■ 118 ■ 暴力の応酬 Ⅰ
さて、十人からに囲まれて多勢に無勢ときたもんで、はてさてこっからどうしたものやら。
「配下を可愛がって頂いたとのことで、こちらとしても相応のお礼をするべきかと思いましてね」
黒いスーツに蝶ネクタイ姿で現れた四闘士民のアダー様はどうやらあまり上品な方ではないみたいだね。
紳士的ぶった話し方をしているけど此方を見る目は獲物を前にした蛇のそれだし、何よりあんなのを配下にしてる時点で人格が知れるってものだよ。
「お礼なんて結構ですわ。主たるカワードはやるべきことをやっただけですので」
「ほう、やるべきことですか。このように無駄に痛めつけることがやるべきことだとおっしゃる」
「そうなんですアダーさん! あいつら降参だって言っても聞く耳を持たないで!」
「動けない俺たちを一方的に嬲り殺しにしたんです!」
三ゲスが次々声を上げるけど、マジか。
「凄いですね……三人で女一人を
どういう頭してたらそんな恥知らずな事を言えるんだろう。
「あの、ここに集った皆さんももしかして寄ってたかって女一人を手籠にしようとして、それに失敗したら途端に被害者ぶるのが正しいとお考えなのでしょうか」
割と本気で彼らの性根が心配になってきたので順繰りに見回してみると、うーむ。
「六闘士民が四闘士民に逆らうことそれ自体が不遜なのだと、何故その程度のことが分からないのです?」
アダー様は臆せずそのように仰る。この将にしてこの配下ありってことかねぇ。
どいつもこいつもアダー様の言葉にウンウンと頷いているし。
「そちらの三人と我が主たるカワードは同じ六闘士民ですが」
「彼らの背後にいる私の存在を無視した。その配慮が足りないと言っているのですが、その程度のことも分かりませんか?」
「その理論で言うと仮に四闘士民が背後にいる九闘士民がいたなら、それにも五闘士民以下は配慮が必要ということになりますが……」
その理論は流石に可笑しかろうと私としては思うのだが、アダーは楽しそうに笑みを深めるばかりで。
「当然でしょう。それが身分というものです」
「……そうなの、カワード」
「……いや、そんな法律はないし」
「法ではありません、慣習というものをどうにも卑しい者たちはご存知ないようだ。困ったものですねぇ皆さん?」
アダー様がそう言うと、
「おっしゃる通りです、アダー様」
取り巻きたちが一斉に小馬鹿にしたように笑い始める。
えぇ……不文律ってこと? いや、こういうのって上の連中は当たり前の顔で俺様ルールを押し付けてくるし、多分これも単にそれなんだろうけどさぁ。
でもそれゴリ押ししたら社会はまず回っていかないと思うのだが……違う、そうじゃない。
貴族社会が同じようなことやってもまだ回ってるの、門閥貴族が人口の一%以下で大部分の農民商人はそれに殆ど関わらないからだ。
それにいかな大貴族といえど、他家の持ち物を勝手に奪ったり傷付けたりすることは許されない。それをやると王家の介入する口実を許すことになるし。
ディアブロスにはそういう王家に当たる存在がいないからアダー様はこうも――いや、そう短絡的に考えるのもやや的外れか。
カワードがある日突然消えてしまっても何も問題ない、後ろ盾のない弱者だからこういう扱いになると考えるほうが適切かな。
どこの世界でも寄る辺ない弱者は搾取されて消えゆくのみ。世知辛いったりゃありゃしないねぇ。
「さてどうするカワード」
「どうするって、選択肢なんてあるのかい?」
「あるともさ。私に唆されたことにして私に全責任をおっ被せるとか、一目散に逃げて別の
「どれも非現実的だね。一番可能性が高いのが仲良く墓の下だろ」
「この状況でもまだ墓立てて貰えると思ってる辺り、カワードはお坊ちゃんだなぁ」
周囲からの手助けは期待できない。というのも私たちが三ゲスをボコった時も周囲の連中は何一つ手出しをして来なかった。
つまり武力行使になったらあとは自己解決がこのディアブロス王国の主流ってことだ。ワルトラントの器とも違う、分かりやすいほどに力こそ全て。
その社会を無理やり回していくために底辺が共産主義、かつ闘士には段階に応じた義務が課せられているんだろうよ。
「ま、夢を追いかける全ての人が夢を叶えられるわけじゃないからね」
「酷い話だ、散々人を煽っておいてそれはないだろ」
これにはカワードと顔を見合わせて苦笑い。
「とりあえずやれるだけやりますか」
「逃げられそうにないしな」
背中合わせに拳を構える。
相手側も凶器は使う気はないようで、だから七対二の殴り合いだ。
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