アーチェ・アンティマスクと冥なる殻柱

 ■ 120 ■ 都市計画勤務 Ⅰ






 さてそんなわけでカワードと別れて、ケイルの借家で再会の晩餐を終えて一夜を過ごした翌日、


「ヘーイカワード、ちゃんと遅刻しないで出勤してきたわね!」

「……なんでアイシャがここにいるの?」


 カワードの職場の前にて待ち構えていたら、カワードがなんかしょぼくれた犬みたいな顔を私に向けてきやがる。

 こらこら、朝っぱらから辛気くさい顔してたら一日の仕事を乗り切れないわよ。


「決まってるでしょ? 一応法的にはまだ貴方の血液袋だし、ちょっくらお手伝いぐらいはしてやろうって話よ」


 あの時決別したカワードと私だけど、私を買った分の代金をカワードは受け取らなかった。

 ケイルに聞いたら、


――『せめて形式的だけでもアイシャは俺の手元に残しておきたい』だとさ。


 なんて強がった男の子の維持を張っちゃうもんで、ならばまあ私としても魔王国にいる間はカワードの手伝いをしてやろうという気紛れである。

 というかここからどうやって魔王国を探っていけばいいか分からなかったので、ある程度資料の纏まった場所に入り込みたいだけなんだけどさ。


「あ、あのさアイシャ。俺、あの時結構覚悟決めて君に別れを告げた筈なんだけど……」

「その決意は無駄にはならないわ。最終的には私はゲイルの血液袋として貴方から離れていくしね」

「いや、そういう――ああもういいよ。よく考えたらアイシャはろくに俺の言うこと聞いてくれてなかったもんな」


 なお私、アイズ、ケイルの三人で散々危険だぞって脅したわけだけど、私とカワードが一緒にいても身の安全はそう警戒する必要はない。なにせ、


「攻撃されない、よな?」

「大丈夫よぉ。クリスは私が心配で付いてきてくれているだけだから」

「……それが不安だって言ってるんだけど」


 私の横には外されている魔封環を人差し指でくるくる回して口笛吹いてるアイズがいるからね。

 どんな奴が来ようと大半は返り討ちさぁ。


 なおケイルは自由時間を確保するために今日も闘技場である。戦えば休みになるこの魔王国のシステムいいわね。毎日戦っていれば休暇は貯金できるらしいし。

 このままケイルには夏休みが続く間ずっと休暇を取得して貰って、いつでも何処へでも行ける状態を確保しておくのだ。


 そんなわけでカワードの職場である第七圏ツァーカブ行政庁舎第二支部へと足を踏み入れると、


「おい、カワードの奴本当に美少女血液袋買ってるぞ?」

「え、本当に? うわ、本当に可愛いぞ! どうなってんだ!? なんであんな可愛い子をカワードみたいなボンクラが買えたんだ?」

「やだー男の子も女の子もどっちも可愛いじゃない! カワードってばあんな顔して男も女もいける節操の無い奴だったのね」

「馬鹿! 目を合わせるな、あっちの小僧は四闘士民のアダー様を一方的に叩き潰した怪物だぞ!」

「ウソ、あんな可愛いのに?」

「何事もなかったように仕事に戻るんだ。死にたくなければ知らぬ存ぜぬを貫いた方がいいぞ」


 誰もが戦々恐々とした顔で私たちから精神的距離を取ろうとする。

 ま、分かるよ。昨日のアダー様との乱闘、この建物の正面で繰り広げられたわけだからね。

 つまりここの連中の何割かは私たちがアダー様にボコボコにされたのも、そのアダー様がアイズにボコボコにされたのも両方見ているわけだ。

 そしてその当事者が魔封環を外された状態で颯爽と現れりゃあ、六闘士民の皆様としてはそりゃあビビるわな。


「どいつもこいつも言いたい放題言いやがって……見世物じゃないんだぞ」

「いいじゃないカワード、村八分よりかはよっぽどマシよ」

「……人ごとだと思って」


 そうやってモーセのように人の海を割りながら辿り着いたカワードのデスクは、うん。やっぱオフィスって異世界でも似たような雰囲気になるのね。

 材質が違うだけで無機質に並んだ机とかを見てると無性に前世が懐かしくなってくるわ。


 そんなこんなでカワードが自分の席へと着席。


「へー、デスクは綺麗に整頓してるのね。家みたいに掃除が必要だと思ってたのに」

「働く場所が散らかってると気も散るんだよ」


 前世の先輩に聞いた話だけど結構いるらしいのよねー。こういう職場では整理整頓がきちんと出来るのに住居スペースは汚部屋になる連中。

 なんなんだろね? 職場と自宅で意識を切り替えるのに有用なんだろうか。テレワーク主体だった私にはいまいちよく分かんないわ。


「で? お仕事何するの?」

「現状のタスクは連結都市ターミナルシャフト削減のための立案だよ」


 はて? 少しおさらいをしておこうか。

 このディアブロス魔王国は十の大穿孔都市セントラルシャフトを二十二の小径セトで接続した構成を基幹とした地底都市だ。

 そしてそれらの補佐的、あるいは隔離的空間として連結都市ターミナルシャフトが作られたって話だったよね。私たちが放り込まれていた食糧飼育所もそんな連結都市ターミナルシャフトに作られていたはずだ。


