■ 133 ■ 始まりはどこからなのか Ⅰ
「では、もう一つ聞かせて頂戴。本来この国において魔力持ちの食糧民はキチンと選別されて上位市民向けに取り分けられるはずよ。なのにアイシャさんは何故干渉をしようと思ったの?」
ニンファ氏がそう尋ねてくるのは確認のためか? それとも別の意図があるのか? 分からないけど別にこれは正直に答えても私には害はないね。
「その血の選別、全く機能してませんよ。デスモダスが悪くないと言った味の血を持つ私ですけど、実際には雑居房に放り込まれて六闘士民に買われたぐらいですから」
そう事実を告げてやると、ニンファ氏は驚いたように目を丸くしてしまった。これは……芝居か? この人実質的な貴族だから表情の取捨選択はできる筈だけど――本気で驚いているようにも見えるね。
「恐らくですが、血の味を分別する係ももう既に、まともに魔力持ちと魔力無しの味を舌で区別することができなくなってるんじゃないでしょうか?」
私のみならずアイズまで雑居房に放り込まれたのがいい証拠だよ。昔と違って殆ど魔力持ちが入ってこなくなったこのディアブロス味見係は多分、もうちゃんと仕事をできなくなってしまっているのではないかな。
「あるいは、意図的に上位市民の手に魔力持ちが渡らないよう、狙ってやっているのか、命令されてサボタージュしているのか、という可能性もありますが」
反デスモダス派なんて者が存在しているなら、当然それをやろうとするものもいるよね。だって魔力持ち食糧民をわざわざ特定、選別したってどうせ金持ちが買っていっちゃうだけだもん。
それで強くなるのは上位市民で、下位士民はその恩恵に預かれない。なら意図的なサボタージュも当然起きうるよね。それをどこまで目論んでやってるかは分からないけどさ。
「下位士民の
「私が庶民と同じ扱いになっていた、という事実からの推論です。正誤の妥当性は是非この国を長く知る方々に委ねさせて頂きたく」
これ以上聞かれても今分かることはこれで全てだし、あとはできれば自分で考えてね、と私が話を纏めようとすると、
「ニンファ様、小難しい話はここまででいいでしょう? せっかくのお茶会なのにそうも額に皺を寄せていては戦の前の気分転換にはなりませんわ」
そうラキシュ氏が話をぶった切ってくる。一応聞きたいことは聞き終えたからかね、それともラキシュ氏の息抜きにならないという主張に正しきの一面を認めたか。ニンファ氏が苦笑しながら頷いて体重をソファへと預ける。
それを待っていたかのように今度はラキシュ氏が軽くソファからお尻を浮かせて前のめりに輝いた瞳を向けてくる。
「それで、アイシャ様はどうやってあの枯れ――じゃなかった干涸らび――でもなかった、意気消沈気味の族父様のお心を射止めましたの?」
「あ、それすっごい気になります。お婆さま曰く三百歳は若返ったみたいだって! これが愛の成せる業ですよね!」
ルミナ氏も食い付き気味で身を乗り出してくるが、一体なにがデスモダスの気を引いたのか私にもよく分かってないのだ。
ただいきさつを説明するってことはデスモダスの周囲を取り巻くあれやこれやを説明することにも繋がるわけで――この中に反デスモダス派がいたらちょっと面倒になる気がする。
デスモダスはニンファ氏を己の片腕だと言っていた。デスモダスにとってはニンファ氏を信じるのは私がプレシアを信じるのと同程度には大前提なのだろうが、私にとっては違う。
基本的にこのディアブロス王国に、私が前提として信じられる相手など一人としていない。あえて言うなら次代の魔王ニクスは確実にアルヴィオスに攻め込むという、これだけが私にとっての大前提だ。
悩ましい――が、私から情報が流れることを前提にデスモダスは今日の茶会への参加を促したはずだ。その程度は中庸で行き当たりばったりなデスモダスとて想定はしよう。
つまり、言っても言わなくてもデスモダスとしてはどちらでもいいということだ。それが些事だからか、私程度の行動など己の行動に組み込める戦略があるからかは分からないけど。
「想像、ではありますが。デスモダスには敵がいると私が指摘したからだと思います」
あえて真っ先にその事実を投げつけてみると、ラキシュ氏とルミナ氏は小首を傾げ、その一方でスターベル氏はしげしげと私を眺め、ニンファ氏の態度は変わらない、か。
「え、と。族父様に敵、ですの?」
「ええ。二闘士民ボーン氏があの場で声を上げたのが何よりの証拠です」
この等級の差が発言力の差であるディアブロス王国において、ボーンのようなものが声を上げることはまずないと思っていい。
あの教養控えめなカワードですら、四闘士民アダー様が出てきた時点で法としてはさておき現実として「もう駄目だお終いだぁ」になってしまったことからもそれは窺える。
それを覆すには暴力で以て武威を示すしかなく、では果たしてボーンにはその覚悟があったのだろうか?
