■ 117 ■ どの世界にも蔓延る病巣 Ⅱ






「聞こえなかった? それとも頭が空っぽで意味が分からなかった? カワード如きにわざわざ時間を割いて虚仮にしてるあんたたちの程度もカワードと同格だって言ってるのよ。ハッ、どいつもこいつも低レベルな男ばかり。話にならないわ」


 そう事実を突きつけてやると、はぁー。


「血液袋の分際で巫山戯たこと抜かすじゃねぇかガキがよぉ!」


 売り言葉に買い言葉。本当に格が違うならせめてザコがいきってるくらいに流す余裕ぐらいは見せて欲しいわね。

 だから言ったでしょ。喧嘩ってのは同レベルの間でしか発生しないって。私の言葉に怒ってる時点であんたたちもカワードと大差ないって認めたようなもんなんだけど。

 ウチのお父様だったら間違いなく「感情に振り回される駄犬の遠吠えに過ぎん」って怒るまでもなく切り捨てられるってのにさ。


「カスワード、血液袋の躾がなってねぇようだなぁ?」

「お前がちゃんと躾けてねぇのが悪いんだからな。俺たちに文句を言うなよ?」


 はてさて怒るかと思いきや、三ゲスは下卑た笑みを浮かべて私を見ていて――あー、そういうことですか。


「ちょっと待て! 所有物の責は所有者の責だろう!?」

「おうよ、だからこいつぁ処分だ。エサにしたきゃ新しいのを買いな!」

「安心しな。殺しはしねぇからよ。ま、エサとしては使いもんにならなくなるけどな!」


 ケイルから軽く聞いた話だけど、ケイルのお母様はケイルを身ごもったから父親からの興味と寵愛を失ったんだったわね。

 だからつまり、血鬼族にとってエサは純潔でないと価値がないか下がるって事になるわけだ。

 前世知識でも処女や童貞でないと、吸血鬼に血を吸われたら吸血鬼にはなれずグールになる、とかあったもんね。


 つまるところこの三ゲス、私を輪姦まわそうってか。スゲー、片目が腫れたお岩さん相手でもヤれるんだ。カワード君もそこまでじゃなかったぜ。

 というかカワード君もご主人様素敵! 一生尽くします! までは欲しかったけど貞操はいらなかったのね。ハッハー、ちょっと言いすぎたわ。


 はてさて三ゲスに取り囲まれ手首を掴まれスラックスの腰紐(ゴムなんてないからね)とシャツのボタンに手が伸ばされて――

 しかし私がやることはただカワード君の動向を見守るのみだ。


 ここまでの会話からだいたいの予想は付いている。

 カワード君は誰にも認められない弱者だ。誰もカワードを褒めてくれないから、カワード君は自分より底辺の存在を求めて私を買った。

 要するにカワード君とアノンやお局様たちの在り方には何一つ違いはない。自分より立場が下の者を得て安心したかった。自分を慰めたかった。それが全てだ。


 でも、ここで動けなきゃ今後も永遠にそうやって今のちっぽけな誇りが傷付かないよう生きるだけの人生で終わる。


「……アイシャから手を離せ」

「あ?」


 もういい加減カワードも分かったようだね。

 ずっと下を見ているだけでは上には這い上がれないって。


「聞こえなかったか? それは俺の所有物だ。勝手に手を触れるな」


 上に這い上がるために、自分を押さえつけているものは全て排除しなければならないんだって。

 若干ビビりながらも啖呵を切ったカワードは――これまで見た中で一番いい顔をしているじゃあないか。


 前世地球なら、男の価値はマッチョイズムだけが全てではないと弁護もできたろう。お前は世界に一つだけの花で、生きているだけで意味があるのだと言ってやれただろう。

 だけどここは前世のような人権と倫理がまかり通らない異世界で、ディアブロス王国にとっての価値は強者だけにある。

 ならば私がしてやれることは、可能な限り強くあれるようご主人様を補佐することだけだ。


「カスワード、テメェ、もう一度言ってみろ」

「耳が悪いな。それとも頭が空っぽで意味が分からなかったか? アイシャから手を離せと言ったんだよ血液袋すら買えない底辺どもめが!」


 そうとも。喧嘩ってのは同レベルの間でしか発生しないんだから、カワードがこいつ等に劣る道理はない。

 だからこそ震える膝を叱咤し拳を握るカワードに視線で問いかければ、そうだぜカワード、美少女血液袋の前で情けない態度なんか取れないよなぁ!?


