■ 115 ■ 専属食料民 Ⅱ
凄いや、ここに来るまでは穴蔵生活かよってちょっと舐めてたけど、華やかさを除けばアルヴィオス王国の建築物に全く引けをとらないね。未知行き交う人たちも多く、活気にも満ちあふれてるし。というか土木技術だけ見ればアルヴィオスより遙かに上だよ。
何より凄いのは吹き抜けの大空洞を光る翼で上下移動している人たちがいることだ。見たところ一枚形成された形状で、鳥の羽と違って羽ばたいて揚力が得られる形状には見えないが――それ言うならケイルの翼も同じか。
ただパッと見この翼、背中から生えているわけではなく背中に装着しているみたいで、要するにあれは生体器官じゃなくて道具ってことだ。
「驚いたかい?」
振り返ったカワード君が何やら気取ったような口調で聞いてくるので、別にお前が作った都市じゃないだろうよ、なんてアイズみたいな思考が浮かんでしまった。
まぁ驚いたは驚いたのでこくりと頷いておくと、それで一応カワード君はお気に召したようだった。
「僕は六闘士民だからね。君たちがいた場所とは雲泥の差だろうよ」
おーおーなんだなんだ。偉そうに言っといて所詮はまだ自分で住居を選べない六闘士民様かよ。
なーんて態度はおくびにも出さない私はアルヴィオス王国貴族様だ。サービスで少しばかり感心したような顔をしてやると、満足げに頷いたカワード君が再び歩き出した。
そのまま階段を下って数フロア降りると、いかにもそこは住居区という感じで、ひたすら壁面に横穴が並んでいて、その横穴には扉がズラリである。
ふーむ、これを見る限り壁を掘って穴蔵に扉を付けた感じだけど、中の広さは如何なものか。
その横穴に並ぶ無数の扉の一つがカワードの家のようだ。前世で言うアパートだね、これ。
「さあ、今日からここが君の暮らす場所だ。間違えて別の部屋に入らないようにね」
ただ、外見はアパートっぽくても所詮はまだ住居を自由に選べない六闘士民様だ。中は――前世を思い出すなぁ。
さして広くもない、あえて言うなら学生寮だね。コンクリート打ちっ放しのような、継ぎ目なくくり抜かれた立方体の
しかし、
「……うゎっ、汚っ」
「第一声がそれ!?」
カワード君が驚くけど、いやいや雑居房は病気を警戒していたのか、あれで清潔には看守たちもかなり気を使っていたからね?
プライバシーも何もない五十人詰め込み部屋だけど毎日ちゃんと衣服の洗濯及び布で身体を拭うのは強制させられてたし。
それに比べてなんだ、この部屋は脱ぎ捨てた服が散らかってるし、キッチンには洗ってもいない食器が乱雑に転がっている。
いや、まぁ男子の学生マンションなんてこんなモンかもしれんがよ。転生後はずっと清潔な部屋(雑居房含む)で暮らしていた私からすればこの部屋は汚いの部類に入ってしまうのだ。
「しゃーない、掃除するか。洗濯は? というか上水は?」
「え? あ、壁のその栓抜くと出てくる」
ほうほう、雑居房では上流が浄水下流が下水だったけど、ちゃんと上下水道が分かれてるのね。一応部屋の中まで上水道が引っ張られてるとか、実に結構だよ。家事の苦労ってだいたいがまず水汲みだからね。
部屋、というか風呂場に転がっていた桶と洗濯板、それに――なんだこいつも硬石鹸じゃなくて灰かよ下っ端士民め――を掴んでそこら辺に転がってる衣服を纏めて桶に放り込み、あ。ここ地底だろ? 洗濯物はどこに干すんだ?
