■ 115 ■ 専属食料民 Ⅲ






「モノは言いようだな。まぁその望みは諦めろ。私からすりゃ誘拐犯もお前も同じ血鬼ヴァンプ族だ。そこになんの違いもないからな」

「そ、そんな……せっかく有り金叩いて買ったっていうのに……」


 カワード君が魂の抜けた顔でベッドに崩れ落ちるけどさ、


「そもそも逃げ場なんてものがない奴隷同然の相手に都合よく愛情を抱いて貰おうとか、お前の中にある筈の羞恥心は今どの面下げてるんだ? ふて寝でもしているのか? それともお前に愛想尽かしていなくなっちまったのか?」

「な、なんだよ。そういうちょっとした夢ぐらい抱いてもいいじゃないか……なんでそこまで言われなきゃならないんだよ」


 カワード君がプライドを傷つけられたような顔でそう言うがオイオイ、そんな情けないことを夢にするなよ。

 他人に愛して欲しい。だったら普通に異性と付き合えよ。他人を振り向かせる努力をしろ。

 奴隷状態という極めて立場の低い、抵抗することができず心が弱っている相手に付け込もうとする。その時点でもう人としてカスだ。


「夢? 魅力がない上に告白して振られる覚悟もない情けない思考の言い換えがそれか。夢とは良く言ったもんね」

「なっ……!?」


 自分を拒絶されると悔しいから、自分より弱い相手を狙う。自分は一切傷を負いたくなくて、でも羨望と愛情だけを浴びたいだなんてカワード君よ、お前は妖魔司教か何かか? それは人を腐らせる最低の発想だぞ。

 トー横の女子高生を金で買う親父どもと何が違うってんだ。金を恵んでやって、生活を支援してやっているなんて、そうやって自分の欲望を偽善色で糊塗しているっていう点ではね。


「悪いこたぁ言わんから私を返品してアタリ引くまで別の相手を買いあさりな。お前の幼稚な夢を救いだと勘違いしてくれる哀れな精神薄弱児もどこかにはいるだろうさ」

「こっ……このアマ! 優しくしてりゃつけあがりやがって! 六闘士民を舐めるなよ!」


 ベッドの上から飛びかかってきたカワード君を――逆ルパンダイブかよお前、というツッコミはさておき、


「グェッ!?」


 さっと伸びてきた腕の袖を掴み、そのまま腕を捻って床に叩き付けるぐらいはまぁ、一対一ならお手の物さ。少なくとも四十八対一よりはましだ。


「兵士にも届かない六闘士民様がなんだって? 辺境の女を舐めるなよ」


 しかも私に嵌められているのはあくまで魔封環であって、奴隷の首輪とかじゃないからね。逆らうことができるなら逆らうってもんだろ?


 ファンタジー的に悪名高い奴隷の首輪がこの国にないの、多分血液袋如きに負ける奴には生きる価値がないからとかだと思うよ。

 この魔王国では力が全てだって入国審査のお姉さんも言ってたしね。


 しかし……あまりの馬鹿らしさについ勢いでやっちまったがこっからどうしようか? 考えられる案としては、


1.このアホを言葉巧みに手懐けてケイルと合流する。

2.魔封環の鍵を手に入れてこれを外し独自に活動する。

3.このアホに力でワカラセてやって主導権を握る。


 ぐらいだと思うけど……現実的に考えて2と3はかなりリスクが高い。

 まず名前付きの首輪がわざわざ付けられたってことは、今のところこれが私の安全を保障してくれるって事だろうし。それ無しで私が彷徨いていたらブタ箱に逆戻りか、どっかの屑に攫われて監禁されて一生餌扱いだ。

 あと今はこのカワード君も逆上して冷静さを欠こうとしているけど、正気に戻って魔術戦に移行したら私のほうがワカラセられたメスガキになってしまう。魔封環を外しても手元に弓が無いから3は不可能だ。


