■ 132 ■ 魔王国のお茶会 Ⅰ






「其方に茶会の誘いが届いておる。行って参れ」

「はい?」


 私にとって二回目となる評議会への参加も終え、いよいよ出兵も間近となった頃。

 いつものようにデスモダスのベッドにお呼ばれして腰を下ろした私に手渡されたのは、ディアブロスにしては優美な意匠の封筒である。

 「アイシャ様へ」という名前以外の宛先のない、郵便などではなく使者が持参したっぽい上質のそれを手に取って便箋を開くと、


「おお、優美な現代ディアス語筆記体ってのはこう綴るのか」


 私としてはアルヴィオスの本でディアス語を学んだんだけど、アルヴィオスに現在残っているディアブロスの文章ってのは遙か昔の、しかも行書体に近い文字だ。それに私は慣れてしまっていて、要するに結果として私が知っているのはディアブロスの古文ってことになるわけだよ。現代文とは多少差が出てしまうのは仕方ないよね。


 読解を進めるとふんふん、差出人はニンファ氏で、部隊編成の息抜きも兼ねてディアブロス王国の未来を担う女子会をやりましょうということらしい。


「はぁ、ディアブロス王国の未来を担う女子」

「リンリンが女子とか詐称もいいとこだろうが流してやれ、それが情けというものよ」

「いや、私が引っかかったのはそこじゃないんだけどね」


 そもそも私は食糧民であってディアブロス王国の未来などこれっぽっちも担っていないのだが……


血杯カリスブラッドを与えた時点で其方は私の奥である。気後れする必要などない」


 私の胸元にあるペンダントトップを弄びながらデスモダスがさも当然の顔でオイ勝手に妻認定してんじゃぁない。

 ……いやまあ、もういい加減逃れようがないのはだいたい私も覚ってはいるけどさ。前回の元老院評議会、デスモダスは合体要員を連れず私だけを膝に乗せて、終始酒も飲まずご機嫌で私を愛でていたからなぁ。


「リンリンも評議会にてこれを目にしたから改めて其方を招いたのであろう。精々持て成されてこい」


 更にはデスモダスが寄越した婚約の証がダメ押ししたってわけだね。はー、外堀内堀埋め立て完了だぁよ。


「アルヴィオスの婚約の証もペンダントだったけど、こっちもそうなのね」

「いや」


 チャラ、とペンダントトップを手放したデスモダスが、僅かに乾いた笑みを浮かべる。


血杯カリスブラッド血鬼ヴァンプ族固有の古い慣習だ。もうこれがそういうものだと知る者はリンリンとウィリーぐらいしか残っておるまい」


 どうやらもうとっくに廃れた婚約の証だそうで、多分これを作るのは後にも先にも自分ぐらいだろうということらしい。ニンファ氏は作り方を知らないだろうし、とのことで。

 はー、滅びかけの伝統工芸品だったのかこれ。そりゃ財産の半分ぶっ込むようなモノは廃れるよな。そういう意味では貴重な品なんだろうけど――めっちゃ呪われてるからなぁ! しかも婚約の証だし!


 まぁいいわ。そういう理由でニンファ氏が私を招いたって事は分かったわよ、だけど。


「お茶会って、私アルヴィオスのマナーしか知らないわよ」

「その程度はリンリンも分かっていよう。そもディアブロスは他国と違い礼儀作法だ規範だのには緩い。元老院を見れば一目瞭然だろう?」


 ……そりゃそうだ。元老院評議会でデスモダスは女抱きながら酒飲んでる位だもんな。

 私はそーいうデスモダスの内縁だと考えればまぁ、そんな奴にマナーがどうこう言うのはお門違いというか言っても無駄って思うよね。


「生きる上で友の一人や二人はいた方が良いぞ。一つ人脈を広げてくるとよい」


 くそっ、言っている事は滅茶苦茶正しいがその亭主面が気に入らねぇんだよぉオラァン!

