■ 121 ■ 都市計画の裏事情 Ⅲ






「都市、増えちゃ駄目なの? 広がる分には構わないと思うのだけど」

「俺もそう思うけど、おかみがそう命令してきているし」


 あるいは落ちこぼれ共に割り振っとくには丁度いい仕事なのかも、とカワードは自嘲するが、私としてはそこまで職務を軽んじる気にはなれないね。

 確かに窓際族みたいなモノは前世にもあった。今世にもある。名前と肩書きだけで実権は何もない役職なんてのも必要になることは知っている。


 だけど前者は無意味なことをやらせて退職に追い込むのが目的で、後者は名前だけでも与えて少しでも地位が向上したように思わせるのが役目だ。

 そう考えるとカワードたちの立場はちょっと異なってくる。無論、魔王国には魔王国なりの道理もあるんだろうけどさ。


「ふむ……」


 一応、カワードみたいに穿ちすぎな見方は止めて面額通りに受け止めてみよう。魔王国の元老院はこれ以上魔王国の国土が広がることに抵抗がある。

 その理由として第一に挙げられるのは広がった空間に住まわせた人を養うだけの食糧生産が追いつかないことだろう。


「現状、食糧生産が追いつかないのはなんで?」

「地上の農地が広がらないからさ」


 土地が足りないから食糧生産があまり向上しない、とカワードは言うが……何故だ?

 ここに着くまで私たちがえっちらおっちら歩いてきたシェオル山系の裾野にはまだ雪原が広がっていたし、悪役テンプレトゲトゲを増設すれば農地はもっと広げられるはずだ。

 そうカワードに尋ねてみると、


「新しい熱伝柱トレードピラーが作れないんだ」

「なんで?」

「分からない。ある時点でいきなり作れなくなったらしい」


 カワードによると、そもそも連結都市ターミナルシャフトは今は食糧民の畜舎になっているところが多いものの元々住居空間ではなく、熱伝柱トレードピラーを設置するための空間なのだそうだ。

 そこで過去には儀式魔術を発動、数万人からの魔術を束ねて熱伝柱トレードピラーを形成、設置していったらしいが、今はその儀式魔術が発動しないらしい。


 ……確かに、食糧民の畜舎って温かかったもんなぁ。温水も湧いてて、人間関係以外ではわりと快適だったし。もともと連結都市ターミナルシャフト熱伝柱トレードピラーを設置するための空間ってことは、つまり壁の向こうには溶岩が流れてるってわけで、なるほど士民が連結都市ターミナルシャフトに住まないはずだよ。しかし、


熱伝柱トレードピラーが作れなくなったって、なんで?」

「その原因が分かったら名誉闘士に叙せられて等級が一つ、いや二つは上げてもらえるだろうね」


 つまり、未だ誰にも原因が分からないということらしい。

 その結果として魔王国は一から十までの大穿孔都市セントラルシャフトが擁する範囲までしか拡張が出来なくなっているのだそうだ。


 ということは魔王国にとって現在目に見えた最大の問題は熱伝柱トレードピラーの増設が不可能である、ということになるわけだね。

 これが解決すれば農地を広げられて食糧問題は解決し、都市の拡張も可能となるわけだ。


「むぅ……」


 悩ましい問題だね。食糧問題が解決すれば私たちが侵攻理由リストに挙げた、4.深刻な食糧不足によるアルヴィオス王国への侵攻、は避けられる可能性が高い。

 しかしこれが原因じゃなかった場合、魔王国の国力が強まりそれだけ侵攻軍は精強になる。彼方を立てると此方が立たぬみたいな話になってくるよ。


 ……とはいえ、予定された侵攻はあと三、四年の間に起こるわけだからそんな短期間での人口増、つまり戦力の増強には繋がらない、か。

 なら解決できそうならしてもよさそうだね。


「カワード、未対処の連結都市ターミナルシャフトってどっかに残ってない? 見学したいんだけど」

「あのねアーチェ、俺は君の召使いじゃないんだけど」


 カワードが呆れたように頬杖付くので仕方ねぇ。試しにきゃるーんと握った両手を胸元に揃え、


「お願い、ご主人様」

「――!」


 下から上目遣いで見上げてやると、うん。こうかはばつぐんだ。


「……自分でやっといてなんだけど、貴方今かなりグラッときたわよね」


 ガリガリと頭髪を掻き回したカワードが溜息を吐いて席から立ち上がる。


「わかったよ。どうせ俺が動かなかった場合は勝手に調べて勝手に行くんだろ」

「あら、案内してくれるの?」

「法的には君はまだ俺の専属食糧民なんだ。君が勝手して罰されるのは俺だからね」


 一皮剥けたカワードではあるけれど、チョロい点はまだ変わっていないようである。ありがたいことだけどね。


「悪い皆、ちょっと出てくる」

「ほーい、いってらー」

「勤務時間中にネチョネチョやるなよー」

「睨まれてるのに誰がやるか!」


 私の傍らにいるアイズをカワードが顎でさすと、さされた方の目は相変らず冷やっ冷やである。


「監視がなければやるんだな」

「やらないから冷気しまえ、いやしまってくださいお願いします! はぁ……」


 上着を羽織ったカワードに続いて、


「姉さん、手を」

「ほいほい」


 安全のため、と言うアイズと手を繋いでカワードの後を追って第七圏ツァーカブ行政庁舎第二支部を後にする。


「言っておくけど連結都市ターミナルシャフトには風孔はないからかなり歩くぞ」


 カワードの忠告によく分からない単語が――いや、前に一回聞いたような気もするぞ。


「風孔ってなに?」

小径セトに敷設された有料高速路だよ。あれさ」


 カワードが指さしたのは都市の中央、吹き抜けを上下する翼状の道具を背面に備えた人たちである。


「翼、もしくはガルーダローブを利用し風圧で大穿孔都市セントラルシャフト間を高速移動するのが風孔だ。二十二の小径セト全てに往路復路両方が設置されてる。ただし使用料がかかるけどね」


 へー、風圧を利用して横移動かぁ。みんな幼い頃に憧れた台風の日にメリー・ポピンズよね。

 ちょっと面白そうというかかなりやってみたいわ。


 カワード曰く、ここが地底である以上は外との空気の循環は至上命題だそうで、その技術を大出力にして移動に応用したモノが風孔なのだそうだ。

 要するに魔王国は大穿孔都市セントラルシャフトを上下に、小径セトを左右に空気が循環しているってことだね。


「幾らかかるの?」

「ガルーダローブのレンタルこみで一人頭片道二万ラヴァ。自前のローブ持ちや未成年、血鬼ヴァンプ族と専属食糧民はその半額。十六半日で次の連結都市ターミナルシャフトへ到着する」

十六半日一時間半? 凄いじゃない!」


 要するに新幹線みたいなもんじゃない。都市間移動はアルヴィオスとは比較にならないほど整備されているのね。

 もっとも移動の間はお手洗いもないし、風力の関係で重量制限もあり大荷物を運ぶには割に合わない旅客用らしいけど。

 面白そうだし、これはあとでケイルにおねだりして一回やらせて貰おうね。






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