■ 131 ■ 遠征準備 Ⅲ
身を起こしたデスモダスが私を膝の上に乗せてナイトテーブルに手を伸ばし、グラスにワインを注ぐ。
「狩猟遠征でニールとリンリンが国を離れる。軍団は
狩猟遠征で兵力と一闘士民が欠けた瞬間が好機、というほどではないにせよ国が手薄になるのは事実。動く奴も出てくるかもしれないと。
しかし、いよいよ狩猟遠征が近付いてきたかぁ。私としてはこれ阻止できるなら何としても阻止したいんだけど……血を飲まないと死ぬ種族に血を飲むなとも言えないわけで。
結局のところ前世人類がそうであったように、強い種族の行いが正義になるだけだ、と割り切るしかないんだろうね。人間が他の動物を家畜化して育てては屠畜しているの、誰に許されているわけでもなく単に文句を言ってくる種族がいないだけで、やってること
最初にもっと友好的な出会いをして、人間は害が出ない程度に血を譲ってやるかわりに何らかの対価を受け取る、みたいな決まり事が出来てればまだ違ったのだろうけどさ。
既に
お互い育んできた認識を改められない以上は奪い合い殺し合うしかないんだろうなぁ。
やはりここは北方侯爵家の家々に頑張ってもらうしかないか……あれ? 北方侯爵家?
私なんか忘れてるような……リタさんたちは多分もうケイルたちと共にレティセント領へ戻ってるよね。レティセント領は国境沿いではないから問題はないよな。
お姉様たちはモン・サン・ブランだしアフィリーシア……
「そうだアリーたちのこと忘れてた!」
思わず上げた頭がデスモダスの顎を直撃してしまったがそれどころじゃないって!
やっべぇえええっ! そうだよヴェスとアフィリトリーが北方侯爵家に取材に行ってるじゃん! まだ夏季休暇終わってないしこのままじゃ狩猟部隊と領属騎士団の戦闘に巻き込まれかねないわ!
「どうしたアーチェ、今日は増して情緒不安定なようだが生理か何かか」
顎をさすりながらデスモダスがおい誰が生理だ真弓美はともかくアーチェは軽い方だわい。
なおこの下着無しの痴女の装いだけど、どうやって生理をやり過ごせっていうのかと思ったら、他の食糧民たちは皆月のもの専用に作られたブラッドスライムをタンポンに使ってると知らされたときには大いにびっくりだったよ。
まあ驚いたのは最初だけで、これが一度入れておけば半永久的に血から何から纏めて啜ってくれるとあって、あまりの便利さに私ももう二度とこのブラッドスライムを手放すことはできないだろう。
最初は内側から溶かされて肉ごと食われるんじゃないかと恐々だったけど、安全性はもう魔王国女子が嫌と言うほど実証してくれているそうだ。私もすぐに恐怖は薄れちゃったね。
しかもこのブラッドスライム、生理周期間隔の食事摂取で成長も餓えもしないよう品種改良されているから、内側から膨れたり勝手に死んだりすることもないんだってさ。完璧だね。
ぶっちゃけ前世のナプキンを越える超高性能生理用品がこんな魔王国で手に入るとは……いや、これだけで魔王国に来た意味があったかもだよ。閑話休題。
さておき、狩猟部隊とアフィリー立ちがカチ合わせする可能性だ。
まあデスモダスには聞かせても問題ないか。
「知り合いが北方侯爵家領に旅行に行ってるのよ」
「貴族令嬢か? むぅ、此度の獲物を捌く権利はリンリンに属するものとなる。私には口を出せんが、偶に会わせてやるくらいなら融通できんこともないぞ」
「拐われること前提で話するのは止めなさい!」
くぁあ、大丈夫かアフィリー。ヴェスが何とかしてくれるか? 何ならリトリーは拐われても一向に構わないんだが。
うーむむ、籠の鳥なのが辛いわ。地味にまともな生活させてもらえてるだけ余計に罪悪感がキツイ。
デスモダスに帰らしてくれと言ったところで無駄だよなぁ。くっそー、更に落ち着けなくなってきたじゃないの。
私みたいなクソOL記憶持ちならいざ知らず、流石に純貴族令嬢のアリーやフィリーには食糧民生活は耐えられまいよ。
とりあえず暴力で分からせないと永遠に虐げられ続ける環境なんて、貴族令嬢から最も程遠いもんなぁ。
怒ると拳が出るプレシアならワンチャンいけるかもだけど、あいつは今残念なことにモン・サン・ブラン……いや残念じゃなくて安心だ。私脳みそバグってるわ。どうしよう。
うう……アリーたちに危機を伝える、のはどうやっても無理だろう。まず伝手がないし、仮に伝手があってもアリーたちの顔や特徴を伝える術がない。
「今回の狩猟ってアルヴィオスのどの辺まで攻めるつもりなの?」
普通に考えれば王都との行き来を鑑みて北方貴族家も領都はなるべく南に建てているし、領都が主戦場となるとは思えないからアリーたちが狩猟に巻き込まれる可能性は低いわけだけど。
「それを決めるのはニールだが、私はまだ彼の青年をよく知らぬ。詳細は次の定例評議会で部隊編成と共に明かされよう」
要はニール氏のやる気次第ってことか。
と、待てよ?
「ねえ、評議会で明かされるってことは、当然その妥当性を皆で評議するのよね。場合によっては修正も」
「無論だ。まぁニールとて若くとも一闘士民。副官としてサポートにリンリンが付いているし、全面修正を要する無様な計画は立てぬだろうが」
よし、計画の修正は元老院で可能、と。ならば少しはやりようがある。
もっともデスモダスは中立だから基本的に横槍は入れないだろう。
誰を利するでも害するでもなくだから、狩猟自体には口は挟めない。ならばそれ以外の手段で干渉するしかない。
その範囲でできることはたかが知れてるし、狩猟自体はどうやっても止められないけど、何もしないよりは余程マシだ。
「デスモダス、お願いがあるんだけど」
「聞こう、但し興醒めな提案はしてくれるなよ?」
私を組み敷いたデスモダスが興味津々といった風体で瞳を輝かせる。
興醒めかどうかは分からないけど、少なくともデスモダスの中立性を侵すことはないと思うよ。
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