■ 120 ■ 都市計画勤務 Ⅱ






 さーて、本を抱えてケイルの借家へと帰宅すると、ケイルももうファイトを終えて戻ってきているようだ。


「おぅ、お帰りお嬢」

「夕飯は簡単なものでいいわよね」


 とりあえず夕飯を用意しないと、と腕まくりをすると男子両者の目が驚愕に見開かれる。


「……お嬢、料理できるのか?」

「多分不味い野菜スープくらいは作れるわよ」


 ケイルが先に購入しておいたと思しき食材から適当に夏野菜とキノコを選んで、適当に野菜を切って腸詰めと共にボイル。

 味付けはキノコの出汁、腸詰めから滲み出る塩油と香辛料でだいたいOK。あとは凍み芋を投入すれば夕食としては十分だ。


 なお閑話休題だけど、魔王国の主食はどうやら芋らしい。小麦は単位面積当たりの収穫量はあまり多くないから、広い農地が必要になるしね。芋だと土に根を張ってくれるから、何なら壁面でも育てられるし。地上の農地では野菜を主に作成して、地中で芋を育てて食糧を工面しているのが魔王国の農業みたい。閑話休題終わり。


 湯気を立てる腸詰めスープポトフをアイズに食卓へ運んで貰い、軽く炙ったチーズを水で戻して串に刺して焼いた芋の上に乗っけて、三人揃って手を揃えていただきます。

 一口スープを啜ったケイルは怪訝そうな色を隠しもしない顔で視線を私へと注いでくる。


「普通に美味しく食えるが……その時点で色々おかしい。お嬢、なんで伯爵令嬢なのに料理できるんだ?」

「切って煮るだけなら誰だってできるわよ」


 基本でしょ、というとアイズとケイルが揃って首を横に振る。


「プレシア様じゃあるまいし、普通の令嬢には可食部がどことか火の通り具合を考えたスライスとか無理ですから」

「そんなのこれまで自分が食べた料理から逆算すれば一目瞭然じゃない」

「そこに意識が行く時点で色々とおかしいんだがな」


 全く、アイズもケイルも女の子の手料理をありがたがるって思考はないのかしらね。まぁ私にもないがな。

 誰が作ってもメシはメシだ。色々具材が入ったコンビニ弁当は本当に都会民の強い味方だよ。容器がゴミとしてかさばるのを除けばね。


 まぁあれだよ。私とて小学校の家庭の授業で味噌汁やサラダ、カレーぐらいは作ったことあるし。

 大人になってからはずっとコンビニ飯でも、小学校で習った内容ってのは結構覚えてるのよね。まぁ小口切りがどういう切り方かって聞かれても、もう答えられないけど。


「アイズとケイルは料理できるの?」

「キャラバンにいる間に一通りはな、仕込まれたよ」


 ケイルは余裕ぶる一方で、


「母さんの手伝い程度しかやってなかったので、多分姉さんより下手だと思います」


 アイズは純貴族である私に負けたせいか、若干しょぼんとしてしまっている。


「じゃああれね、アイズは洗濯お願いね」

「分かりま――え、もしかして姉さんの服も一緒にですか」

「え? そりゃ分ける意味ないし。ん? もしかして私臭う?」


 なんと、私美少女面してワキガだったのかと腕を上げて腋を嗅いでみるが、自分の体臭はやはりよく分からんわい。


「そういう意味じゃありません。わ、分かりました。承ります」


(……匂いとか嗅ぐなよ弟様)

(嗅ぐか馬鹿野郎!)


