■ 116 ■ ディアブロス魔王国 Ⅰ






 そんなわけでひとまず空腹を押し殺し、綺麗になったカワード君の1Kルーム床に向かい合って腰を下ろす。

 あれこれうろつく前に先ずは基礎知識ををカワード君から聞き出していかないとだからね。


「ディアブロスには全部で十の大穿孔都市セントラルシャフトがあって、第一圏から第十圏って呼ばれてるんだ」


 このクソでかい吹き抜けが大穿孔都市セントラルシャフト、っと。要するにこれがアルヴィオスで言うところの領地みたいなもんだろうね。


 それがシェオル山系と呼ばれる山脈に十個掘られていて、今私たちがいるのが第七圏ツァーカブというセントラルシャフトだそうだ。

 それとその大都市圏の合間にも中小規模の吹き抜けがあり、それは連結都市ターミナルシャフトと呼ばれているらしい。


 なお私たちがぶっ込まれていた食糧飼育所もそういった連結都市ターミナルシャフトの一つだそうだ。

 そういう無数のシャフト立坑を接続する横坑、中でも主要幹線となるトンネルは小径セトと呼ばれ、二十二の小径セトで各シャフトは接続されているらしい。


第七圏ツァーカブには俺らみたいな血鬼族が主に暮らしている。理由はまぁ、わかるよね?」

「アルヴィオス王国に一番近いから、よね」

「そう。俺たちが生きるには人の生き血が必要だから」


 カワード君曰く別の生命の血でも腹は満ちるし餓死はしないけど、人に近い生命体の血でなければ老化防止はほぼ不可能らしい。

 この人というのには獣人、エルフ、ドワーフに他の魔族たちも含まれるんだそうだ。


「十闘士民の中には自分の血を供給することを義務として生きている奴もいるしね」


 ああ、十闘士民の義務は農耕、畜産、採掘に採集、清掃だったね。自分の血を供給するのも食糧生産、畜産の一つの形と言えなくもないか。


「ここの住所は?」

第七圏ツァーカブ第六層L622地階南8番地の14B22S8D14

「ん。迷ったらそう言えばここに帰ってこれるワケね」

「案内料として一口ぐらいは吸われるだろうけどね」


 あー、吸われちゃうか。まぁそれぐらいはしゃーないわな。自分で覚えるしかないか。

 私が魔族文字ディアス語読めるってのはどうしたもんかなぁ。文字から得られる情報収集量は凄まじいけど、庶民のフリを続けるには文字、しかも他国の読めちゃ拙いしなぁ。

 ま、それはおいおい考えよう。


「貴方六闘士民よね。仕事は?」


 私の記憶が正しければ六闘士民は学習と製造だったはずだが――製造がどうしてこんな位置にいるんだろう。

 それに九闘士民の義務に加工ってあったはずだけど……何か違うんだろうか?


「俺の仕事は義務教育の受講と、あと都市計画設計だ」

「都市計画設計?」

「ああ、現在の野放図な都市拡張を整理するのが仕事」


 あー、そういうこと。私の翻訳が少しズレてたわ。自分で何かを作り上げるんじゃなくて、設計図やら線表を引くのが仕事なのね。それなら確かにワンランク上の仕事だわ。

 にしてはこのカワード君、どうにも顔色が冴えないけど……なんだ?


「都市計画って大事だと思うんだけど、もしかしてそうでもないの?」

「全然。そもそも都市計画とか立てる必要がないし」


 カワード君曰く、現在のディアブロス王国の都市はほぼ完成されてしまっているらしい。

 というのもこのシェオル山系にはこれ以上シャフトを掘れる場所がなく、実質的に魔王国の国土は限界まで広がっているため検討の余地がない。つまり閑職ってことだ。


「喫緊の問題は食糧生産だしね。現在の人口を支えるだけの食糧生産が追いついてないから、農地設計の方がよっぽど大事だし」


 そう言えば前世の授業で習ったっけ。チェルノーゼムも日本の農地もどちらも火山灰土だけど、日本は多雨なせいで肥料成分が水に溶けちゃうから土壌が痩せやすい、だったかな。

 ディアブロスは温帯どころか完全に寒帯だ。だが降雪は全て地熱によって雨になっちゃうから結果としては同じなんだろうな。


 ふむ、食糧が足りてなくて人口拡大できないのがディアブロス王国の現在って事か。

 確かに立体的に空間を使えれば人の収容はいくらでもできるもんな。人は壁に張り付いて生きられるけど農作物はそうはいかないし。


 カワード君によるとディアブロス王国の現国民数はおよそ九百七十万人程度だそうだ。人数でいえばアルヴィオスの三分の一だね。

 でも国民みな戦力ってのが魔王国だから、武力ではそう変わらないのかも。アルヴィオスは農民を戦力とは数えてないし。

 と、そうだ。


「現在の魔王陛下はなんてお名前なの?」

「アイシャ、君なんか口調変わってない?」

「うるさいわねこっちが素よ。体格も年齢も劣る女が健気にも虚勢張ってたんだ程度は一々聞かねぇで推察しろよ。それだからモテねーんだぞ。とにかく魔王陛下よ」

「モテないは余計だ! あと陛下は不在!」

「不在?」

「ああ。今現在ディアブロス王国を纏め上げるに相応しい力を持つ御方は現れていない。だから不在だ」


 と、いうことはどっかに行っているとかじゃなくて空位なのか。なんで?


「相応しい力って、現時点で一番強い奴が魔王になればいいんじゃないの?」

「違う。強いだけで成れるのは王の側近たる魔貴将までだ。極めて強力な冥属性持ち以外は魔王の座につくことはできないからな」


 あ、魔貴将は知ってる。ゲームにも出てきたし。魔王を守護する四天王的なボスキャラだよね。

 しかし……ここで冥属性が出てくるのか。なぜ冥属性しか魔王の座に着けないのだろう?


「魔王陛下の義務はこのシェオル山系が秘める莫大な地脈の力を減衰させ、現状を維持することなんだよ」


 ああ、そういうことか。決して無為無策でこんな山の中をくり抜いて国を作ったわけじゃないんだね。


 魔王の属性である冥属性が司るのは命なき世界。有り体にいってしまえば生命力の減衰と命なき兵隊の使役だ。


 つまりガイア理論って奴だろう。システムの運用をある種の巨大な生命体として認識する、前世では否定されて空想の中にのみ残る概念。

 地殻活動を一つの生命体と見立てて、その余りあるパワーを冥属性で減衰させることで国を維持してるんだ。


 減衰、と話を聞いて、山表面に生えていたあのテンプレ悪の居城的トゲトゲが何か、唐突に理解が及んだ。

 あれ、放熱用だ。地底の熱を地表へ逃し、地下を生存に適した温度に保ちながら地上をぎりぎり作物が育つ環境へ変えるためのヒートパイプだったんだ。

 誰が作ったか知らないけど凄いわね。ただそれだけやっててもあくまで放熱ができるだけで、地殻活動までは抑えられないわけで。だから魔王が必要になる。


「つまり魔王陛下の冥属性がないと、いずれディアブロス王国は焔の海に沈むって事ね」


 魔王の存在意義ってのがようやく私にも分かったよ。

 強大な冥属性で以てこのシェオル山系の噴火を鎮め、地中シャフト構造の国土を護るのが魔王の本来の役割って事か。






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