段で飛びそうだ。だって空が飛べないならデスモダスは最初から空に逃げてるもんね。


「一闘士民なんかにならないでずっと二闘士民のままモダス様に挑み続けてればよかったのに! 過去の私のバカ! 考え無し! 首吊って死んじゃえ!」


 茶色の髪を振り乱しながら地団駄を踏むオプネス氏は見た目二十代半ば、そういう仕草は十年遅いようにも感じるけど、不思議とあざとさは感じられない。

 多分、芝居とかじゃなくて本心からの身振り手振りだからだろう。子供が子供のまま肉体だけを成長させた、そんな感じがする振る舞いだよ。


「二闘士民になりたいなら負ければいいんじゃないの?」

「意図的な敗北は等級、及び王国に対する最大の侮辱だ。判明すれば極刑は免れん」

「そうです! なので私は負けられないのです! 何故なら私はとても強いから!」


 細剣エストックをシャキンと天に向かって伸ばすオプネス氏は、うん。月光を浴びてそれはそれはフレスコ画よろしく絵になってるけど、それ戦闘中にやるポーズじゃないよね。

 でもそれが決して油断なんかではないのは私にだって分かる。彼女の目はどう見たってデスモダスをひたと見据えてるからね。油断してたら食い千切られるよ。


「ちなみに一闘士民どうしの決闘も禁止だ。益が無い故な」

「益ならありますぅー。闘士っていうのは切磋琢磨して強くなるんですぅ!」


 空から降りてこないデスモダスにぷんすか腰に手を当ててオプネス氏がブー垂れるけど、私もデスモダスと同意見だよ。それ以上上にあがれない一闘士民どうしで命かけて争ってどうするのさ。


「強くなりたい! 競い愛たい! 愛し愛たい! それがディアブロスに生まれた闘士の定めでしょう。なのに何で禁止するのよモダス様ぁ!」


 強さを目指すことこそが士民の模範、とイヤイヤでもするかのように頬に手を当てて頭を振るオプネス氏は、うーん。


「そんなに戦いって楽しいですかねぇ」

「もう、淑女レディってばすぐそういうこというんだもん、嫌いだわ、淑女レディなんてダーいっ嫌い!」


 跳躍。

 まさか、ノーモーションからの。

 一瞬にして私たちに迫った細剣エストックに、デスモダスが右腕を振るって外套を差し挟むも、


「……む」


 私にも見えるほどに高密度の魔力が細剣エストックの尖端に収束し、易々とデスモダスの外套を突き破る。

 そのまま私の頭を貫く勢いの刃に、しかし血杯カリスブラッドが反応。赤い防壁を形成して私の目の前で刃を留める。

 ひえぇ、間一髪間に合った、呪いの防具だけどありがとう血杯カリスブラッド! ってかデスモダスめ、今の攻撃を血杯カリスブラッドの実戦確認に使ったな! なんて奴!


 刃が通らず重力に従って落ちるオプネス氏へ放たれた外套の追撃は、易々と振るわれた細剣エストックに弾かれる。強いわ、デスモダスもオプネス氏も。


「何それ自動防御とかモダス様ずるぅい!」


 四肢で着地し即座に飛び退ってなお追いすがってくるデスモダスの外套、それから易々距離を取ったオプネス氏は本当、ころころ楽しそうに表情を変えるね。


「これはアイシャに与えたものだ。私を狙っていれば貫けたかもしれんな」

「嘘ばーっかり都合のいいこと言って! モダス様は私の愛撫程度じゃ死なないもん!」


 そして何事もなかったかのように話してるなお前らこらぁ! こっちはまだ心臓ばくばくで全身総毛立ってるってのにさぁ。

 そんな私を見て、


「どう? ドキドキしてるでしょ!?」


 オプネス氏がまるで子供をあやすかのような穏やかな笑顔を向けてくる。

 いや、そりゃ確かにドキドキしてるけどさぁ! ドキドキワクワクのドキドキじゃないでしょこれ!






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