■ 113 ■ 潜入、魔王国 Ⅱ






「そこでとまれ!」


 三人揃って人の出入りがある洞窟の入口へ向かうと、門番らしい――リザードマンか? 蜥蜴人二人がカン、と槍を交差させて私たちを阻む。


「何者だ、入国目的を言え」

「入国、ってことはここが魔王国でいいんだな」


 ケイルがそう告げると、蜥蜴人がギョロッと軽くその爬虫類じみた目を細めてケイルを一瞥し、開かれた口に除く八重歯で視線を止めた。


「……血鬼族か」

「こっちじゃそう呼ばれてるのか? 魔王国にならお仲間がいると聞いて頑張ってここまで生き延びて来たんだ。歓迎してくれよ」

「その子供は?」

「俺の食料だ」

「……随分と整った顔をしているが……貴族とやらに手を出したのではあるまいな」


 防寒フードに隠れた私とアイズの顔を覗き込んだリザードマンがギョロッとした目でケイルを睨む。


「確かに割といいとこの子だけどうまくやったから足はついてねぇよ」


 追手は来ない、と告げると蜥蜴人二人が軽く顔を見合わせて頷く。


「では我らが王国への移住希望者ということだな」

「ああ、親の顔も知らない流れの吸血鬼だ。いい加減俺も安住の地が欲しくなってね。どうすれば国民になれる? まさか追い返すなんて血も涙もねぇことはしねぇよな」

「それはお前の実力次第だ」


 蜥蜴人の一人が足元に置いていたズタ袋から、小さな石が一つ通された輪っかの紐をケイルへと手渡した。


「それを首から下げて先に進め。そこかしこ我らのような兵がいるから困ることはないはずだ」

「実力次第ってことは……腕っぷしでも測られるのか?」

「そうだ。力を示せば国民として迎えられる」


 行け、と槍で示されたケイルのあとをついて洞窟を進むのだが、へぇ。

 どういう仕組みか知らないけど仄かに壁とか天井が淡い光を放っていて、薄暗くはあるけど見えなくもない。


「不思議だね姉さん、壁が光ってる」

「確かにこれなら穴蔵生活もできるわね」


 出自を怪しまれるのであえて言葉を崩しているアイズが、物珍しそうに周囲を見回している。

 そういやアイズの目にはさっきの蜥蜴人はどう見えたんだろうね?

 人型だけど人じゃないから普通に見えたんだろうか。それともやはり白黒のヘドロ状だったのだろうか。あとで聞いてみよう。


 そのまま進んでいくと分岐路に差し掛かり、そこで見張りの人がケイルの首飾りを見て進むべき道を示してくれる。

 行き交う人々をこっそり観察すると、誰もが首に似たようなものを下げていて、しかしそれにはいくつかのパターンがあるみたいだ。

 あれなんだろ。あれかな、私の記憶で一番近いのが軍隊のドッグタグや前世知識の冒険者ギルドのランクタグだけど、まさかねぇ……


 ちなみにその行き交う人々だけど、パッと見ではだいたい四種類ぐらいに分かれているね。


 一つ目が門番と同じリザードマンだ。肌の色で違いがあるみたいだけど、まぁリザードマンで纏めていいだろう。

 二つ目があれ、いわゆる悪魔的な角が生えた人たちね。羊や山羊、羚羊みたいな角で、頭から貫頭衣を着られないタイプ。ただ翼はないみたいだね、尻尾はある人もいるけど。

 三つ目が耳の尖った病的に肌の白い連中。こいつらは多分吸血鬼だ。なにせ私とアイズのことを食卓上の肉料理みたいな目で見てくるし。

 四つ目が肌に入れ墨のようなものがあり、額に少し小さな角が生えた連中だ。基本的に筋骨隆々で、しかしドワーフ程は筋肉ダルマではない。いわゆる赤鬼青鬼とかの鬼っぽい感じ。


 他にも時々よくわからない生き物もいるけど、人類種としてはこの四つが魔王国を構成する大部分を占めているのではないだろうか。


 ある程度案内に従って進むと、分かれ道を塞ぐような形で陣取っているカウンターが目に止まった。

 そのカウンターの奥にいる悪魔っぽい角のお姉さんが手招きをしていて、


「ディアブロス王国へ移住希望の方で宜しいですか?」

「ああ、ただこの国がどういう国かをまず聞かせて欲しい。こちとらようやくアルヴィオスを脱してここまでやってきたところなんだ」

「かしこまりました」


 普通に私たちには見向きもしないカウンターのお姉さんがにこやかにケイルへと魔王国への説明を始める。


「ディアブロス王国は主に鱗鬼スケイル族、角鬼イーヴル族、血鬼ヴァンプ族、剛鬼フィーンド族の四人類種を中核とした純然たる戦士階級社会です。強い者ほどその権限が増し、弱者には生きる価値がありません。国民は最高一から最低九の闘士に分かれ、より高い等級の者ほど豊かな生活を送ることが可能となります。ただし全ての等級において、国民はその等級に見合った義務労働が生じ、この義務を拒絶することは許されません」


 ……凄いな、それ要するに冒険者ギルドで国が回ってるってことじゃない?