 とすると……やはり1しかないか。


「落ち着けカワード君。私だって恩義を感じていないわけじゃないんだ。実際ちゃんと家事はやったでしょ?」


 腕の拘束を緩めながら耳元にそう囁くと、うむぅとカワード君が感情解読の難しい吐息を零す。


「血液袋で妥協なんかしないでもっと上を目指そうじゃないか。地位さえ上がれば女も家もよりどりみどりだ、そうだろう?」

「……そりゃあそうさ。だけどそれができるなら最初から血液袋で妥協なんかするわけないだろう」


 ふーむ。カワード君は現実を知る男であったか。確かにこんなところで体格に劣る女に組み伏せられてる時点でカワード君の格は知れたもんだしね。

 だが諦めるのはまだ早い。というか諦めて貰ったら私の安全がヤバイので、ここは是非明るい未来を目指して貰わねば困るのだ。


「冷静に考えるんだ。これから先の家のことは全部私がやる。そうすれば空いた時間は鍛錬なり勉学やらに費やせるじゃないか。まだ伸びしろは残っている、そうじゃないか?」

「そ、それは……そうかも知れないけど」

「今さら努力なんかしたくない、ってのはナシだぞカワード君。諦めたらそこで試合終了だ。望むものを手にするためには足掻かなきゃいけないんだ。横道なんてないんだよ」

「望むもの……」


 完全に拘束をといたカワード君を床に座らせ、その頬を両手で掴んで、正面からその瞳を覗き込む。


「こんな顔になるまで私は足掻いたぞ。カワード君はどうなんだ。全てを燃やし尽くしているか? 一度しかない己の人生を出し惜しみしながら生きるのは楽しいか?」

「……」

「全力で足掻いた様を横から無様と貶されるのが悔しい?」

「……悔しいに決まってる」

「全力を絞り尽したのに、望む物に手が届かなかった自分が惨めで死にたくなる?」

「……当たり前じゃないか」

「そうか。なら君にとって一番大事なことは君の誇りを守ることだということでいいんだな? 今の君の誇りを守るために一生を捧げて、本当に悔いはないんだな?」

「…………それは」


 カワード君が拳をギリリと握りしめる。そうだ、そうでなくてはいけない。

 私自身の都合としても、何よりカワード君の人生においても。


 抵抗できない少女を手込めにしてイキってるような己の誇りが、自分が一生をかけて守るに値するなんて思考。一度客観視してしまえばまともな性格の持ち主なら耐えられないさ。

 そういう意味ではまだ、カワード君は馬鹿なだけで落ちるとこまでは落ちきってはいない。


「今や単純に人手が倍に増えてるんだ。腐るのは『私たち』の可能性を試してみてからでいいんじゃない?」


 カワード君の両手を取ってそう握りしめると、


「そうだ。は四闘士民になって使用人付きのでかいお屋敷に住むって決めたんだ!」


 おーう、俗な未来だな。しかも一闘士と言わず四闘士ってあたりが実に生々しくて卑屈だ。でも俗であることは別段悪でも何でもないからね。

 やる気が戻ったなら結構。俗であって何が悪い。美味しいもの食べて美味しいお酒飲めればそれだけで人生ハッピーだろうがよ。


「いい気迫だカワード君。だが腹が減っては戦ができぬ。先ずは腹ごしらえといこうじゃないか。食材はどこにある?」

「え? 君がそうだろうに」

「そうじゃない。私の食事だ。当たり前だけど人間は食べないと死ぬ。それは分かってるよね?」


 そう問いかけると、カワード君があからさまに私の視線から逃れようとぷいっと横を向く。

 ……忘れてたな、こいつ。


「……ない」

「そうか、まあ無いものは仕方ない。改めて食材を買いにいくしかないね」


 案内しろよ、とばかりに立ち上がるが、カワード君は相変らず床に膝をついたままで。


「そうじゃなくてないんだ、お金が。君を買うのに全額ぶっこんだから」


 はい?


「……」

「……」

「……全財産か」

「……全財産」


 一文無しってあーた……そんなに美少女奴隷にご主人様素敵! 一生尽くします! 貞操もあげちゃう! されたかったのかよ。

 そこまで精神的に追い詰められていたのかと思うと流石に哀れすぎて泣けてくるが……私に泣いているだけの時間なんかないのだ。いや本当に時間がないのでね。


「如何なる手段を以てしても私の飯は確保する。全てはその次だ、いいな」

「わ、分かった」


 カワード君がこくこくと頷いたので、さぁ先ずは私の食糧確保から始めないとだ。

 魔王国内に留まれるのは帰還までも含めてあと三週間ほどしかないんだ。一日一日を無駄にしないで頑張っていくぞ、チキショウ!






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