 とまあ、三人で家事を分担することで合意。朝食及び弁当はケイル、洗濯はアイズ、夕食は私という家事担当になった。

 掃除は――あれだ、もうここにいられる期間も一ヶ月を切ってるし、するまでもないだろうって三人で合意した。


 夕食後、三人交代で一風呂浴びて寝間着に着替えてから、今日の成果である資料を食卓へと広げる。

 傍らのマグにはお湯で割ったワインが湯気を立てているけどまぁ、薄めてるから未成年でもこれくらいは許されるでしょ。


「で? せっかく円満に別れたご主人様の元にわざわざ戻った意味はあったのか? お嬢」

「なんか刺々しいわね……無論あったわよ」


 流石都市設計勤務というだけあって、これまでの魔王国における大都市の遷移が全て資料として纏まっているのはとてもありがたかった。

 歴代魔王の統治期間における魔王国の国土開発は、纏めるとだいたいこんな感じになる。


「初代魔王、第一圏バチカルの建造開始。

 二代魔王ラーマの時代に第一圏バチカル完成。

 四代魔王君臨前にシェオル山系第三の火山S3が噴火、第一圏バチカル崩壊。

 四代魔王マリーカ、崩壊した第一圏バチカルの再建を断念。新規に第一圏バチカルの建造を開始。

 三代魔王即位から八代魔王の崩御までの期間に第二圏エイリーから第五圏アクゼリュスまでが完成。

 九代魔王の即位直前に完成間近だった第六圏カイツールが地殻変動により溶岩に埋没。

 九代魔王アジールはこれを再度発掘し第六圏カイツール完成。

 十代魔王ジャバウォク、第七圏ツァーカブ建造。

 十二代魔王クァリクエ、第八圏ケムダー建造。

 十四代魔王マサフィー崩御後、空位期間中に第二圏エイリー第三圏シェリダー、地殻変動にて崩壊。

 十五代魔王グラファー、第二圏エイリーを再建。

 十六代魔王クァハー、第三圏シェリダーを再建。

 十七代魔王ハッワー、第九圏アィーアッブス建造。

 十九代魔王と二十代魔王の間に第四圏アディシェスに溶岩流入。壊滅的被害を被る。

 二十代魔王アリム、第四圏アディシェスを再建。

 二十三代魔王即位前に第五圏アクゼリュス、直下型地震で半壊。

 二十三代魔王クフィール、第五圏アクゼリュスを再建。

 二十五代魔王ムィルジーの崩御から間もなく第一圏バチカルが崩落。

 二十八代魔王ヴァシー、第一圏バチカルを再建。

 三十二代魔王クヴァシル、第十圏キムラヌートを建造。現在に至る」


 とんでもない苦労の歴史だよ。魔王が三十二代かけてようやく現在の魔王国の原型が出来たって事だからね。

 その間に殆どの大穿孔都市セントラルシャフトが一回は崩壊してるの、悲惨としか言いようがない。

 まさしく数多の魔王国民の血肉を漆喰として、この魔王国は成立しているわけだ。


「そして九十二代魔王ナフィーの時代までに幾度とない増改築を積み重ねて現在に至る、というわけよ」


 つまり次の魔王ニクスは九十三代魔王ってことだね。いやー長く続いてるもんだよ。

 アルヴィオスの現国王って何代目だっけ? 平成天皇は確か百二十五代だったと思ったけど。


「俺としちゃふーん、としか言いようがない情報なんだが、お嬢には何か違うものが見えているのか?」

「ええ、これは凄く興味深い事実よ」


 うん? と首を捻ったアイズとケイルが魔王の在位期間、都市の拡張に順繰りに視線を這わせていく。

 さーて、気がつくかな? 


「アイズ、何か気になったことはない?」

「そうですね……三十三代魔王から九十二代魔王の間の都市再建記録はないんですか?」


 おっと、アイズってば目の付け所がシャープね。流石浄眼持ち、は関係ないけど。


「ええ、通称『別荘魔王』こと三十三代魔王ハリンから九十二代魔王ナフィーの統治中、大穿孔都市セントラルシャフトが崩壊したという記録は残ってないわ。細かい損傷と増改築はあるけどね」

「そりゃおかしくねぇか? 三十二代まではこんなに何度も崩壊してるってのに、なんでここを境に記録がなくなってるんだ? 魔王の威を示す為に崩壊の記録は残さなかったのか?」


 ケイルもまた首を捻るが、私にもそれは分からない。記録に無いものは想像するしかないからね。

 ただ私の予想としては、


「その可能性もなくはないけど、私としては本当に三十三代以降は大穿孔都市セントラルシャフトは崩壊していないんじゃないかと考えてるわ」

「んな馬鹿な、そんな都合のいい話があるか?」


 そうね。そんな都合のいい話は普通に考えれば有り得ないだろう。

 だけど、そもそもからしてこの地底都市はとんでもない技術の集大成で造られているのだ。

 人が扱える魔術では、どう考えても悪役テンプレトゲトゲもとい超巨大ヒートパイプの一本すら作り得る筈もない。

 何かしらの技術革新によって、魔王国は尋常ならざる耐久性を得た可能性もある、のではあるが。


 私とケイルが議論する横で、アイズがなにかに気づいたかのように目を瞬いて、資料へと視線を走らせる。


「……三十三代魔王ハリン以降、魔王の不在期間が短くなってる」


 気付いたわね。そう、アイズの言うとおり。

 三十二代までは魔王の不在期間がまちまちで長かったり短かったりしている。このせいで抑えが効かず大事故が時折発生してしまっていた。

 でもこの在位年表を見る限り、三十三代以降はかなり魔王不在の期間が短縮されていることが読み取れる。

 その事実が示すのは、つまり、


「三十三代魔王ハリン以降、ディアブロス魔王国は魔王を効率よく見つけ出す、いえ人工的に作り出す・・・・・・・・手段を得たんじゃないかしら」






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