■ 133 ■ 始まりはどこからなのか Ⅲ






「一闘士民女子との交流はどうであった? 上手くやってきたか?」


 お茶会を終えてドライアズダスト邸へと帰宅すれば当然のように、夜半にデスモダスの寝室へと呼び出される。当然、痴女の装いでね。

 もう正直慣れてきた――慣れてきちゃ不味い気もするけど――のでいちいち気にせずベッドへと腰を下ろす。


「種は撒いてきたわ」


 そう短く告げると、デスモダスが上機嫌で腕を伸ばして私を抱え寄せる。


「敵か味方かはさておきリンリンらもまた状況を理解した。さて、どう転んだものか」

「転ぶと決まったわけではないわ。傍観もまた一つの選択だし」


 状況を知ったから人は動くわけではない。人が動くのは機を見たときだ。

 逆に言えば状況を知ったら機など読まずに動くようでは三流。機を見て動いてようやく二流。自ら機を作り上げられれば一流だ。


 デスモダスが狩猟に同行して国を空けるという状況。これは誰かにとっての機となるか。

 それとも今日私が現状を広めたことが足枷となって活動は控えるか。未来が確定できない以上は可能な限りを想定しておいて心構えしておくしかないわね。


 と、そういえば、


「貴方は何故魔王に従っているの?」


 デスモダス・ドライアズダスト。魔王すら眷属にできる魔王国維持の為の最終案全装置。

 しかし周囲の言葉と本人の言葉からして、こいつが魔王に対して忠実であることもまた事実のようだ。だが、何故。

 魔王がこの国を維持していることに血鬼ヴァンプ族代表として心の底から感謝している? まさか、こいつはそんな殊勝な男ではなかろうに。


「簡単なことだ」


 ナイトテーブル上に用意された二つのグラスにワインをトクトクと注ぎ、一つを私に手渡し、残りを手に取ったデスモダスがさもおかしげな笑みを浮かべる。


「この国で私を従える大義名分を持つ御方がもう陛下しかおらぬからだ」


 とっさに、その意味を掴みかねる。

 己を従えられるのがもう魔王しかいないから、従う? 普通の存在は他人に従えられることを嫌って、権力を求めるのではないの?


「私が凡人だということを其方、もう忘れたか」

「そんな寝言も言ってたわね。それが――ああ」


 そうか。そういうことか。

 どれだけ強くて長寿だろうと、デスモダスはあくまで強いだけの凡人であるというならば。


「魔王が在位の間なら貴方は頂点の椅子から降りることができる。だから貴方は魔王陛下を敬うのね」

「左様。私如きが頂点なんぞに居座っても仕方あるまい。所詮凡人に過ぎない私なぞ、せいぜいが三番手程度であるべきなのだ。その方が誰もが穏やかに生きられるだろう?」


 そうだね。身の丈に合わぬ権力を持つより、権力の笠の下で守られたいと思う人たちはごく普通に存在する。

 デスモダスは元々一兵卒だったのに、気付けば魔王国の頂点として君臨してしまい、そこから降りられなくなってしまったんだ。


「それにな、従順な配下を務めるのも私にとっては大事な刺激なのだよ。毎回異なる主に頭を垂れ、その命ずるがままに動くもう一人の私を完璧に作り上げるのだ。それは私の生の幅を広げてくれる」

「あー、化身アバターか。少し理解できたわ……」


 要するに前世のVtuberよね、それ。

 違う自分を作り上げてそれを演じ切る。確かにそれは前世でも普遍的に存在した、至極真っ当な娯楽の一つではあろう。


「でも時には不本意なことを命令でやらされたりもするんじゃないの?」

「多少はな、だがそれも刺激よ。私は喜んでその役割ロール演じ切るプレイする。齢百にも満たぬ小童に踏み躙られるという恍惚、まさに身も悶える愉しみというものよ」

「……よくやるわ」


 女王様プレイの亜流じゃんそれ。

 でもまあ普通の人はSっ気を持ち合わせると同時に、多少なりともMっ気も持ち合わせているものだ。

 名実ともにデスモダスを虐げられるのはもう魔王しかいないから魔王に従うって――うーん、倒錯だなぁ。何処までもインモラルな奴だよ、こいつはさ。


「其方も偶には私に命じても良いのだぞ? 望むなら其方の足元に這いつくばり、足指だろうと奥の院だろうと、御居処だろうと舐めてやろうぞ」

「……舐めるなら酒にしておきなさい。その方が健康的よ」

「ぬかせ、酒ほど不健康なものがあるか」


 カラカラ笑ったデスモダスが私の喉に牙を突き立て、喉を鳴らしながら血を吸い上げる。


「変わらぬ味だ。幼気よな、血の価値を真摯に守っておるのか」

「そりゃあね。どんないい暮らしをさせてもらったって所詮は私は食糧民、この国における最底辺に過ぎないもの。貴方に気まぐれで捨てたらそれでオシマイ。なら媚ぐらいは売るわよ、当然でしょ」

血杯これがある以上、もう気にせずともよいと言ったろうに。頑固な子だ。まあ、それも其方の味か」


 首筋から上へと舌を這わし、耳に甘噛したデスモダスがフッと笑いながらゆっくり私をベッドへと押し倒す。


「青く酸い果実をゆっくり噛みしめ味を絞り出すのもまた一興。甘く柔いだけが全てではなかろうよ」


 ハァ、こんな時にすらグラスを空にしといて良かったとしか思わない私はホント、庶民感覚が抜けないわね。






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