はて? と部家を見回すと、洞穴の筈なのに部屋の奥に窓があって、それを開いて顔を出してみると、成程。上下に長く続く空洞にロープが張ってあって、下から緩やかな温風が吹き上げてくるみたいだ。つまりここに干すって事だね。
「洗濯は私がやるから自分で干せよ、いいな?」
「あ、う、うん。わかった」
とりあえず邪魔なカワード君をベッドの上に退避させて、じゃんじゃん衣服を洗っては絞って空いていた桶に放り込む。
手触りからして対して上等な生地じゃないし、シワのことは考えても仕方あるめぇよ。しかし洗剤が灰とか……それ、雑居房と大差なくない? 物持ちからしてもこいつ六闘の中でもかなり下なんじゃないかな。私を買う金がよくあったもんだよ。
そんなことを考えながらさっさと洗濯を終えて、
「ハイじゃあ干して」
「はい……」
カワード君に洗濯済みの衣服を渡して窓辺に追いやり、床に転がっているよく分からないものは適当に桶に放り込んで、箒があったのでざっと掃き掃除。
続いてスープか何かがこびりついたままの食器を一度水を張った桶に漬け、然る後に近くに転がっていた亀の子たわしっぽい何かでゴリゴリ汚れをそぎ落とし近くにあった水切り籠っぽいザルの上に並べると、
「おかしい……大筋では合っているけどなんか違う……」
洗濯物を干し終えたカワード君がしきりに首を捻っている。
「どうした、何が違う。言ってみろ」
「……え? ちょ、聞いてたの」
アホか、口に出して言ってりゃそりゃ聞こえるわ。何言ってんだこいつ。
「いやその、ほら、アイシャだっけ? 君、なんでそんな口調なの? もっとご主人様、とかさ、あるよね? 敬意とかさぁ」
「ロクに領主も来ないような村の娘に何求めてんだお前」
「あっ……そ、そっか。教養のない馬鹿なのか、よく考えたらそりゃそうだよな。血液袋がまともな敬語なんか使えるわけないもんな」
敬語とは教養である、と示してやると僅かな沈黙の後に一応カワード君も理解が及んだようである。
ま、私は庶民どころかバリッバリの王国貴族だから? 示そうと思えば示せるがな、敬意。ただこのカワード君に敬意を示したいと思える要素が現時点では無いだけで。
「いやうん、じゃあ敬語はいいよ。でもほら、僕はあそこから助けてあげたんだよ? もう少し感謝してくれてもいいんじゃない?」
私の顔を見たカワード君はいかにも怪訝そうだけど……
あっ、ふーん。そういうこと。
カワード君が一体なにを期待していたのか私にもようやく分かったぞう。
助けてあげた、というセリフから、恐らく血液袋たちの生活がどういうものか、ちゃんとこのカワード君は分かってるってことだ。つまり底辺を作ってボコボコにするのが唯一の娯楽って事実をね。
「要するに死にそうなところを助けてくれたご主人様素敵! 一生尽くします! 貞操もあげちゃう! みたいな都合のいい愛情が欲しかったわけだ」
「な、ななっ!」
私にそう指摘されたカワード君が、恐らく羞恥に頬を紅潮させて私から視線を逸らす。
そっかー、なんでわざわざ怪我して酷い顔の小娘なんか選んだんだと思ったらそういうことか。
私を見たときの歓喜に満ち満ちたあの顔はあれだ、私なら「自分はこの人に救われたんだ」って思ってくれるに違いないって打算だったわけね。ははー、得心がいったよ。
……うん、カワード君に対する敬意ポイントはプラスどころか最初っからマイナス突破だね。弁護のしようが無いよ。
「冷静に考えろ? お? そっちは略取する側でこっちは搾り取られる側だ。これでどうして信頼と愛情が芽生えると思う?」
「いやでもほら、だから僕が私財を擲ってそういう搾取される立場から掬い上げてあげたんだよ? その位は理解できるよね?」
感謝されて当然じゃない? みたいな顔をしているカワード君は、ああ。こいつ馬鹿だ。善人とか悪人とか、それ以前にただの馬鹿だ。
「そもそも私たちをアルヴィオス国民から血液袋に貶めたのが
「いや、僕が君をアルヴィオスから攫ってきたわけじゃないじゃん」
なのになんで僕を敵視するの? なんてカワード君は本気で言っているようだ。
……いや、そりゃあそうだがよ。自分の国の連中がそういうことやっててその責任は負わないけど感謝だけは欲しいですってアホ――いや、安全な場所にいる都会っ子の考えなんざそんなもんか。
前世にも外国人技能実習制度なんていう、他国民を搾取して教育だって言い張る美しい制度があったけど、それについて真面目に考える人あまり多くないもんな。
自分の国の連中がやっていることに全く興味がないというか、自分に責任の一部があるなんて発想すらないって事だ。
でもカワード君さぁ。お前らディアブロスって国の法と設備に頼って生きてるんだろ? それで僕に責任はありませんっての流石に面の皮が厚すぎやしないか。
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