これは是であり非でもあろう。
多分、あの時の反応からしてボーン氏はベルドレッド氏かファディ氏が庇ってくれることを想定していたはずだ。
しかしその想定は外れ、哀れボーン氏は帰らぬ人となった。しかしこれはベルドレッド氏かファディ氏がデスモダスの敵であることを示すものではない。
ただ単にボーン氏は「ベルドレッド氏かファディ氏が庇ってくれる」と思い込まされてあの場で死ぬことを求められただけなのかもしれないからだ。
「必要なのはあの場でボーン氏がデスモダスに殺されることでした。これによって市井には僅かにですが『淫蕩と泥酔に浸るデスモダスが罪無き士民を殺害した』という噂が出回っています」
「……その事実をモダス様は?」
想定からどんどん逸れていく話についてこれない若輩二人に替ってニンファ氏が確かめてくるけど、
「知っています。私が指摘してウィリー様が調査しましたので。その調査報告を聞いた際に私が『ウィリー様が裏切り者だったら貴方は破滅する』と示唆したらデスモダスが一転して態度を変えて今に至ります」
「「あぁ……」」
なんかいきなりニンファ氏とスターベル氏が納得したように頷いたのは、なんだ?
「モダス様が貴方を望んだのは間違いなくそれね」
「だねー。このディアブロスにモダス様の心配する人なんていないもん」
あっけらかんと言い切られれば、流石の私もデスモダスの信頼の無さが哀れに思えてくる。
いや、評議会にあの形で参加している時点で自業自得だとは思うけどさ。
「……あいつ、そんなに皆から嫌われているのですか」
「逆よ逆、モダス様は雲の上過ぎて死ぬところを誰も想像できないってこと」
あ、まあそっちなら分かるけどさ。それでもまだ理由としては弱いと思うんだよね。
怪訝な表情を隠さずにいると、スターベル氏が軽く肩をすくめてみせる。
「このディアブロスでモダス様の身を案じるのは多分君一人しかいないし、それが嬉しくもあり新鮮だったんだろうさ」
そりゃ流石にチョロすぎないか、と思わないでもなかったけど――そうか。もうデスモダスはこのディアブロスにおける現人神にも等しいほどにまで昇華されてしまっているのかと考えれば、僅かに納得できなくもない。
現存する全ての一闘士民が生まれる前から、デスモダスは一闘士民として元老院を束ねていたのだ。この魔王国に、デスモダスと同等の立場でデスモダスのことを考えるものはいない、いなかったのだ。これまでは。
だけど気付けば反デスモダス派という立場の者たちが存在していて、それを私が問題提起した。
久方ぶりの敵の存在に生存本能に火がついて、さらにそれを同目線で伝えてきた私が燃料を注いだ。その結果としてデスモダスの思考は激しく燃え上がり、ついでに人並みの感情が復活したってワケか。
要するに吊り橋効果の又従兄弟じゃないかこれ。そこを私は踏み抜いちまったワケか。
くっそー、いつになったら私はこの
「逆にアイシャ様は何故族父様の心配をなさいましたの? 私は其方が気になりますが」
どこかしら期待の籠った視線をラキシュ氏が向けてくるけど、申し訳ない、その期待には私は応えられないんだ。
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