■ 132 ■ 魔王国のお茶会 Ⅲ







「舶来の品に手を出せるということは、やはりアイシャ様は元はアルヴィオス王国貴族でいらっしゃいますの?」


 ラキシュ氏が興味津々とばかりに尋ねてくるけど、デスモダス以外にこれ以上名を名乗るつもりはないのでね。

 デスモダスからも、本名を聞かれても名乗らなくてよいとのお墨付きを貰ってるしね。デスモダスの命令ですので、って拒否していいってさ。


「少なくとも貴族の館で教育を受けられる程度の存在だったのは事実です。これ以上はご容赦下さい。思い出すも儚き二度と帰れぬ世界の話ですので」

「え、じゃあ向こうに婚約者とかいたんじゃないんですか!?」


 ……聞くなと言った側から聞くルミナ氏はあれか、恋に恋するお年頃って奴か。いやまあいいけどさ。


「いましたけど、そんな面白い話でもないですよ。お相手は三十路越えの方で、子を成すためのみに私を所望していらっしゃいましたから」


 アルヴィオス王国貴族にとって子孫を残すのはただの義務です、と伝えると少しルミナ氏はがっかりしたようだった。


「じゃああれなんですの、真実の愛の為に婚約破棄とかしたりはやっぱり現実にはしないんですの?」


 ラキシュ氏が選手交代してそう少し寂しそうに聞いてくるのは、そうかぁ。

 やっぱこっちにもあるのかよ、そういう作り話。世界が変わっても人の好みや妄想ってのは変わらないんだなぁ。


「真実の愛の為に婚約破棄なんぞしようものならよくて慰謝料、悪くてお家のお取潰しですよ。アルヴィオスにおける令嬢令息というものは当主を頭脳とした家という身体の一部、臓腑や四肢みたいなものですから」


 ここら辺は結構分かりにくいだろうね。前世の人権中心社会では連座なんて無駄な犠牲を招く悪とされるきらいがあったけど、そんな簡単な話じゃあないんだ。

 貴族社会、武家社会ってのは個体の最小単位が個人ではなく家だと考えれば多少は理解が及ぶんじゃないかな。


 家の名誉はその家に所属する全員が共有する名誉。だからこそ全員が責任を負うし、究極的には家を、当主を生かすために末端全てが死に絶えてもよいとする。

 無論、誰もがそれを徹底できているわけじゃないし、結局個人の感情ってのは消せないからね、好き勝手やる人も普通にいるけどさ。

 それでも根底には自分が家の一部だという自覚を誰もが持っている。恋に生きるお姉様や、親から干されてるシーラですらもそうだ。


 前世で私たちが個人の基本的人権を尊重し、家族のために自分が犠牲になるのは間違ってるって考えてたのは、世の常識がそうなった結果として私たちがそういう教育を受けたからだ。

 個人とは世界に一つだけの花だと規定されたから、前世の私たちはそれを前提として考える。

 家こそが世界に一つだけの花だと規定された社会なら、種子を守るために花びらが散るのは当たり前の思考になるってことさ。


 つまり家の名誉のためなら喜んで死ねる土壌が当然のようにあるからこそ、連座というシステムが必要になったんだ。

 世の中のシステムはその環境に見合った合理を備えているものだ。時代が違う者が己の時代の常識で一方的に非難できるものじゃないってことだね。


「じゃあアイシャさんはモダス様の子供を産むのもそこまで抵抗はないのね」

「あと五年くらい待ってくれるなら別段気にしないですね」


 元々それは想定していた未来だからね。私にとっては竿の先にあるのがバナールかデスモダスかの差でしかない。

 もっとも人格的にはバナールの方が好ましいし信頼できるから、どっちがいいかと聞かれたら迷わずバナールと答えるけど。


「納得、モダス様が魅了の魔眼を使わないわけだわ。知的で冷静、一般教養に加え舶来の知識まであるなんてまさに棚から焼き餅……って言うのよね、スターベル?」

「ぼた餅だけどね。うん、見事にモダス様を補える人材だ。君がモダス様の横にいるのを嫌う人もいるだろうけど私は歓迎するよー」


 ドスッとフォークを羊羹に刺して囓るスターベル氏の態度からして、どうやら私もナイフでちまちま羊羹を切る必要はなかったっぽいね。

 前世の羊羹ほど洗練されてないっぽいからこれクッソ固いのよ。さーて私もフォークぐさーやっちゃおうかなぁ。


 と思いしも頭の中でマナーズ先生が未だにお怒りになられててナイフを動かす手を止められないぃ。こりゃ完璧に躾の効果だ、悲しいね。


「それで、モダス様はどうしてあのようなことを仰ったのかしら?」


 ナイフを振るう手が止まる。私へ早々にニンファ氏が探りを入れてきたのは、まぁ、当然か。


 あのようなこと、というのはあれだ。先日私が参加した二回目の元老院評議会において、ニール氏が提出した狩猟草案を皆で審議し、これでもう直すところはないと元老院が合意した瞬間に、


『一点修正を加えておけ。監査として私が狩猟に同行する』


 デスモダスがいきなりそう付け加えたからである。これには元老院全員が吃驚仰天度肝を抜かれたっぽかった。

 息せき切って質問を重ねてきた元老院にデスモダスは、


『二闘士民ボーンがあの体たらくであったからな。実際にこの目でディアブロスの戦力を確かめたいと思っただけだ。部隊指揮には一切口を挟まんし手出しもせん。置物と思っておけ』


