■ 117 ■ どの世界にも蔓延る病巣 Ⅰ






「とにかく飯よ。お隣さんとの付き合いは。お金借りられない?」

「特に付き合いはないから無理だ、やったら強請ゆすりになる」


 ええい、最近の若いものはこれだから。ご近所さんとの関係の希薄化は犯罪の助長に繋がるってのに。

 まあ前世では壁殴られてた私が偉そうに言えることじゃないわな。


「なら友人は、金貸してくれる同窓の友や同僚ぐらいいるでしょ」

「……」

「いないの!? あんたそのままじゃ孤独死するわよ! いくらなんでもボッチは拙いわよ!」

「う、うるさいな、だから君を買ったんだろうが!」

「実家は! 両親か親玉の血鬼族くらいいるんでしょ!」

「ビッグになるって飛び出したから帰れない! 無理!」

「バカ! お丹珍! 唐変木の末生り瓢箪! 実家って太いセーフティネットを自分から捨ててどーすんのよ!」

「男にはプライドってもんがあるんだよ!」

「プライドで腹が膨れるか! 武士でもねぇのに食わねど高楊枝してんじゃないわよ!」


 ウガァ! こいつなんでこう自分から自分を徹底して追い詰めていくんだ。

 というかこのまま私が罵ってるとこいつ首つるんじゃないか? そ、それは後味が悪すぎるわよ。だがこうやってカワード君と額を付き合わせていても何も解決しないのでね、というか余計に腹が減る。


「とにかく金よ、金がいるわ。何でもいいから今すぐ金稼げる手段はないの?」

「……あるとしたらファイトマネーぐらいだよ」

「ファイトマネー?」


 カワード君曰く、等級を上げたり国民としての実力を示す闘技場で昇級希望者の対戦相手などを務めれば勝っても負けてもファイトマネーが入るのだそうだが、


「でもこれで負け続けると等級が下がるし……」

「ああ、そこも崖っぷちなのね貴方。でも次負けたら必ず七闘落ちってわけでもないんでしょ?」

「そうだけど……七闘落ちしたら君も取り上げられるし……」


 カワード君はそう覇気の一切が抜け落ちた腐り顔でそうビビり散らしているの、ちょっと見ているだけで気が滅入るわ。

 どうやらご主人様素敵! 一生尽くします! 貞操もあげちゃう! な美少女奴隷はカワード君にとって本当に最後の夢だったようである。


 ……マッチョ社会で破れた男の末路か。

 女も辛いが男も相応に辛いわな。ただそれでも金は必要なんだ。


「ヘソクリ、ヘソクリはないの? 額縁の裏に隠してたりとか、靴底にコイン挟んであったりとか」

「そ、そういえば職場にいざというときのための昼食代を隠しといたような」

「ナイス! その場しのぎだけど無いよりマシだわ。行くわよカワード」

「遂に呼び捨て……」

「うるさいメシも食わせねぇ主が御主人様言ぅて貰えると思うなよ」


 そんなわけでカワードの職場目指して家を後にするのだけど、


「ここ昼とか夜ってないの?」


 外に出ても周囲の明るさがここに来たときと同じで、明かりが全く変わっていない。掃除洗濯時からの会話で結構時間流れたと思うんだけどな。

 いや、そもそもこの明かりはなんなんだろう?


「ないよ。これはモスカンデラヒカリゴケっていって、明るい場所で吸収した光を放出する特性がある植物なんだ」


 何でもシェオル山系全土に広く分布している寒さに強い植物で、地表で受けた光を地中にて発光しているのだそうだ。

 うーん、地上と地底で繋がってるってことはコケって言ってるけど菌糸ネットワーク、地衣類なのかもね。しかしそれって、


「つまるところこれ、間に一手入ってるけど太陽の光なのよね? 貴方たち大丈夫なの?」

「これだけ弱まればね。目にも刺さらないし肌も焼けないさ」


 あ、そうか。そもそも月の光だって結局は太陽の照り返し、光源は同じだもんな。いやこの世界でもそうとは限らないかもだけどさ。

 ほへーと感心しながらカワードの後について――どうやらオフィスは住居より上層にあるらしく階段をえっちらおっちら上り、人の喧騒も静まったフロアに出たところで、


「なんだ、カスワードじゃないか。こんな時間に人目を逃れて出勤か?」


 カワードの歩みがピタリと止まった。

 はて何事か? なんてボケたことは言わんよ。これでも一度折れた社会人経験者だからね。こういう空気には敏感だ。

 カワードの背中越しにこっそりとその先を覗いてみればおーおー、分かりやすい、典型的だぞ。

 ニヤニヤ笑いを浮かべたあんま特徴のない三人組がカワードの前に立ちはだかっている。ヘッ、せめてチビデブノッポ位のバリエーションが欲しかったわ。


「……どいてくれ。君たちの相手をしている余裕はないんだ」

「おーおー、そりゃそうだよな。万年落ちこぼれのカスワード君には汗水垂らして働かないとだもんなぁ?」

「ってーか今頃こんなところを彷徨いていていいのか? もう六闘士民すら危ないってのにさ」

「七闘オチして念願の美少女血液袋の夢から遠のいちゃうぜ? ってあれ?」


 三バカ――いや、こいつ等を三バカというのはアルバート兄貴やレン、オマケでキールに対してあまりに失礼な侮辱だろう。

 三ゲスの一人が目敏く私に気がついて、首元にしげしげと目をやってこれ見よがしに破顔する。


「うっひょおぅカスワード! お前生活ギリギリなのに美少女血液袋買っちゃったワケ?」

「マジで!? その勇気というか無謀さだけはソンケーするわ!」

「夢が叶ってよかったでチュねー、いっぱいおっぱいでなぐさめてもらいまちたか?」


 あー、うん。三ゲスが口々にカワードをコケにするけど言い返しようがないな。

 私もカワードの全財産ぽーんはそれどうなのよとしか思わなかったし。人としてカワードがかなり間違っているのは疑いようがない。

 だけど、


「行くわよカワード。こんな連中の相手してるのは時間の無駄だわ」

「……あ?」


 カワードが人としてどうなのかというのと同程度、いやそれ以上にこいつ等も人として終わってるからね。


「何だって? もう一度言ってみろブス」

「意図的な進路妨害は道路交通法違反だって言ったのよ。弱者には道を譲るようにってママから習わなかった?」

「アイシャ! 挑発するな! そいつ等は真っ当な六闘士民なんだ。僕みたいな落ちかけとは違うんだよ!」

「違わないわよ、こんな奴ら」


 腰が退けてるカワード君の前に躍り出て、三ゲスと相対する。


「カワードがアホなのは事実だけど、いいことを教えてあげるわ。喧嘩ってのはね、同レベルどうしの間でしか発生しないのよ」

「……なに?」


 多分、タコ殴りにでもされた過去でもあるのだろう。カワードの膝が震えてるけどビビる必要はない。

 こいつらの格はカワードと同程度だ。それを人数とか気迫で押し隠しているだけだ。

 心で負けてるからカワードは敵わないだけで、こいつらは大して強くなんかない。






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