 だがまあ、私としてはお断りする理由も無いしね。それにアルヴィオスではついぞ体験できなかったワインかけられたりドレス破かれたりみたいなお約束に出会えるかもしれないし。




――――――――――――――――




「よく考えたら私ドレス持ってなかったわね」


 今さらであるが、ウィアリーに用意して貰ったのは一般の士民服デザインばかりでドレスは一着もない。

 しゃーねーじゃん、だってまさか一闘士民にお茶会に招かれるとか予想できるはずないじゃん? 食糧民として屋敷で飼い殺ししか想定してなかった私の判断はおかしくなかったと思うわよ。


「素材がよいので問題ないでしょう」


 ただまあウィアリーがいいというので糸繭虫コクーンワーム素材のゆったり袖ブラウスに釣りロングスカート姿でのお茶会参加だ。

 なおこの服はケイルが私の部屋に用意してくれていたものとデザインはほぼ同じである。


 角がある角鬼イーヴル族も種族内体格差が激しい剛鬼フィーンド族も着られる汎用性の高さがウリだね。パンピー万歳。


「それではプルアリアント邸までは私がお送りいたします」


 基本的にこの大穿孔都市セントラルシャフト、移動は円柱の側面を回り込んだり上下移動したりと面倒なため、二足歩行では時間がかかりすぎる。

 よって翼のない私の移動は血鬼ヴァンプ族におんぶに抱っこだ。当然だろう。


「専用の疑似翼ガルーダローブが欲しいわね。デスモダスなら買えるんでしょ?」


 私をお姫様抱っこして第十圏キムラヌートの宙を行くウィアリーにそう尋ねるも、


「必要ありません。アイシャ様が移動する場合には必ず私かモダス様が付き添いますので」

「……危ないから一人でどっか行くなってワケね」

「左様にございます」


 うっせー、本音は逃亡防止のためだろうがよ。

 私にあんなもの与えたら当然のように逃げ出そうとするもんな自分のことだからよーく分かるとも。


「一応注意として申し上げておきますが、疑似翼ガルーダローブで移動できるのはこのディアブロス王国内のみです。外では如何な強風が吹こうとあれで空を飛ぶことはできませんよ」

「あー、うん。まあそれはなんとなく予想してたわ」


 この世界、魔術があるとはいえ基本的な物理法則は前世とほぼ同じだし。

 あんな揚力を生み出せない翼で空を飛べるの、翼だけでなく環境にも何らかの仕掛けが必要ってことだよね。これも魔王の秘術の一つってことかな。


 何にせよ、プルアリアント邸ニンファ氏のおうちに到着である。


 プルアリアント邸は確かにデスモダスがウチは控えめだと言ったように、ドライアズダスト邸と同じ三階建てながらもより大きめ、豪奢かつ荘厳な作りである。

 壁面は化粧漆喰スタッコで覆われ、窓や飾り柱はきっちり彫刻が施されている。正面入口は通し柱に支えられたテュンパノンで、どこかしら神殿を思わせる威厳は流石一闘士民だと感心してしまう。

 そんなテュンパノンの下にある、取次役に招待状を渡して厳かに開かれた扉はこれ、三メートルの宇宙人でも余裕でくぐれそうな大きさだよ。


 内部も内部で、壁にはギッシリとあの夜光虫灯が並んでいて明るいし絨毯もふかふかだ。すげー、一闘士民すげー。

 浴室の数を除けば本当にドライアズダスト邸は控えめだったんだね。


「それでは私は待合室にてお待ちしておりますね」


 ウィアリーはどうやら茶会の場までは同行しないらしく、途中にあった扉の前で足を止めてしまう。むぅ、メイみたいに背後に控えていてはくれないのか。

 監視も無しで私をお茶会に放り出すあたり信用されているのかいないのか。いずれにせよ、


「御館様、ドライアズダスト卿のご婚約者であらせられるアイシャ様がご到着なさいました」

『お通しして』


 ニンファ氏の声をくぐもらせていた部屋の扉が開かれると、ふわりと花の香り、蜜の香りが鼻腔をくすぐる。

 追って、嗅ぎ慣れない香りは多分、ディアブロス王国産のお茶なのだろう。一般的な茶葉とは違う、私の知識が一切通用しないお茶だ。






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