■ 114 ■ 血鬼族の食糧飼育所 Ⅰ
さて、そんなわけでアイズとも離され今来ている服も脱がされ下着はそのまま、白いワンピースというか貫頭衣を着せられ魔封環を付けられて、
「新品が来たぞ!」
放り込まれた収容所にてあっという間に服を脱がされたアーチェさんである。
当然、私を裸に剥いたのは女に飢えた下衆な野郎ども――ではない。アイズと離され男女別々に収容されている私の服を剥ぎ取ったのは当然のように女だ。
まあ、予想はしていたけど。
文句を言う気も起きず、私の服を奪った女が脱ぎ捨てたそれを纏うと、なんというかまぁ襤褸だね。
ま、火山の中だけあって暖かいから幾ら風通しがいい服でも風邪はひかんでしょ。
ざっと、自分が放り込まれた収容所を見回してみる。
やはり洞窟であるせいか、たかだか食糧如きに個室を作ってやるほどの余力はないみたいで、ザッと五十人程度が一部屋に放り込まれているみたいだ。
一番不安に思っていた御不浄は――ああよかった。幸いにして水が引かれている。部屋の端から端へ、天然の水道か。これが不潔だとあっという間に赤痢からのダウンだからありがたいね。
どうやら流れに沿って流入元を上水、流出先を下水として使うみたいだ。清潔さが保たれているならすぐには死なないだろう。それは結構だが――
「なんだいなんだい、随分とツラのいいガキじゃないか。お貴族様じゃあないだろうね」
私の服を剥ぎ取った、多分三十代ぐらいの女が私の髪を掴んで無理矢理目線を合わせてくる。
「いいかい、ここじゃ出自がなんだろうと目上の者の命令は絶対だ。逆らうんじゃないよ。逆らったら」
前触れもなく腹をぶん殴られて、髪を離されたもんだからそのまま床に膝をついて倒れ込んでしまう。
「こうだからね。覚えとくんだよ!」
あー、やっぱりこうなりましたか。
まあ想像はできていたけどね。絶対いると思ったよお局様。
仮にいなくたってろくでもない扱いになることはだいたい想像していた。魔王国士民からではなく、
翌朝、藁を集めてシーツと呼ぶのも烏滸がましい襤褸切れを敷いただけの寝床にいきなりばしゃりと水をかけられて、それで目が覚める。
「起きな、朝だよ」
それをやったのは私の服を奪ったお局様ではなく別の女だ。なお私が寝坊したわけじゃないことは、周囲がまだ寝静まっていることからも明らかである。
「枕元に置いてある服を回収して洗っときな、新入りの仕事だ」
はー、成程。
シーツ一枚しかない自分の陣地のその横に脱ぎ捨てられた衣服は――あれだ、五十人いるから五十枚はある。
これを私一人で洗えってか? まあそうなんだろうけどさ。
文句を言ってもしゃーないのでそれらを集めて水路の上水側へ移動すると、昨日は気がつかなかったけどそこが洗い場になっているみたいだ。
少しだけ低くなっているそこにタライと手桶と灰の入った壷――まさか吸血鬼の死体じゃねぇだろうなこれ――に、あと貧乳の代名詞である、
「私の知ってる道具でよかったわ。未知の道具だと手も足もでなかったろうしね」
洗濯板を手に取って、タライに手桶でヌルいというか温かい水をくみ入れ、灰を撒いて洗濯を始める。
なお私が五十枚からなる洗濯をしている間に朝食の時間は終わってしまった。朝食のために洗濯を中断して移動しようとしたら当然のように腹パン食らって、
「メシ食いたきゃ仕事してからにしな! このアバズレが!」
洗い場まで引き摺り戻されたので、まぁなんというかどうしようもないね。
要するに明日からはもっと早く起きて朝食の時間までに洗濯を終えておけ、ってことのようだ。
五十人からなる服の洗濯だよ? いい加減にしてほしいものである。
洗濯を終えて重い衣服をどこに干すかは――まぁロープが張ってあったので一発で分かった。
その一角に近寄ると、そこだけ部屋の他の場所より熱が籠っているようで――ああ、吹き抜けが作られてるんだ。手を翳すと少し熱いと感じる程の熱風が穴からそよそよと入り込んでいた。
