■ 119 ■ 久方の光長閑けき夏の日に Ⅰ
さて、そんなわけでケイルの借家へとご招待である。
「アイシャを買い戻す為に節約してたからちょいと狭いがな」
「狭い……」
カワードが負けたように呟くのも致し方あるまい。
部屋数も多いしうーむ、ケイルも貴族生活を経て感覚が贅沢になったものよのう。
私は前世の記憶があるせいで、カワードの1Kでも大して狭いとも思えないけどね。
ただまあ魔王国に入国してまだ数日ということもあり、まだ荷物もあまりない……割にはなんだ?
台所にアイズ用の食糧があるのはいい。それは極めて普通のことだからね。
「とりあえずアイシャの服だけは用意しておいたから着替えてきな」
だが女物と思しき服が数点、私に宛がわれた部家のベッドに畳んで置かれているのは何故だろうか。
「……他に優先するものがあると思いますが」
「女の子を着飾らせる以上に大事なことがあるかい?」
ケイルはそう言い切るし、あと私がブタ箱出るときに貰った服は乱闘のせいで破れたり鼻血や胃液に染まったりしてるしね。
ここはケイルの好意にありがたく従っておくことにするよ。
そんなわけで最初の着替えに選んだ服はあれだ、角鬼族配慮なのかね。下からも履けて胸元を紐で締めるタイプのゆったりしたブラウスだ。
その上から吊りスカートを履けば、おお。お貴族様になってからは着物だろうとドレスだろうと基本キュッとお腹を絞られる服だったからスゲー楽であるよ。
アルヴィオスより北国なのに薄着でいいの、少し感覚バグるけど。
一応危うく襲われかけたこと、及び庶民世界では私は美人であると気づかされたことを踏まえ、スカートの下にはハーフパンツ(実質ステテコだが)を着用。
着替えを終えて部屋から居間に戻り、チョイとスカートの裾を摘んでカーテシー。
「いかがでしょう」
「ああ、そういうのも新鮮でいいな。よく似合ってるぞアイシャ」
ケイルにワシワシ頭を撫でられ額にキスされるのはあれだ、もう魔王国にいる間は諦めて愛玩役に徹するしかないね。
しかし食料役やってると新鮮の意味が別に聞こえてくるわ。そういう意図がケイルに無いことは分かっていてもだ。
「無事で良かったわクリス」
「姉さんも。本当に間に合って良かった」
改めてアイズとも抱擁を交わすと、どうやら随分と心配をかけてしまったらしい。背中に回される腕が痛いくらいだよ。鯖折りか。
「クリスがゲイル様と合流できていて良かったわ。ケツ掘られずにすんだ?」
「下品だよ姉さん……まぁ、全員返り討ちにした」
ああ、やはり一悶着はあったのね。エクスカリバーしゃぶれよ案件的な。アイズ顔いいからなぁ。しかし問題はなかったと。
私でも何とかなったぐらいなんだ、ガチで武術を仕込まれてるアイズなら何も問題あるまいよ。
「俺が買いに行った時点で飼育舎のボスになってたがな」
うーむ流石アイズ、私とは鍛え方がやはり違うわね。
「で、それは? 姉さん」
「六闘士民のカワード。今の私の所有者、就労義務は学習と都市設計ね」
「……」「……」「……」
ケイルとアイズ、そしてカワードが睨み合うの、まあ仲良くは出来ないか。
カワードからすればケイルが今も私の主みたいに振る舞うのは腹立つだろうし、ケイルはケイルでカワードのせいで私を買い戻せず大いに焦っただろうし。私も大いに焦ったからな。
「ゲイル様は五闘士民とのことですが、兵士と文官、どちらに就かれたんです?」
「まだどっちでもないな。ずっと闘技場にこもりきりさ」
「うん?」
私が首を傾げていると、
「闘技場で戦う闘士には一戦につき三日の休暇が与えられるんだよ。準備や休息のためにね」
そうカワードが補足してくれて理解が及んだ。
確かに全力で戦った翌日に出勤はしんどいもんね。だからずっと戦いっぱなしだと労働義務につかなくてもいいわけだ。ほーん。
しかし、ここからどうしたもんかねぇ。ずっと魔王国で暮らしているカワードは情報源として有用だけど、一応私たちは間諜としてやってきたわけだしなぁ。
できることなら行動の自由を確保したいし、うーむ。悩ましいなんて私が悶々している横で、
「で、ゲイル。いつになったらお前はこいつから姉さんを取り戻すんだ」
ど直球ゥー! 悩める私を無視してアイズがバッサリ切り込んでいくの、相変わらずこいつ氷の剃刀剥き出しだよ!