連結都市ターミナルシャフトの維持ってコストがかかるの?」

「かかると言えばかかる。警備、モスカンデラヒカリゴケの栽培と頒布とか、人件費は発生するからな。ただ――」

「ただ?」

「正直、それらは誤差の範囲内だ。小径セトと違って風孔があるわけでもなし、無理に連結都市ターミナルシャフトを閉鎖するメリットは正直思いつかない。同僚も皆同じ意見だ」


 とはいえ思いつかないけど命令なので検討する、というのが今のこの職場のお仕事ということらしい。

 つまり下っ端であるカワードたち程度は知らなくてもいい事情があるって事なんだろうね。あるいは知られたくない事情か。


 まあ、上の意図を知らずとも指示に従って検討をするのは下っ端のお仕事としては極めて妥当だ。私も前世は上司のリモコンとして動いてただけだったしね。

 しかし、そうか……


――現在の野放図な都市拡張を整理するのが仕事。


 確かにカワードの部屋で話をしたときもそう言っていたわね。

 つまり連結都市ターミナルシャフトが増えることを現状好ましくない、とこの国の上層部が考えてるってのはほぼ事実なわけだ。その理由はなに?


「カワード、資料室ってある?」

「当然あるけど……読めるの? あ、そうかアイシャ君、元々は」


 今さらだけど口に人差し指一本を当ててその先を遮る。ま、本当に今さらだけどね。

 私は七歳の時点で魔族文字ディアス語の読みはほぼマスターしている。アイズも私ほどじゃないけどそこそこは読めるはずだ。


「分かった、案内するよ。というかそこに引き籠もってくれてるとありがたい」


 というわけで始業早々に資料室に連れて行かれた私は、


「素晴らしいわ素晴らしいわ素晴らしいわ! 読んだことのない本の山! 宝の山よクリス! 一冊でも持って帰れればリタさんが喜ぶわ!」


 埃を被った本棚を前にしてテンションが駄々上がりである。


「姉さん、本当に学ぶの大好きだよね。その熱意は羨ましいな」

「貴方も読むのよクリス! こんな機会またとないわ!」

「分かってるよ」


 アイズが苦笑する横で本棚から一冊の資料を手に取って傍らの椅子を引き寄せ、ページを捲る。

 ヤバイ、久々の知識更新機会にワクワクが止まらないわ。やはり無理いってカワードに付いてきてよかったわ。

 魔王国の公的資料よ、堪らないわね! 最高よ!




――――――――――――――――




「……シャ、アイシャ!」

「はえ?」


 肩をガクガク揺すられて顔を上げると、眼の前にはカワードの心配そうな顔があって、


「どうかした?」

「どうかしたも何も終業時間」

「へ?」


 改めて周囲を見回すが、部屋の明るさは私がここに来たときと変わりはない。


「またつまらない冗談ね。だって私まだお昼すら食べてないのに」

「……食べたよ、姉さん。書き物しながら」

「え?」


 アイズが空になった弁当箱を見せてくれるけど、いったいいつの間に。全く記憶がないわ。

 というか私書き物してたの? いや、確かにペンと紙があるわ。これ一体どこから出てきたんだろう。

 私が首を傾げていると、もう慣れたとばかりにカワードが軽く息を吐いて広がった紙面へと視線を落とす。


「そんなに夢中になって何やってたんだい」

「ん。歴代魔王の統治期間と都市開発の年代線表」

「……なんでそんなものを?」

「都市開発が閑職になっている理由を探るためだけど、どのようにディアブロス王国という国家が成長してきたかを知りたいって興味、知的好奇心が原因かな」


 カワードが不思議そうな顔をしているけど、バックボーンを知らないとこの先の最適な都市開発なんて考えられないしね。

 これは必要なことだよ、多分。


「カワード、貸し出しは出来る? ならこれとこれとこれ、あとこれもカワードの名義で貸し出しお願い」

「君は俺を何だと……言うだけ無駄なんだな、分かってるよ」


 そんなこんなで四冊の本と紙とペンを小脇に抱えて、


「じゃあまた明日ね、カワード」

「明日も来る気なんだね……」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る