「アイシャ、やれ」


 美少女血液袋とはほど遠い私の凶暴性を知っているカワードの命令に従い、


「仰せのままに、御主人様ッ!」


 一人目の膝に横から蹴りを入れる。


「ギャァアアアッ!!」


 あらぬ角度で折れ曲がった膝を押さえる一人目は無視して拳を二人目の肋骨の下へ。


「オゲェ!?」


 骨のない部位なら女の細腕だろうと全力で横から突き込めばあっさり体内にめり込むのだ。これ師範直伝の護衛術ね。

 そのまま金的に膝を叩き付けて二人目もこれで一旦沈黙。


「こ、このブスガキがぁっ!!」


 三人目がいよいよ我に返って私に掴みかかってきて、体格差もありこれは如何ともしがたいが、


「男を見せろカワードォッ!」

「アァアアアッ!!」


 勢いに任せたカワードのテレフォンパンチがゲスの頭を横からぶん殴って――ええい馬鹿めせっかくのチャンスを!


「チッ、股蹴り上げりゃそれで終わったのに!」

「そんな痛いこと軽々しく言うなよ!」


 しゃーねーので三人目のカスがカワードに殴りかかった隙を狙い背後からのリバーブローを叩き込む。

 膝をついたカスの頭に全力で回し蹴りを叩き込んで通算三人目のダウンを奪い、


「踏め、頭を全力で蹴るか踏めカワード!」

「え、いや、そんな痛そうな」「いいから全力で踏め!」「わ、分かった!」


 倒れ伏した連中の頭をこれでもかとガンガン踵で踏みつけて何度も何度も床に叩き付ける。

 君が、泣いても、踏むのを止めない!


 重要なのは痛みだ。痛みからくる恐怖だけが理不尽なる暴力を押し留めてくれる。

 相手がダウンしている今こそ、全体重をかけた踵蹴りができるのだ。相手が立ち上がったら体格と人数で負けるんだからこれを控える理由はないね!


「も、もう止めゲヒャ!」

「あ、アイシャ、彼らもこう言ってるけど」「止めるな、踏め!」「えぇえ……」「踏め!」


 そうやって徹底的に三人の心を折ってから、


「ねぇカワード。貴方の事だから彼ら三人にいくらか金を貸した・・・こともあるんじゃないの?」


 そう問いかけると、何のことか、と一瞬カワードが視線を彷徨わせるものの、ハッとした顔でハワードが私と、口から鼻から血を垂れ流して蹲る連中を見比べる。


「そ、そうだ。これまでに持ってかれたしめて十二万八千五百ラヴァ、纏めて返して貰うからな!」


 やっぱりカワード君、カツアゲ食らってた過去があったみたいね。

 ミミズのように蹲る三人の懐に手を差し込んで財布から現金を抜き取って、私にニッっと笑ってみせる。


 そうとも、そうでなくてはいけない。結局こういう奴らは力でしか止まらないんだからね。


 回収できたのはカワード君の言う額には届かない五万ラヴァちょいだったそうだけど(ていうかよくカワードこれまでカツアゲされた総額覚えてたよね)、金は金だ。


「これで暫く食べるのには困らないわね」


 流石に無傷とはいかず、カワードの顔も多少腫れ上がり始めているけど、


「ああ。ちゃんと食べさせれば血を吸わせてくれるって約束、忘れるなよ」


 カワードもどこか吹っ切れたような笑顔で笑ってみせた。何せ快勝だからね。


「勿論ですわ、ご主人様」


 はっはー、勝利と共に得た戦利金のなんと美しいものよ。魔王国硬貨である金貨銀貨がその価値以上に輝いて見えるね。


「いい臨時収入だったわね」

「収入じゃない、元々は俺の金だ。預金を引き出しただけさ」


 おうおう、カワードの奴も言いよるのう。

 パァンとハイタッチしてから職場を目指していた足を翻し、カワード君と並んで繁華街へ向けて階段を下る。

 問題はまだ山積みだけど、ひとまず今日のところは祝杯の一つはあげてもいいだろうよ。




 ただまあ、自業自得というか因果応報というか、


「この前は血族がお世話になったようですねぇ」


 翌日、職場に出勤したところをこの前の三ゲス含む十人位に包囲されて、しかもそれを率いるのは、


「四闘士民だ。もうダメだおしまいだぁ……」

「如何にも、四闘士民のアダー・ワートと申します。以後お見知り置きを、勇敢にして無謀なお嬢さん」


 一つ飛び越えて四闘士民のお出ましとはね。

 やれやれ、こちとら寡兵にしてしかも魔術も使えず体格でも劣るわけで。力がさらなる力を呼び寄せるっての何とかならないもんかねぇ。






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