■ 121 ■ 都市計画の裏事情 Ⅳ
はてさてカワードの後に続いて階層を降り横穴を延々進む途中、ずぐんと振動が身体を駆け抜けた。無言でスッとアイズが私の頭上に覆い被さってくる。
ただ立ってられないとかではなく、その衝撃はすぐに収まってくれたようでこちとら一安心だ。ひとまず杞憂は避けられたらしい。
「地震?」
「最近多いんだ。先代魔王陛下が身罷られてもう十年以上だからね」
九十二代魔王ナフィーの崩御により魔王位が不在になって十五年。もうとっくに次の魔王が降臨してもいい頃らしいが、まだ魔王の存在は確認されていないそうだ。
私も軽く考えてたけど、改めて魔王国民の不安と恐怖が理解できた気がするよ。だってこんな洞窟で地震とか、マジで生き埋めになっちゃうもんね。
そんなこんなで少しおっかなびっくりになっちゃったけど、体感で二時間ぐらいは歩いたかな?
「これだけ大きな空っぽの空間を見せつけられると認識がおかしくなるわ。クリス、手ぇ離さないでね」
「勿論だけど、身を乗り出すのは程々にね」
何もない空洞が広がってるの、ちょっと距離感バグっちゃうわ。しかも壁際に階段が用意されているだけで手すりとか柵もないし。
ここで背中押されたらそのまま垂直落下して潰れたトマトだ。そう考えると高所恐怖症とかじゃないけど膝がガクガクしてくるわ。目の前にナイフ突きつけられているのとほぼ変わりないもん。
「ここをくり抜いた土は何処へ行ってるの?」
「三割ほどは農地へと運ばれてる。残った土は
仕方がないので新たに魔王が誕生した場合、その魔王に埋め立て用のストーンゴーレムを作って貰って埋め戻すらしい。まぁ、とても人力じゃこの穴を埋める気にはなれないわな。
なお地上近くに作られた
ふーん、とカワード先生の講義を受けながら、
「クリス、弓貸して」
「どうぞ、姉さん」
アイズに預けていた弓を握りしめて【鷹目】と【猫目】を発動すると、
「うん?」
なんだろう。シャフトの底面に何か絵が描いてあるような。いや、絵というかこれは、
「魔法陣?」
「人間なのに闇を見通せるのかい? そうだ、底面にあるそれが
カワード曰く、初代魔王はこのようにレイラインと紐付けて常時発動可能な魔術を幾つも考案したのだそうだが。
「ただ呪術が得意な
「……初代魔王の特異技術かぁ。それは確かに困っちゃうわね」
あるいは、解析は進んでいるけど元老院が現場に知らせていないだけとかもあるかもだけど。そう考えるのは、今度は私の方が穿ち過ぎかもしれないけどね。
文献が多数あれば解読も可能だろうけど、モノが少ないんじゃ解読も難しかろうし。
「あ、じゃあ風孔っていうのも?」
「当然、初代魔王陛下の遺産だよ。こっちは普通に動いているのに
ふーむ、初代魔王の魔術が全て使えなくなったってわけではないのね。実際
そりゃあ確かに不思議な話だよ。なんで
「クリス、紙とペンお願い」
「どうぞ、姉さん」
アイズから紙とペンを受け取って錬成魔法陣とやらを紙に書き写していく。
「……なんでそんなの持ってるんだ?」
「姉さんが必要とするモノはだいたい持ち歩いている」
「そーよ私の弟は優秀なの。才能の欠片もない私にも優しい自慢の弟なのよ」
「君にも優しいというか君にだけ優しいだと思うけどね」
なんか刺々しい背後の空気を余所に、一通り書き写したものと実物とを見比べる。うん、多分書き損じはないはずだ。
「クリスも確認してみてくれる?」
「姉さん、僕の視力じゃこの暗い空間の奥までは見通せない――ああ」
矢筒のそこを軽く叩いてみせると、アイズも思い出したようだ。
そう、アイズにはカメラの原理を教えてあるからね。氷で作り出した透明なレンズ、それを空間上で調整させれば即席の望遠鏡のできあがりだ。
氷神、汎用性高いなぁ。私のこの弓持ってないと何も出来ない弓神とはやはり大違いだよ
「うん、スケッチの通りだね」
「ん、ダブルチェック終了。悪いわねカワード、こんなところまで付き合わせちゃって」
「いいさ。どうせ代わり映えしない業務だしね。何らかの新しい発見でもあれば御の字さ」
そんなこんなで未使用の
「なんか騒がしいわね」
道行く人の間に妙なざわめきが走っていて、それに、なんだ?
「姉さん、
「なに? あ、ホントだ、光ってるわね」
アイズに言われて手すりから身を乗り出し
それがほんのり淡い色を纏って光を放っていて、それを目にしたカワードの表情が途端に厳しいものへと変わる。
「拙いぞ……
「トラブル?」
そう尋ねたカワードの顔は緊張に引きつっていて、
「最大規模のね。恐らくどっかの
カワードの真剣さから事の深刻さが間接的に伝わってきてしまう。
大災害、ここにきて大災害の勃発か。
「畜生、まだ次の魔王は降臨しないのかよ……! もうとっくに現れてもいい頃じゃないか!」
口惜しげに欄干を拳で叩くカワードの態度から、私は嫌でも納得せざるを得なかった。
私にとって魔王ニクスは推しの未来を脅かし数多のアルヴィオス国民を危険に晒す憎い敵でしかないのだけど。
ディアブロス王国民にとって魔王は、この地で生きるための唯一の希望なのだということを。
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