 お姉さんの説明を雑に纏めるとこんな感じになる。


 九闘士民:最低の国民。農産、畜産または採集、採掘、清掃の義務を負う。住所は国が指定、衣食は配給。

 八闘士民:下級国民。加工と工事の義務を負う。住所は国が指定、衣食は配給。

 七闘士民:少し上の国民。人足と警備の義務を負う。住所は国が指定、衣食は配給。

 六闘士民:中級国民。学習と製造の義務を負う。財産を持つことが許される。これ以上は衣食は各自で自由に調達できる。

 五闘士民:まぁまぁ豊かな国民。兵士と文官の義務を負う。自宅を持つことが許される。

 四闘士民:上級国民。部下を纏める義務を負う。

 三闘士民:準エリート国民。下士官と地方行政の義務を負う。

 二闘士民:エリート国民。将官と官僚の義務を負う。

 一闘士民:最高国民。元帥と閣僚の義務を負う。

 魔王:王の義務を負う。


 だいたいこんなところかな。

 側で聞き耳立ててただけでメモも取れてないから多少間違ってるかもしれないけど。


 ただ非常に気になるのが、


「国民になると九闘士民からなんだよな。食料は配給ってことは俺ちゃん専用の血液袋はどうなるんだ?」

「当然国が回収します。六闘士民以上になれば買い戻しが可能となりますが」

「マジかよ……せっかく顔も味も厳選した血液袋だってのに……」


 チラと私たちを見たケイルの瞳が「ヤベェぞお嬢」とばかりに狼狽している。

 うん、私だってこれは予想外だった。ケイルが士民になるには私たちを手放さねばならないとは。


「試しに聞くが、士民以外で国に留まるとどうなるんだ?」

「士民希望証の着用者には士民登録所への移動のみが許可されており、誘導に反した行動を取る場合は逮捕、処罰されます。登録所と出口以外には行けないものとお考え下さい。なお、それを外した場合は即座に処罰の対象となります」

「……むぅ、ならさ、キープはできねぇのか? せっかく俺ちゃん苦労して捕えて俺好みに調教したんだ、頼むよ」

「できません。九闘士民に許される所持品は戦闘に必要な物のみです。それ以外の私物は国の共有財産となります」


 魔王国、下っ端は共産主義で回ってるんだね。七闘士民以下は財産を持てないとか、ほぼ農奴に等しいじゃないか。

 そうして私たちは不特定多数の吸血鬼たちの配給に回されると。うぉい最初からあまりに危険じゃあないか。これは流石に予想してなかったよ。


 ただ、ここでゴネたところで何かが変わるわけでもないんだよねぇ。

 魔王国が地下都市である以上、空間的制限がありすぎて隠密行動することはまず不可能だ。であれば士民になるしか魔王国の内情を探る手立てはない。

 ケイルには士民になってかつ等級を上げて活動範囲を広めて貰わないといけない。であれば。


 ケイルに目で合図を送ると、ケイルもそれで腹を括ったようだった。


「しゃあねぇ、美食より安寧だ。士民になりたい、武器は確保しておいていいんだな」

「はい。士民になるには実力を示す必要がありますので。それ以外の衣服、食料、財産等は回収致します」


 ということでケイルの所持品、つまり持ってきた衣服に金貨や宝石、そして食料(私たちを含む)は全て没収されることとなった。



 検証の結果、ケイルのククリナイフ二本以外にアイズの剣と私の弓矢、そしてポーションもケイルの装備として所持が認められたらしい。であれば物質的被害は殆どないから問題はあるまい。

 何せカメラは私の矢筒に仕込まれた二重底の中だからね。最悪を想定しておいて本当によかったよ。


「アイシャ、いい子で待ってろよ。すぐに買い戻してやるからな」


 ケイルが私の額にキスしながら矢筒を背負い直す。


「はい、ゲイル様。待ってます」


 そうして私たちも警備兵に外用の厚着を剥ぎ取られ、文官に引き渡されドナドナされて、はてさてこれからどうなるやら。

 一縷の望みは私たちが血液袋で一度食べちゃったら終わりじゃないから、そうそう簡単には殺処分はされないだろうってことだけだね。

 あとは早くケイルが士民としての等級を上げてくれることを祈るのみだ。






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