い、いやよく考えたらアイズがここで遠慮する理由は全くないわけだが……法律上、カワードは別に何も悪いことしてないと思うんだ。
むしろカワードから私を勝手に奪おうとするほうが法律上は悪になるのではないかな。
「こいつ弱いぞ。姉さんの顔と魔力に群がってくる連中を捌くのは無理だ。こいつに任せといたらまた姉さんがどこかに連れて行かれちゃうじゃないか」
アイズが冷たくもない顔で指摘するがそれねー。アダー様が改めて教えてくれたし。やっぱり魔力が高いほうが血液袋として価値があるみたいだって。
四闘士民の彼が私の存在は望外の幸運、みたいな態度だったあたり、多分アルヴィオス貴族並の魔力持ち血液袋は彼よりもっと上じゃないと常備できないんだろうな。
ただアイズに急かされるまでもなく、ケイルもケイルでその気になっていたようだ。
「と、いうことだ。カワード君だったか、もし君がアイシャの事を少しでも思いやる気があるなら俺に譲らないか? 無論、購入費は俺が払うとも」
チャリン、と金貨が詰まっているであろう革袋が机の上に置かれるの、なんかバリッバリに悪役の仕草っぽいよね。完全にム○カ大佐だよ。君も男なら聞き分けたまえってね。
でもアダー様のあの仕草の後だから、お金で解決しようとする悪役っていい人だなーなんて私としては思ってしまうけど。
「……嫌だ」
「その子は君の手に余る。過ぎた財産は身を滅ぼすぞ。あの雑魚連中が意趣返しに喧伝して回って手勢を集めて、その時君のそばにアイシャがいたなら必ず奪われる。君の命ごとな」
そうだね。ケイルの語るそれは脅迫でもなんでもない、実現に至る未来としてかなりの確度を持った予想だ。
喧伝はしなくともアダー様の上位にあたる闘士がいたらそいつにはアダー様も報告するかもしれない。
仮に私欲でアダー様が握りつぶしたとしても、アダー様はまだ死んではいない。アダー様がリベンジにきたら、また今日の惨敗を繰り返すだけだ。
「アイシャは、どうしたいんだ……」
切羽詰まったような顔でカワードが私を見る。その捨てられた子犬のような雰囲気に絆されそうになるが、それは私には許されない。
今頃プレシアやお姉様も死ぬほど苦労していることだろう。その状況で私が情に依るサボタージュを行うわけにはいかない。
「私は、ゲイル様に付いていきたいわ」
「何でだよ!」
激高したカワードが私の肩を爪が食い込みそうなほど掴んでくるが、それはさして気にはならない。
私としてはカワードより私が傷つこうものなら容赦なくカワードを屠ろうとしているアイズの方が気になって仕方がないのでね。
「やっぱり地位か、それとも顔なのかよ! クソッ、そりゃあどっちもあいつらの方がいいに決まっているけどさ……」
自分で言っててどんどん意気消沈していくカワードを見ているとなんというか、ちょっと可哀相になってくるわ。
前世の私だって性格も顔もいいわけではない貯蓄なしのクソザコOLだったし、周囲の顔面偏差値の高い奴見てはチキショーって思ってたカワードの同類だったからね。
「ちょっと二人きりで話をしましょ」
「姉さん、それは」
二人きりは拙い、とアイズがツッコミを入れてくるが、今の私は貴族ではなくて庶民なのでね。
大丈夫か? と問うてくるケイルに目で合図してアイズを抑えるようお願いし、私の部家にカワードを連れ込んで扉を閉める。
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