適当に衣服を干しているとまた別の人から腹パンで、
「寝床の並び通りに干すんだよ! その程度のことも分からないのかい!」
私がお腹を押さえて崩れ落ち悶絶すると皆が皆して面白そうにケラケラと笑う。いや、そんなの言われるまでもなく最初から分かってたらそいつエスパーだからね。
要するにこれは皆して私が無様晒して間違ったり失敗したらぶん殴る、という血液袋たちの数少ない
――これはアイズも苦労してるかなぁ。
ミミズのように腹を押さえて蠢きながら――私が無様であればある程周囲は喜ぶので――そっと首元に手を当てる。
特に魔力のチェックなどをされたわけでもなく付けられた魔封環であるが、どうやら血液袋には例外なく魔封環を着用する義務があるみたいだね。周りの連中も皆同じものを付けてるし。
基本の身体強化もできないのであればアイズも――いや、大丈夫か。
元々アイズは対ルナさんを想定して鍛えていたもんね。魔術無しでも暴力はお手の物。そして暴力ほどこういう環境で強いモノはないからね。ケツ掘られる心配はアイズには不要だろう。
――ま、私のほうはどうしようもないんだけどね。
いい加減ミミズのフリも飽きたので洗濯物を干し直そうにも、そもそもどれが誰の服かも私には見分けが付かない。
そんなわけで適当に干す度に鉄拳修正が飛んできて、ハズレ引くたびに誰かがサンドバック代りに私を殴りにくる。
正直、止めて欲しいわ。まあ、止めて欲しいわ程度で済んじゃうんだけどね。
だってプレシアのキュアポーション検証のための自傷に比べると女の、しかも幽閉されている連中からの腹パン程度じゃ話にもならない。
あと私もアイズほどじゃないけどお父様に師範付けて貰って五歳の頃から武術訓練重ねてたし、学園入学後も体力作りは欠かしてないからそこそこ腹筋あるんですわ。
やはり筋肉だ。筋肉は全てを解決する。
何とか洗濯物を干し終えるともうお昼の時間で、お昼だけはなんとか普通に食べることができた。
住居スペース兼寝室ではなく、狭いながらも食堂へ移動しての食事である。
干し肉の欠片と歯が立たない堅パン、塩だけで味付けしたかのような薄くて冷め切った野菜スープだが、朝食抜きの私にはご馳走である。
スープでふやかした堅パンから沁みだしてくる塩味が胃の腑に沁みるようだよ。
食後はそのまま部屋へ戻るのではなく、左腕を確認されて五人ほどが番兵に連れて行かれる。当然私もだ。
連れて行かれた先では吸血鬼が待ち構えていて、喉に牙を突き立てる――ようなことはされずに普通に左腕の手首を切られて、あふれ出した血を容器へ垂らすよう固定される。
そのまま一定量の血が流れたところで吸血鬼がピタリと手を添えると、あっという間に傷口が塞がって流血が止まるのは大した物だと思う。どうやら吸血鬼は血を操れるらしい。
私の腕には昨日同様に負わされた傷に続いて、二本目の赤い横線が走っている。
これは部屋にいる連中も同じで、採血はこの本数が少ない者から順に行なわれるらしい。つまりリストカットされたこの傷はいずれ痕を残さず消えるということだ。
それはまぁ、ありがたいね。エミネンシア侯バナールへの嫁入り前に腕にリストカットの痕が残るのは流石に頂けないし。
プレシア作成のキュアポーションがあるとはいえ、あれをこんな些事には使いたくないからね。
なお五人ばかしのこれっぽっちの血で大丈夫なのかと思ったけど、よく考えたらここにいるのが魔王国所有の血液袋の全てってわけはないわよね。
それに多分、配給で配られる程度の血ってのはかなーり薄められていて、吸血鬼たちの成長というか老化はそんなに抑えられないのだろうよ。魔王国も下っ端の長寿までは面倒見る気はないんだろう。
要するに配給では早死にするだけなので、死にたくなければ等級を上げろと、そういうことなんじゃないかな。強さこそ魔王国の全て、ってわけだ。
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