■ 118 ■ 暴力の応酬 Ⅲ






「クリス、殺してないわよね……?」

「大丈夫だよ。まあ指や脚は腐ってもげるかもしれないけど」


 うんまあ、みんな分厚い氷に閉じ込められてるもんなぁ。三ゲスなんか完全に氷の彫像と化してるし。

 アイズってばホント出会ったときから根っこが全然変わらないわね。家族が襲われると完全に剃刀剥き出しになるの、やっぱりちょっと姉として心配になるわ。


「それはそれとしてアイシャは早く服を着な。一応ここ公共の空間だからな」

「姉さんまた・・裸なの! なんでさ!」


 どうもアイズの中では私は裸族に認定されているっぽいの、ちょっと業腹だわ。


「またって失礼ね、こちとら襲われた側なんだから仕方ないじゃない」

「へぇ……」

「あっ嘘ウソ、暑いからつい自分で脱いじゃったのよ! 落ち着いてクリス、もう十分すぎるほど寒いわ!」


 とりあえず脱がされた服を再び着用して、アダー様のお荷物からちょいとポーションをあるだけ、というか鞄ごと回収。


「よーしカワード生きてるわね? ポーション様に感謝しなさい」

「ま、待ってアイシャ、俺たち血鬼族は聖属性は駄目なんだ!」


 腫れ上がった顔のカワードが顔をしかめながら両手を振って何言ってんだこいつ? と思ったけど、


――あ、そういえば前世では吸血鬼はアンデッドに分類されることも多かったっけ。


 つまりポーションがダメージになるってことか? あ、だからあの三ゲスもポーション使ってなかったのね。


「あー、じゃあカワードはそのままなのね」

「あー、もしアイシャの血に魔力が含まれてるなら、吸えば少しは治る……かも……」


 そこでみるみるカワードの声がしぼんでいくのは私の背後で冷気が渦巻いているからだろう。


「……まぁいいわ。昨日のあれで飯は食わして貰えてたわけだし、ちゃんと恵んでやるわよ」


 ろくに身体も動かせないカワードをこのまま放置するのもあれなので、気配でアイズを牽制しながら首筋をカワードの口元に近づけてやると、


「んぐ……はっ……」


 グビグビと喉を鳴らしながらカワードが私の血を吸う度に、少しずつ顔の腫れが引いていくようで――

 みるみるうちにカワードの個性的なボコボッコ顔が無個性な青年のそれへと戻っていく。


「……アイシャ、君、もしかして随分魔力持ってるの?」


 呆然とした顔でカワードが私を見上げてくるけど、おっとそれについてはノーコメントだ。


「さぁ立ちなさいカワード、いつまで情けなく尻餅なんかついてるの」


 カワードに手を伸ばすと、あちらも全身打撲がほぼ引いたみたいで立ち上がる動きはちゃんとしてるね。


「さぁお楽しみの有り金回収タイムよカワード! かき入れ時よ!」

「……アイシャはブレないね。ほんと強いや」

「ああ、でも回収するのは残り七万八千五百ラヴァまでにしときましょ? こいつらと同レベルの屑には落ちたくないし」

「ははっ、確かに」


 苦笑しながらカワードが破落戸ゴロツキどもの懐をあさり金品を回収して行く最中に、


「……! 魔封環の鍵がない!」

「ああ、そいつならさっき預からせて貰ったぜ。あれだ、まぁ救援料だと思っときな」


 ボコボコで感覚がなかったカワードから回収した鍵をこれ見よがしにケイルが見せつける。


「救援料だと!? ……クソッ、アイシャ! こいつ等はなんなんだよ!」

「私と一緒に王国入りしたアルヴィオス王国での私の主と、あと私の最愛の弟ね」

「お初にお目にかかる。五闘士民のゲイルと、その専属食糧民のクリスだ」

「姉さんに手を出していたら殺すしこれから手を出すそぶりを欠片でも見せたら殺す。調子に乗るなよ」


 優雅に会釈するケイルと、全身全霊ハリセンボンな気配のアイズに睨まれたカワードが一歩後ずさった。うんまあ気持ちは分かる。

 というかケイルもう五闘士民まで上がってたんだ。凄いわね。ってか等級上げてる暇があったら早く私を買い戻しに来て欲しかったわ。

