■ 133 ■ 始まりはどこからなのか Ⅱ






「アイシャ様は何故族父様の心配をなさいましたの? 私は其方が気になりますが」


 どこかしら期待の籠った視線をラキシュ氏が向けてくるけど、申し訳ない、その期待には私は応えられないんだ。


「すみませんがデスモダスが元老院筆頭で戦争反対派だから、以上の理由はありません」

「……戦争反対?」


 何言ってんだこいつ、みたいにルミナ氏が怪訝そうに眉をひそめるけど、まあ彼女は二闘士民だもんな。


「現状、アルヴィオス王国とディアブロス王国の間には開戦の気運が高まっています。それは皆さんご存じですよね?」

「え、そうなのニンファ」


 いきなり出鼻を挫くなスターベル一闘士民ン! 羊羹囓ってる場合じゃねーぞ!

 ってかお前、これから仕掛ける狩猟遠征が略奪だって自分でさっき言ってたじゃねーか。どーしてそれが繋がんねぇんだ。


「……私たちの派兵にアルヴィオス王国が過剰に反応すれば、国を挙げての戦になる可能性も捨てきれないわね」

「へー、野蛮な山賊相手に戦争・・するんだ」


 スターベル氏の物言いには少し棘があるね。ああ「対等な立場での戦争」という言葉を否定していただけで、抗争リスク自体は当然把握してたってわけね。

 そしてニンファ氏の方はデスモダスの右腕だけあって順当に、自分たちの行動がリスクを負っていることは承知しているようだ。

 ただ言及するのが一言だけ、というのはそれしか気がついていないからか? それとも故意に一番分かりやすい理由だけに絞って述べているのか。


「開戦に至る理由は他にもあります。現状のディアブロス王国の人口は九百八十三万、一千万の大台が迫っているのに現状では熱伝柱トレードピラー設営による農地の拡大も、連結都市ターミナルシャフトによる住居地の拡大も行えません。そして現在多産抑制を強いられている鱗鬼スケイル族は不満をため込んでいるでしょうし、食糧民を要するという一人当たりの生存コストが高い血鬼ヴァンプ族は髄血が薄まり種族としての聚落が始まっています。ほら、ならもう戦争しちゃったほうが楽なように思えませんか?」


 そうつらつらと指摘するとスターベル氏はポカンと口を開け、ラキシュ氏はニンファ氏とスターベル氏の間で視線を彷徨わせる。

 ルミナ氏は……そんな状況を初めて聞いたのかも知れないね、どこか信じられないといった風に口をパクパクさせている。


「驚いた。君よくこの短期間でそこまでちゃんと調べたもんだねー。モダス様に手伝って貰ったわけじゃないんでしょ? あの人そんなことしないし」

「ええまあ。あとついでにいえばアルヴィオス王国も根幹としてはディアブロス王国と同じく武勲が地位を定める国家です」

「それがどうし――そっかーアルヴィオス側も戦争が起きても一向に構わない人が一定数いるってことねー」


 納得したようにスターベル氏が羊羹を噛み千切って咀嚼。お茶で洗い流して私を見やる。


「で、君は戦争反対派だからモダス様の地位を心配したってことね。うん繋がった。あ、私も君側に立っておくから心配は不要だよ。ニンファは?」


 お前は戦争賛成派か反対派かと尋ねられたニンファ氏が、軽く肩をすくめて私とスターベル氏を一度ずつ見やる。


「そうね、消極的賛成派、ということにしておきましょうか。モダス様はあまりお気になさらないけど、現状血鬼ヴァンプ族の平均等級は私の若――いえ昔に比べて明らかに下がっているし、ね」


 好んで戦を起こすほどではないけど、戦争になる分には構わないというのがニンファ氏のスタンスか。

 デスモダスも自分に最終調整を任せられるなら血鬼ヴァンプ族は戦を拒まないだろうって言ってたし、まさにその通りだね。


 実際、今日私が語ったことでニンファ氏は血鬼ヴァンプ族の弱体化をより強く意識しただろう。

 このまま血鬼ヴァンプ族の士民等級が下がっていけば、次第に血鬼ヴァンプ族は国内における発言力を失っていく。だからそれは看過できないというのはまぁ、ニンファ氏の立場なら致し方あるまいよ。


 ただ私としてはこのまま血鬼ヴァンプ族が弱っていくのはそれはそれでアリだなと思ったので、ちょっと失敗しちゃったかもしれないけどね。


「ラキシュはどう? 私がモダス様と意見を違えた位だもの、貴女も私に忖度はいらないわよ」

「私は――戦争なんてやる暇があったら本でも読んで暮らしたいですわ。元々その為に一闘士民になったんですもの」


 ラキシュ氏が続けて曰く、ディアブロスは必要な資料作成はともかく創作書物の類いが少ないらしい。

 だからとてアルヴィオスの本などそこいらの士民が容易に手に入れられるはずもなく、だからラキシュ氏は自らの等級を上げてアルヴィオスの小説本、なんて貴重品が手に入る立場に君臨したそうだ。

 人生いろいろだね。まさか他国の本を読みたい一心だけで一闘士民まで上り詰めるだなんて。デスモダスがこの人を優秀だけど覇気が無い、と評した意味がよく分かったよ。根は文系なんだ、この人。


「ルミナはどう? 貴方も一闘士民がもうすぐ目の前でしょう? そうなれば嫌でも国政について考えねばならなくてよ?」

「そ、そんなぁ……もうおばあちゃんに勝てなくてもいいかなぁ。国のことなんて良く分からないし……」


 そして最後の二闘士民ルミナ氏は、わけ分からんといった風に首を横に振ってしまう。

 どうもこの子はおばあちゃんっ子っぽいね。まぁ分からんでもないよ。ワミー氏はデスモダスと共に先代魔王の側近を務めたっていうほどの女傑らしいし。

 おばあちゃんについて行けば全て大丈夫、ぐらいに考えていても彼女の歳なら仕方ないよね。ここに集ったメンバーの中で外見相応の年齢なの、ルミナ氏以外いないのホント詐欺だよ。私を含めてね。


