■ 132 ■ 魔王国のお茶会 Ⅱ







「いらっしゃい、アイシャさん。今日はゆっくりくつろいでいって頂戴」


 はてさて、その場でソファに座りティーテーブルを囲んでいるのは四人の女性。そのうち三人までは元老院評議会で見た。


 一人目はこの館の主、ニンファ・プルアリアント。

 ふんわり金髪の二十歳程度に見えるお姉さん。装いは漆黒のイブニングドレスに近いけど、デスモダス謹製痴女の装いと違って上品な仕上がりだ。


 二人目はニンファ氏と同じ一闘士民で血鬼ヴァンプ族のラキシュ・シアトリク。

 赤髪ロングの艶やかなストレートヘアーと腰を絞ったドレス(ただしスカートはわりとミニだ)のおかげでただのお嬢様にしか見えないけど、一闘士民である以上はやはりこの人も怪物なのだろう。


 三人目はまだ私と同年代にしか見えないけど成人済みの人種だという剛鬼フィーンド族、スターベル・インカージョン。

 白磁の肌に青の入れ墨文様と群青の瞳、水干のような独特の装い。三つ編みにして長い尻尾のように垂らした水色の髪を揺らしながら、私に向けてヒラヒラと手を振ってみせる。


 最後の一人は、


「紹介するわ、モダス様の婚約者であるアイシャさんよ。ご挨拶なさいルミナ」


 ニンファ氏に名を呼ばれて弾かれたように立ち上がったのは、くるっと丸まった羊のような角を備える、だからこの人は角鬼イーヴル族だ。


「は、初めまして! 二闘士民のルミナ・アナセーナです、宜しくお願いします!」


 光具合によっては黄緑にも見える緑色の髪と焦茶のローブを勢いよく揺らしながら、ルミナ氏がぺこりと頭を下げる。つられて此方もカーテシー。


「これはご丁寧にありがとうございます。食糧民のアイシャです。どうぞ一闘士民の皆様におかれましては賤しきアイシャとお呼び捨て下さい」

「とっとんでもない! 親父殿の奥方を呼び捨てるなど恐れ多い! なにとぞアイシャ様と呼ばせて下さい!」


 外見は十六歳程度に見える、どうもガッチガチに緊張しているルミナ女子は――あれ、アナセーナ? どっかで聞いたような。

 と私が首を傾げたそうにしていることにニンファ氏は気が付いたらしい。コロコロと上品な顔で私に笑みを零してみせる。


「ルミナはワミーの孫娘よ、いずれはワミーの後を継いで一闘士民の席を得るでしょうね」

「うう……まだおばあちゃんには十九戦全敗ですが……」


 ニンファ氏がそう紹介してくれて理解できた。この人がワミーさんが注力して育てている後継というわけだね。

 いつまでも立ちんぼで駄弁ってないで先ずはお茶だ、ということで私の席は――マジかよ主催者ニンファ氏の隣とかめっっっちゃ優遇されとりますやないの。


 な、なんにせよ席について一先ずはお茶である。震えてなんかないぞ。多分。


 挨拶を挟んで冷めたから、と改めて淹れ替えられたお茶はやっぱり私の知らないものだ。

 うす濁りの抹茶のような色で、ただ匂いはどことなく青臭さが感じられる。ニンファ氏が口を付けたので私も軽く啜って舌の上で転がしてみると、どこか草っぽい苦みはあるけど普通に飲める味だ。

 美味いか不味いかで言えばギリギリ美味いに入れられるけど、絶賛するほどじゃないのは多分飲み慣れてないからと、あとは種族差による味覚の違いもあると思う。


「味はどうかしら? お口に合うといいのだけど。流石にアルヴィオスのお茶は用意できないからね」

「あ、はい。美味しいと思います。何の茶葉か考えていただけで」

「ニルシという苔ね。乾燥させた緑茶と焙煎の二種類の飲み方があるわ。此方は前者ね」


 苔、コケなんだこれ。へー。

 まあ確かに北国だもんな。熱伝柱トレードピラーで保温できる範囲では主食と野菜を育てないとだし、嗜好品の為だけに貴重な土地は割けないもんね。

 そうすると大穿孔都市セントラルシャフト内で育てられるものか、もしくは極寒の土地でも育つものでやりくりするしかないってわけだ。地衣類や団塊植物なら寒い土地でもギリ育つもんな。


 続いて目の前に焼きたてのクッキーが運ばれてきて、バターの香ばしい香りがお茶と重なって鼻腔と胃袋をくすぐるが、とても手を伸ばせたものじゃない。


「どうぞ召し上がれ」

「いえ、私は遠慮しておきます」

「あら、甘い物は苦手? それとも血液とかが混ぜてあるとでも思ってる?」


 いや、別に血が混ぜられているとかそういうことを心配してるわけじゃないけど、


「甘い物は大好きですが、食事制限で植物しか食べちゃいけないことになってますので」


 私の食事は血液品質維持のため植物性のものしか与えられていない、と説明すると、スターベル氏が呆れたように目を瞬く。


「でも君はモダス様の婚約者になったんじゃないの? もう血の味とか気にしなくてよくない?」

「よくないですね。私の血の味が劣化した時点でデスモダスの奴、普通に襲ってきそうなので。この体格で十ヶ月後には出産なんて御免です」

「「あー……」」


 スターベル氏とほぼ大差ない身長の私を見て、ラキシュ氏とルミナ氏がお可哀想にと言わんばかりの哀れみを向けてくる。

 いーよなー貴方たちはよぉ、他人事でさぁ。こちとら命かかってるんで油断とかしてられないんですよ。


「そっかー、私たちは種全体が小柄だから赤子も小さいけど、君たちはそうじゃないもんねー」

「モダス様はもう年齢とかどうでもいい老境に達してしまってるものね。困ったものだわ」


 ニンファ氏がおっとり頬に手を当てて嘆く様は、うん、優美だ。アルヴィオス貴族としてやっていけそうな上品さだね。

 ニンファ氏が部屋の端にチラと流し目を送ると使用人の一人が退室、ややあって私の前にコトリと新しいお皿を用意してくれる。


「これなら問題ない筈よ。スターベルが来るから用意しておいてよかったわ」


 これは――羊羹ようかんっぽいね。寒天、もしくは葛に小豆に砂糖と植物由来100%、これなら食べても問題なさそうだ。


「確かに、大丈夫そうですね。お手数をおかけして申し訳ありません。ニンファ様のお心遣いに感謝致します」

「おや、アイシャは玉蝋ぎょくろうをご存じなのかい?」

「まるっきり同じものかは分かりませんが、小豆のお菓子は知識にあります」


 当たり前だけどこっちでは羊羹のこと羊羹って言わないのよね。まぁ前世のそれは元は羊のあつもので、小豆料理とは全く別の物から名前取ってるもんね。

 まあ面倒くさいから今後も私の頭の中では羊羹で通すけどさ。


「私の仕えていた主が輸入物好きで、その中にこういうのがあったんですよ」

「なるほどなっとく。アルヴィオスにはこういう文化はないと思っていたけど輸入はしてるんだねー」


 スターベル氏が手を挙げると、彼女の前にもクッキーの代わりに羊羹が用意される。どうやらこっちの方が彼女の好みらしい。


剛鬼フィーンド族は、もしや海の向こうから?」


 服装といい食事といい、どこかしらエミネンシア家に通じるものがあるように感じたので試しに尋ねてみると、


「うん、ご先祖様はそうだったって記録にはあるねー。最早どうでもいい話だけど」


 ふむ。やはり剛鬼フィーンド族はお姉様のお母様がいた土地から流れて来たっぽいね。






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