 視線でそう訴えると、


「短期間で金稼ぐには戦うしかねぇってんでこれでも急いだんだぜ? 等級が上がったのはファイトマネーのついでだ」


 あ、理解した。そういうことか。手っ取り早く稼ぐには戦うのがいいってカワードも言ってたしね。

 要するに私とアイズを買い戻す金をいち早く貯めようとしたらついでに等級が上がってったっていうことか。それで入国して間もなく五闘士民か。

 ん、五闘士民ということは、


「ゲイル様、家は」

「ああ、ないと不便なんで用意した。借家だがな。アイシャの部屋もちゃんとあるぜ」


 そうウィンクしてくるケイルは流石出来る男ね。準備がいいわ。


「ちょっと待て! 前にどうだったかは知らないが今のアイシャは俺のだぞ!」

「なら死ね」

「だから待ってクリスってば!」


 慌ててアイズとカワードの間に割って入ると、露骨にアイズが呆れたような顔で手を降ろす。


「姉さん、また新しく男を誑し込んだの? これで何人目なのさ」

「何言ってんのゼロよ!」

「六人だよ。ゲイルにフレイン、ダート、ベティーズ、バナール、あとそこの木偶坊」

「弟君入れりゃ七人だな」

「なによ人を淫乱みたいに。失礼しちゃうわ」


 おうオメー姉を売女扱いして楽しいか、と睨みつけるとアイズが完全にこれ呆れ返ってるわね。なんなのさ。


「そんなことは欠片も思ってないから。というか姉さん普通に顔いいんだからさ、親身になって優しくしてれば男がコロッといっちゃうことくらいそろそろ分かろうよ。どれだけ危機感ないの?」

「……あーうん。私も今日初めてまともに自覚した。私そこそこ顔よかったのね」

「本当に今更気付いたのかよ……」


 ケイルまですっかりアホの子を見る目になっちゃってるの、ちょっと悔しいわ。

 でもそーよね、もう十四歳だもん。そろそろ色気みたいなものも出てくる年頃じゃん。


「まぁ私のツラはどうでもいいわ。ひとまずここを離れましょ。そいつらが溶け出してくるかもしれないし」


 というか、未だこいつら凍り付いたままなの、アイズが魔術に供給する魔力切ってないからってことよね。

 殆ど反射的魔術一歩手前じゃないの。早くこの場を離れないとこいつらマジで死んでしまいそうだわ。


 確かにこいつらは屑だったけど、最後まで凶器は手に取らなかったから死ななきゃいけないほどではない、と私の中では判断しているのでね。


「それもそうだな。そういやアイシャよ、こいつら何闘士民だったんだ?」

「わからないけど一番強いのが四闘士民だって」

「へー、まぁクリスに纏めてやられる位なんだから覚える必要はなさそうだな」


 どうでもよさそうに氷漬けの連中を眺めやるケイルの自然体に、カワードがブルリと一度体を震わせる。


「……アイシャ、君の弟があの強さで魔封環外されてるのに彼に従ってるってことは」

「ええ、ゲイル様の強さは推して知るべしね。あ、でも私に強さは期待しないでね」

「やっぱりか……」


 そのやっぱりがどっちにかかってるのかは知らないけど、ひとまずは場所を移そう。


「カワードの家じゃ狭いし、ゲイル様の借家に行ってもいいですか?」

「勿論構わないともアイシャ。やはり君がいないとダメだ、野郎二人じゃ華がない」


 私を抱き寄せて額にキスするこいつはホント、緊張の欠片もない奴ね。流石は欝なしルートとか呼ばれてただけあるわ。


「ちょっと待て、過去はいざ知らずアイシャは今は俺のだぞ。というか魔封環の鍵を返せ!」


 カワードの主張は魔王国の法的に極めて正しいものであったけど、


「お前さんにこの子を守れる力があるとは思えないがな」


 そんなケイルの冷ややかな反論に、カワードは言い返すことができないようだった。






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