「そんな難しく考えることないと思いますよ。要は自分がどんな国に住みたいかを思い描いて、そこに至るのに戦争が必要か不要かを判断すればいいだけですから」

「う、うーん。じゃあ反対派で。角鬼イーヴル族は現状で困ってませんし」


 ま、まあ若者の戦争論なんてそんなもんだよね。とりあえずワミー氏は分からないけど未来の一闘士民ルミナ氏は戦争反対と。

 そうやって意見が出そろったところで、


「総体としては戦争反対派が多数を占めたわけだけど、アイシャさんからすればこれで一安心かしら」


 お茶のおかわりと共にニンファ氏がそう微笑んでくるけど、まさか。


「いえ。結局は魔王陛下が開戦と言えばそれで全て終わりですし。もう陛下の降臨は近いんですよね?」

「流石にそろそろだと思うけど……陛下は戦争をしたがるかしら?」


 首を傾げるニンファ氏にデスモダスと同様、先の反デスモダス派が市井の若者に増えれば、そこから魔王が立つ可能性も増えるという点について語ると、


「……」


 ニンファ氏は真顔で考え込み、


「うはー、そこまで考えている奴がいるのかー。いるとしたら誰かなー? オプネスはないと思うけど」


 スターベル氏は少し愉快げに笑い、


「よくやるものですわ。族父様を欺こうなどと」


 ラキシュ氏は憤慨し、


「おばあちゃんたちに文句があるなら正面から喧嘩売ればいいのに……」


 意外にもルミナ氏はバリッバリの魔王国闘士しぐさである。


「とまあ、これがデスモダスが把握しているディアブロスの現状です。これらは全て偶然なのか、何処が人為的な始まりなのか。そこを突き止めないと我々は踊らされてしまいますね。もっとも踊らされても構わないというのであれば何も考えなくともよいでしょうが」


 そう。始まりはどこからなのか。それが未だに私にも分からない。

 現在の状況に至る最初の引金は疑いなく熱伝柱トレードピラーが建造不可能になったことだけど……これがそもそも事故なのか人為的なのか。

 ただこれが人為的だというなら、これによって誰が得をするのか。カワード曰く熱伝柱トレードピラーが建造不可能になったのはかなり昔の話らしいし、その時代から生きているのは多分もうデスモダス一人だけだ。

 だけどデスモダスは厭戦家だし、農地の拡大が困難になってデスモダスが得をすることは一つもない。実際、解決を試みようと研究してみた資料がドライアズダスト邸にはあったしね。


 二つ目の要素は魔王国魔法陣の発動がいまいちで九十三代魔王の降臨が遅れていること。

 これによりディアブロス王国は食糧民が数多住まう連結都市ターミナルシャフトを生け贄に捧げ、魔王国魔法陣の正常化と冥属性蒐集の加速を狙う選択肢をとらざるを得なくなった。

 その結果として大規模な人狩りをやらなければならなくなり、これによって開戦の気運が一気に高まった。

 食糧民飼育舎である連結都市ターミナルシャフトの自沈を提案し議題に挙げたのは鱗鬼スケイル族のウォブ氏だそうだが――ならばこの人が黒幕か? 分からない。この提案はある意味真っ当であるわけだし。


 三つ目の要素はこのタイミングで若者を中心に反デスモダス派という存在の影がちらつき始めたこと。

 これは誰が何の目的で組織しているのかすらも不明だ。私利私欲の可能性が高いけど――本当にそれだけか?

 そしてもしこの中から魔王が立ってしまった場合、デスモダスは政治の場から外されるとして――その後はどうなる?

 デスモダスが戦争反対派だから当て付けで戦争を起こすか? そこまで愚かな選択肢を元老院が了承するか?

 反デスモダス派がここで元老院を抱き込めなかった場合、元老院の評議に従いデスモダスが魔王を眷属にして何もかもがご破算になるだろうが――その対策すらされている?


 まったく、デスモダスとも話したけど反デスモダス派と戦争推進派は同一とは限らないし、実際にそういう連中が存在しているかも分からない。これが話をややこしくしている原因でもあるね。


 四つ目の要素は初代魔王には予想できなかった、十の大穿孔都市セントラルシャフトで賄える人口限界に迫っていることだけど……これは誰かの意図が組み込まれている可能性は低いしあまり重要視する必要はないだろう。

 魔王国は順当に発展して、国土が足りなくなりかけてるってだけだから。これは陰謀とは無縁の話だろうよ。


「とまあ、これだけの懸念事項があるわけですけど……あれ?」


 ここは一つ元老院の皆さんで考えてみて下さいと私の疑念を全て語ったわけだけど、なんだろな。周囲はまるで鉄棒で遊ぶガメラでも見たかのような顔になってしまっている。


「うん、モダス様がアイシャさんを伴侶に求めた理由が改めてよく分かったわ。貴方モダス様の不足を完全に補えるもの」

「しょーじきモダス様や私たちより余程この国のこと考えてるもんねー」

「アルヴィオス王国貴族って皆さんこんな若さでこうも深慮に及んでいますの……?」

「あ、あたまのできがわたしとはぜんぜんちがう……」


 こらー! お前ら一闘士民、元老院だろうが! 自分の国のことなんだからニンファ氏以外ももう少し真面目に考えろやぁ!






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