■ 114 ■ 血鬼族の食糧飼育所 Ⅲ
「外の世界ってどんな感じ?」
ただ、まあ玩具にされてた子には嫌われてはいても、外見年齢が近いので話をする機会は結構ある。
例えば洗濯をしてるときとか。なんせ手を動かしているあいだ、口と頭は暇してるからね。
「どんなって言われてもピンキリよ。私もアルヴィオス王国の一部しか知らないし」
洗濯板でごしごしやりながら分かる範囲でアルヴィオス王国をかいつまんで説明すると、
「太陽の下で生活ができるんだ……」
アノン――それが彼女の名前だ――はやや驚いたようで、こっちが逆に驚いてしまう。
「貴方、私と同じように攫われてきたんじゃないの?」
「……私は、ここ以外を知らない」
「親は? 両親はいるんでしょ」
「知らない。見たこともないし」
そうどこか寂しげにアノンが呟いて、それで私も理解できた。そりゃそうだ。毎回毎回攫ってきちゃ北方貴族も本腰上げるかもしれないしな。
そうそう狩猟をするわけにはいかない、だったらどうする? 当然『養殖』するわなぁ。
要するにこのアノン、このディアブロス王国で生まれ育った人間だってことだ。
そしてアノンはアノンで、親の顔を知らされていない。もうアノンはここでしか生きられないように徹底して逃げる要素をそぎ落とされている。
「お前は親の顔を知ってるの」
「まーね、私は生まれも育ちもアルヴィオス王国はアンティマスク領だもの。それが流れの吸血鬼にとっ捕まって餌役やっててこの様よ」
嘘は言ってないね。実際ケイルにはとっ捕まって以降餌役やってたし。うん、何も問題はない。
「万が一ここから出てアルヴィオスに来ることになったらアンティマスク領に来なさい。命の保障くらいはしてやるわ」
「フン。ここにいるお前がどうやって保障するって? 国に帰れるとでも思ってるの?」
「ええ、勿論よ」
そうとも。私は帰る。ここへチスイコウモリの餌になりに来たわけじゃないからね。
「皆そんなことを言いながら死んでいった。お前もどうせそうなる。精々無様に死ねばいい」
見下したように――そう、見下した
愛してくれる人はいない。帰る場所もない。誇れるものは何もない。私を見下せる材料なんて、本当は何一つ持っちゃいない。
知識もなければ技術も体力も、ついでに言えば私に勝てる暴力すらも、本当にこの子は何も持っていないんだ。いっそ会話できる知識があるだけまだマシってところだろう。
脱走する心配のない、希望と頼る縁を徹底的にもがれた人間か。血液袋の扱いとしては至極合理的だけど、やっぱ吐き気がするわね。
「なら賭けをしましょ?」
「賭け?」
そう、賭けだ。
「もし私がここを出られたら、貴方も私を追ってここを出る努力をしなさい。もし無事に私のいるアルヴィオス王国アンティマスク領まで辿り着けたら貴方に一生食うに困らない立場をあげる」
これは私の偽善であり悪意の発露だ。
多分、この子は外の世界に希望なんて持たない方がいい。その方がきっと長生きできる。
従順に、ここで生きていくことだけを考えた方がアノンは苦しむことなく一生を終えられる。
だけどそれがアノンにとって分相応な人生なんだって、そんなの流石にあんまりじゃないか。こんな環境で長生きできることに一体何の意味がある?
「一生食うに困らない? なんでお前にそんなことができる」
「こう見えて昔はいいとこのお嬢様だったのよ。今はこんなだけどね」
ここでお前みたいな野蛮な奴が? なんて言葉が飛んでこないのは多分、このディアブロス王国では名家=等級が高い=強いという認識だからだろう。
アルヴィオスだったらグーで殴りにいった瞬間に貴族令嬢とはまず思われないけどね。そういう認識の違いはありがたく使わせて貰うよ。
「どうやってここから出る」
「先ずは吸血鬼個人の餌にならないと手も足も出ないわね。一度そうなれば後は創意工夫。なんとかして外の寒さに耐えきれるだけの服と数日分の食料を用意して、太陽が登る方と沈む方の中間目指してひたすら歩く。運が良ければそれでアルヴィオス王国につけるわ」
「吸血鬼個人の餌って……どうやってなる」
「それは私には分からないわよ。だって六闘士民以上の吸血鬼がどういう基準で血液袋選んでるか私分からないもん」
「ハッ、最初からもう駄目じゃないか」
「ただ血液袋の魔力が高いほうが血が美味いとは私の前の主は言ってたわ」
血に含まれる魔力が多い方が美味しいし、老化防止は高いように感じるとケイルは言っていた。
ただケイルは半分エルフの血が入っているので、全ての吸血鬼がそうかは分からないけど。
「魔力って……どうやって上げる」
最近は弓を用いての魔術ばっかり使っていたけど、現神降臨の儀を受ける前までは私は単純に魔力を操って『魔』の
あれで少しは総魔力量が伸びてるはずだけど、今はどうなってるんだろう。ステータス見られないのって辛いわ。
新しい魔術が使えるようになると感覚で分かるんだけど、
「あー、これは魔力を可視化できるだけの総魔力量が最初からないとそもそも無理なのよね」
左手に意図的に魔力を集めると、ポウと淡い光が人差し指へと灯る。そんな魔力の光を人差し指から中指へ、指の輪郭を滑るように移動させてみせる。これがアーチェ式魔力操作練習である。
魔力を意識し(具現化)、纏め(圧縮)、光らせて(性質変化)、操る(操作)と魔術行使に必要な要素がほぼこれ一つで鍛錬できるのだ。結構お手軽で便利だよ。
魔封環を付けていてもこれだけは一応可能なのだ。なにせ魔術を行使しているんじゃなくて単純に体内で魔力を動かしているだけだからね。
しかしこのトレーニングを延々繰り返しても魔力量はそう飛躍的に向上したりはしない。当たり前だよね。
だって人が付けられる筋肉の総量が常人の十倍、百倍とかにならないのと同じ。総魔力量は魂の筋肉だからやはり重ねられる量には限度があるのさ。
心の力だから鍛えれば無限? んな都合よくないんだよこの世界は。
私も悶絶するほど苦しみながら魔力枯渇を繰り返せば総魔力量が伸びる世界の方が良かったわ。それならワンチャン私にも無双ができたろうし。
いや、弓神じゃやっぱ無理だったかな。
「まぁこんなふうにまず可視化できるほどの魔力が元々ないとどうしようもないから貴方には――」
「あ、光った」
「なんですと」
マジかよ、とアノンの掌を見やれば、確かに淡い光が掌を内側から薄らと輝かせている。
おいおいこいつ貴族並の総魔力量が最初からあるのかよ。下手したら両親のどっちかが貴族じゃんそれ。
「そ、そう。できるんならさっき私がやったような操作を毎日積み重ねれば少しずつだけど魔力は増えていくわ」
「へぇ……」
そんな感じでアノンに魔力操作と総魔力量向上の手立てを教えた翌日に。
「ひいふうみいよのいつ、確認しました、どうぞお持ち帰り下さい」
「ようやく、ようやくだ! ここから僕のバラ色の人生が始まるんだ! 名前は……アイシャか。さぁおいで、一緒に帰るぞ」
何かよく分からない野郎に私は買い上げられ、そいつ専属の血液袋になることになった。
あちゃー、ケイル間に合わなかったかぁ。せめてアイズの方はケイルと合流で来てればいいんだけど、これどうなるかなぁ。
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