■ 118 ■ 暴力の応酬 Ⅱ






「アダー様、こいつらはどうしますか」


 あー、軽く意識飛んでたところを頬ビンタされて引き戻される。

 いや、うん、全身ガタガタだよ。最初から勝負になってない。

 完全に遊ばれてたみたいで骨は折れてないっぽいけど延々サンドバッグされてもう両目とも腫れ上がってよく見えないや。カワードも似たようなもんだろう。


「ふむ。殺す価値もないゴミどもですが、どうしてやりましょうかね」

「アダー様、それならバラして捨てちまう前にその女をカスワードの前でヤッちまいましょう」

「そうそう、そいつ食欲より童貞拗らせて血液袋買った変態なんでさ。きっといい顔してくれますよ」

「……やめ……ろ……ゲホッ!」

「ホラこんな感じて血液袋ごときに未練タラタラですし」


 あー、あの三ゲスまだ諦めてなかったのか。という女旱おんなひでりなのってカワードじゃなくてこいつらの方なんじゃないの?


「悪趣味ですねぇ。まあ好きになさい」


 アダー様は口ではそう言っているものの、声音はご機嫌そうだから多分そういうのは好きなんだろうよ。

 女がどうこうとかじゃなくて、多分他人の尊厳を踏みにじって絶望する顔見るのとかが。


 もはや感覚もなく無理やり服を脱がされたわけだけど、こいつら裸に剥いた私を見て露骨に舌打ちしやがる。

 まあ、分からんでも無いがな。全身腫れ上がって紫色に変色してるし顔はぼこぼこだ。エイリアンかよって私でも自分の腕の色見てツッコみたくなるし。


「アダー様、ポーション使っていいすか? せっかくのショーです、カスワードにこいつがメスの顔でよがり鳴く様を見せつけてやりましょうよ」

「貴方たちもスキですねぇ。はぁ……好きになさい」


 へー、魔王国にも聖属性ポーション作れるやついるんだね。ってかポーションあるのに自分たちの傷癒やさないでこっちに使ってくれるんだ。変な価値観だな。

 少しとろみのあるポーションを顔面に乱雑に振りかけられ、あと残りを無理やり口にポーション瓶ツッコまれて中身を飲み干したわけだけど、


「え……?」


 なんだろう。ペッと瓶を吐き捨てた私の顔を覗き込んだ連中が、あれだ。まるで豆鉄砲食らった鳩みたいな間抜け面になっている。

 あと多分カワードの奴も三ゲスと同じく少し放心しているような……なんで?


「アイシャ……君……そんな可愛かったんだ……」


 はい? カワードよ何だその私の顔初めて見たみたいな――あ、そういえばカワードが私を買った時点で私の顔はボコボコだったわな。


 そっかーここにいる連中、誰もまだ私の素顔(というか健康体)見たことなかったのね。

 折れて何本か抜けてた歯もポーション飲んだらなんか生えてきて元通りになったし、そういう意味では随分と印象も違って見えるか。


「可愛い、可愛いねぇ……私の周り私より美人ばっかりだったからなぁ。言われてみれば平均以上なのかもしれないけど」


 こちとら常日頃からお姉様ばっか見て育ってるからねぇ。

 でもよく考えたら私も国民の一%以下しかいない門閥貴族の中位貴族様だ。

 それを踏まえれば確かに九十九%の女子より顔はいいってことになるよな。今更だけど。


「美形でしかも周囲も……? まさか貴方、もとはアルヴィオス王国貴族ですか?」


 私に興味など抱いてなかったっぽいアダー様の目がギラリと物欲に塗れた光を帯びる。

 やべっ、こりゃ不用意なこと言っちまったか?


「その娘を寄越しなさい。もし貴族であればその血液には魔力が多分に含まれているはずです」


 今はほぼほぼ怪我も治ってるということもあり、抵抗できないよう両腕を拘束されたままアダー様の前に引きずり出される。

 そのまま頭を抑えられ髪をどかされ露わにされた首筋に牙を立てられ――立てられ、あれ? 立てられないぞどうした?


「アダー様!?」


 うん? 配下の声がなんか悲鳴に近いぞ?

 首を差し出す形になっているため下向いているせいで何が起こっているのか分からん、が、押さえる手が何故か弱まったので頭を上げてみれば、うん。


 なんかアダー様が私の肩に顎を乗せるように体重乗せて倒れ込んできて、その背中にはなんか凄いぶっとい氷柱が刺さって……氷柱?



「……お前ら、姉さんに何やってるんだ……?」



 上から降ってきたその冷え冷えとした声の方を誰もが見上げて、そして誰もが背筋を凍らせる。私の背筋もついでに凍る。


 吹き抜けとなった階上、そこに身構えしはまさに氷の剃刀。絶対零度の視線。

 見るものすべての心肝を寒からしめる、温もりなど欠片もない冷え切った瞳は控えめに言って冷血な殺人鬼の目だぞおいマイブラザー!


「おいこら御主人様を差し置いて先走るなクリス! まだ何も命令してねぇぞ!」

「なら早く命令をよこせよこのノロマ! 状況が分かってないのか!?」

「つったく、相変わらずのお姉ちゃんっ子め。まぁいい、やれクリス。主の俺が許す」


 ケイルの台詞が終わるより早く、


「くたばれ汚物共! 汚い手で姉さんに触れて生きてられると思うなよ!!」


 空から罵倒、アイズ、雨霰の氷塊が同時に降ってきて現場は酷い阿鼻叫喚地獄である。

 あまりに酷いかつ一方的すぎるので描写は省略するね。いやほんと、悪党といっても大の男が鼻水垂らしながら泣き叫ぶ様を解説してもいいことないし。


「よっ、と。久しぶりだなアイシャ、迎えが遅れてすまない」


 アイズに遅れてゆっくり舞い降りてきたケイルが腕を伸ばして、愛おしげに私を抱きしめてくる。


「お久しぶりですゲイル様」


 それは私をアイズの乱射から守る意味もあるんだろうが、その、なんだ。背中はともかくどさくさに紛れて尻に手を這わすなこの野郎。

 そういえばこいつ元々チャラ男だったわね、最近侍従姿が板に付いていたからすっかり忘れてたわ。

 と、いかんいかん。アイズ放置してたらカワードまでやられちゃうわね。


「クリス、そこのカワードは巻き込まないように気をつけて」

「それが姉さんを買った奴ならここで死なす」

「殺意強すぎぃ!」


 待て待てマイブラザー、それは流石に酷いって! 一応カワードは法律の範囲内の行動で私を買ったわけだし、ここで巻き込まれて死ぬにはちと哀れすぎるから!

 あ、でもいずれこの国から逃げ帰ること考えると……いややっぱそれは哀れだわね。


(鍵だけ回収)

(任せろお嬢)


 ケイルの耳元で短く囁くと流石はケイル、敏くも私が何を言いたいか覚ってくれたようだ。

 あとは覚ってくれないマイブラザーを何とかしないとね。


「落ち着くのよクリス、こいつらポーション持ってるみたいだし割れたら勿体ないでしょほら手加減しましょ手加減!」


 私が声を張り上げると心底嫌そうな顔でアイズが魔術を停止する。だから殺意強すぎるってば!

 アイズが張り切ったおかげでもう現時点で周囲は完全に氷河期だ。動くものなど誰もいないね。






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