■ 121 ■ 都市計画の裏事情 Ⅰ






「魔王を安定して作り出す効果だぁ?」


 ケイルが胡散臭そうにマグのワインをグビリと呷る。


「言い換えれば魔王国民に強力な冥属性の加護持ちを発生させる手段ね」


 神から与えられる加護は完全にランダムであり、アルヴィオス王国では親兄弟ですら遺伝と加護の因果関係はないと結論付けられているし、遺伝させられる技術は確立されていない。

 だけどアルヴィオス王国にないからってディアブロス王国にもないとは必ずしも限らないわけでね。


「それが事実だとしたら大したもんだな。ハズレで悲しむ人間がいなくなるぜ」

「まぁ、そんな便利なモノでもないとは思うんだけどね」


 それが自由自在に扱えるなら、魔王国は今頃便利な加護持ちであふれかえっているだろう。


「ケイル、闘技場で戦っている貴方から見て上位闘士は加護に隔たりがあるように見えた?」

「……わからん。なんせこの国の連中、あまり神精属性魔術には頼ってねぇんでよ。種族固有の魔術が専らさ」


 ケイル曰く、神の加護を利用した神精属性魔術を好んで使う闘士は殆どいないのだそうだ。

 血鬼ヴァンプ族は血刀と呼ばれる、自らの血を武器とした魔術を使うし、鱗鬼スケイル族は小出力ながら竜みたいにブレスを吐く。

 角鬼イーヴル族は多種多様な魔法を使うし、剛鬼フィーンド族は赤鬼が身体強化した格闘戦を、青鬼黒鬼が妖術を得意とするのだそうだ。

 そういう種族固有の魔術ばかりが多用されて、魔王国では神精属性魔術は殆ど下火になっているらしい。


「実際、なんつーか俺も妙にこの国来てから風神の魔術が弱まってる気がするんだよな」

「ああ、それは僕も感じました姉さん。あの連中は一掃するつもりで撃ちましたが皆生き延びましたし」


 おいお前やっぱりアダー様たち全滅させるつもりだったのかよマイブラザー。

 ……まあ、死ななかったからいいけどさ。今更だし。


「とすると、優れた冥属性持ちを生み出すための弊害みたいなものがあるのかもしれないわね」


 冥神を至高とした結果、他の神々からのご加護が届きにくくなっているのか、あるいはこの地が減衰と無命を司る冥神の力に満ち満ちているからか。


「この魔王国は極めてシステマチック――体系的に構築、運用されているわ。社会基盤整備はアルヴィオスより遥かに高度であると言っても良い程に」


 アルヴィオス王国に国全土を支える統一したシステムなんてものは貴族院ぐらいしかないし、国を上げての設備なんてものもない。

 良くも悪くも封建的でその土地土地の特徴が強いのがアルヴィオスだ。


 しかし魔王国ではそんなことやってたら国を維持するどころか興すこともできなかっただろうから、国全体が一貫したシステムで動いている。


「しかしその国を支える肝心要がいつ生まれるか分からない魔王の冥属性という個人にかかっているとか何の冗談よ。私だったらそんな不安定な状況で地底都市の開発なんて、とても恐ろしくて許可GOは出せないわ」

「……つまり初代魔王の時点から、いずれは安定した魔王の在位が見込めると踏んで、この魔王国は建国されたって、お嬢はそう言うわけか」


 そうとも。この魔王国の基軸を考えた初代魔王は多分とても頭のいい人だった筈だ。

 地底が熱いことを利用してその熱を地表へ逃し地表を作物が育つ温度まで暖め、生活基盤は血鬼族も安定して生活できる地底へと移動させた。


 あるいは初代魔王が優秀だったのではなく歴代の元老院が知恵を捻って現在の形を完成させたのかもしれないけど……


「国の維持に強大な冥属性を持つ魔王が必要なら、魔王の安定供給かその代理となる何かぐらいは充てがないと不安で仕方がないじゃない」

「確かに。大穿孔都市セントラルシャフトが一つ崩壊したら国民の十分の一が生き埋めになるわけですし。備えなしは正気の沙汰とは言えませんね」


 地底生活ってのは杞憂が杞憂でない、本当に空がいずれは落ちてくる世界なんだから。

 しかも火山の中にそれを作るなら絶対に備えが必要だ。それ抜きで九十二代も魔王国が続くはずがないよ。


「……この状況でどうやったらディアブロス王国がアルヴィオス王国を攻める?」


 現時点でディアブロス王国がアルヴィオス王国へ侵攻しなければいけない理由が市民視点では何も見当たらない。

 であればもっと上層に理由があるか、魔王の個人的感情が全てになる。


 しかしカワードによると魔王は強大な冥属性の影響を受けて色々と消極的になるって話だったから、個人的感情で侵攻を始める可能性はかなり低いと見ていいだろう。

 それに未だ存在しない魔王の胸算用を計るなんて人智を越えた才能の持ち主にしかできないしね、やるだけ無駄だ。


 そうすると私たちが探さねばならないのは、消極的な魔王にすら侵攻を決意させる程の強烈な要因だ。


「なぁお嬢、パパ君の狙いが戦争で、その理由は戦争がないと地位と権力の正常化が果たされないとして――本当に仮想敵はこの魔王国でいいのか? 皆が危惧しているように南のワルトラントの方だったりしないのか?」


 純粋な疑問と、再確認の意味も含めてだろう。ケイルがそう疑念を呈してくるけど、それでも魔王国は攻めてくる。

 無論ゲームの設定が全てではないけど、これは覆しようがない大前提、確定された未来だった。

 だから奇跡でも起きない限りこの魔王国は必ず侵攻してくる。魔王国にはそれをせねばならない何かが必ず存在しているのだ。


「南より北のほうが都合がいいのよ。なにせ南の国境沿いには男爵家ばかり、対する北の国境沿いには侯爵家が多く並んでいるのだからね」


 もっともゲーム知識なんてのを理由にケイルを説き伏せられるわけもないから、それらしい理由が必要になるけどね。


「……都合がいいって、つまり爵位が上の連中が纏めて死ぬから都合がいいって意味か。おっかねえな」

「確かに父上が父上なりの正常化を望むなら、爵位ばかりが上の連中が消えるほうがよいでしょうが……父上は本当にそこまでやりますか?」


 ケイルのみならずアイズもまた疑問に思うのは当然だ。

 幼い頃のアイズから見てお父様は真っ黒だったが、貴族の常識を知った今のアイズにはまた別の色合いになっていることだろう。







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