 ともっともらしい理由を伝え、元老院も半分くらいは納得したみたいだけど半分ぐらいはまだ疑いの目をデスモダスと、何よりその膝の上にいた私に向けていたからね。

 そういうデスモダスの変化の理由を私に求めるのは間違っていないし、だからニンファ氏は今日この場に私を呼びつけたのだろう。


「デスモダスにとっての益は評議会でデスモダスが語ったとおりですよ。本当にそれ以上も以下もありません」


 デスモダスは誤ってボーン氏を殺害してしまい、魔王国の士民等級選定に不安を覚えた。私にとって二度目の評議会で、「闘士会の認定は多少個人の判断で下振れすることはあるが問題はない」と報告を受けても、デスモダスは納得しなかった。

 だから実戦の場で魔王国士民が等級に相応しい実力を示すことができるかを確認したくて、監査を行なうと提言した。この事実に嘘はない。けどね、


「貴方にとっての価値は?」


 うんまあ、それ聞いてくるよな。まあ、私にとってもそこまで大それた理由があるわけじゃない。


「少しニンファ様の領分を侵す話になってしまいますが、此度の狩猟で万が一にも知り合いが攫われる可能性がありますし、経過を把握しておきたいな、と」

「あー、アイシャ様アルヴィオス王国貴族ですもんね。そりゃ心配にもなりますよねぇ」


 どこか気の毒げにうんうんルミナ氏が頷いてくれたけど、血鬼族であるニンファ氏とラキシュ氏が少しばかり不満げな顔を見合わせてしまう。

 まあ、あちらさんの気持ちも分かるよ。仮に私の知り合いなんてものを攫えた場合、それは貴族で魔力多めという『当たり』の景品に相当するだろう。しかしその『当たり』をデスモダスに取られる可能性が生じたってわけだし。


「デスモダスの中立性を侵すつもりはありません。ただ万が一私の知り合いが攫われた場合、いち早く一闘士民の手元に置いて安全を確保してあげたい、って話です」


 貴族令嬢にあの飼育所は耐えられまい。だからせめて知り合いだけでもニンファ氏にお願いしてニンファ氏やラキシュ氏の食糧民にして欲しい。私の要望は嘘偽りなくそこまでだ。

 全てを救う力は私にはないし、弁えぬ度を超した差し出口は私の立場を悪くするだけなのだから。


「何でしたら知り合いがいたのか否か、それをデスモダスには伝えずニンファ様にのみこっそりお伝えするのでも私は構わないのです。こうしてデスモダス抜きで話をする機会が得られるなら」


 別にデスモダスの食糧民にすることが目的ではない、と告げるとラキシュ氏は表情を和らげたけど、まだニンファ氏は疑うような色を消してないね。


「貴方はそれでいいんでしょうけど、貴方の知り合いって貴族令嬢なのでしょう? 魔力多めの子が捕まえられたのをその目で把握したモダス様は我慢できるのかしら」

「……それはなんとも言いがたいです」


 うん、それに関しては私もよく分かんない。ごめんちゃい。

 だってデスモダス、私を食糧民にするって言った舌の根の乾かぬうちに酔った勢いで今だ! 超人合体だ! で私にディバイディングドライバーねじ込もうとしたからなぁ。

 あいつが自分自身を抑えられるかなんて私にも分からんよ。それで幾人も食糧民をダメにしてきたってウィアリーも言ってたもんね。


 そういう意味ではデスモダスの視察がない方が、つまり誰が攫われるかをデスモダスが知らない方がニンファ氏は安心だったろう。

 なので私がニンファ氏に迷惑をかけたのは疑いようのない事実であるし、これは頭を垂れる以外に他は無いね。


「ニンファ様には申し訳ないことをした、とは思っています。ですが血鬼ヴァンプ族に攫われ弟とも引き離され一人でデスモダスの相手をしている私もこれは譲りがたい、看過できない話なんですよ」


 そう告げると、あからさまにルミナ氏が、そして軽くスターベル氏も私に同情的になってくれたようだった。


「ま、アルヴィオス王国民からすれば当然だよねー。睨むのは止めなよニンファ。どう言いつくろったって此度の狩猟、アルヴィオスから見たらただの略奪でしかないでしょ」


 そしてその事実が、同じ国民ながらも血鬼ヴァンプ族と剛鬼フィーンド族の感性は全く異なっていることを私に教えてくれた。

 魔王国は、やはり一枚岩ではない。多民族国家であるが故にそうそう一丸には成れないのだと。


「……そうね。モダス様に望まれた貴方にはモダス様が許す範囲の自由を行使する権利がある。仰せの通りだわ」


 はぁ、とニンファ氏が息を吐いてお茶を口にし、刺々しい気配を霧散させる。


「モダス様に譲らずとも私やラキシュの食糧民にして構わないのね?」

「はい。乱暴にしないで頂けるなら、それ以上は望みません」

「結構。それでモダス様に僅かでも恩を売れるならよしとしておきましょう」


 アルヴィオスからの視点、というのを無視すれば何だかんだでニンファ氏はいい人だよね。

 私なんざ血鬼ヴァンプ族にとって餌に過ぎないってのに、その餌のために心を砕いてくれているわけだから。


 無論、アルヴィオス視点からすればこの人たちは拉致誘拐監禁を行なう外道でしかないわけだけど。

 そこはもう言っても仕方ないよ。人種というか生態系が違う生き物どうしの話なんだもん。






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