アーチェ・アンティマスクと冥府の王国
■ 113 ■ 潜入、魔王国 Ⅰ
※注:魔王国編はなにぶん魔王国編なもので、ちょこちょこと暴力的だったりハラスメントだったり人権がなかったりする描写が挟まる予定です。
各話の冒頭で逐一注意を挟んだりとかはすみませんが省略させて頂く予定ですので、一括してここで前置きしておきます。予めご了承下さい。
というわけでお約束ですが改めて下記、
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
リタさんやエルバ卿と分かれ、時にケイルに抱えて貰って飛んだりアイズに氷のそりを作って貰って滑ったりしながら進むこと三日。
「凄いわね……北国なのに頂上まで黒い山だわ」
「モン・サン・ブランとは正反対ですね」
「活火山ってやつか。どう見ても危険だと思うが……あそこにいっぱいいるあれ、人類だよな?」
そう、私たちが辿り着いたのはアルヴィオス王国より北にあるというのに処女雪の欠片も見当たらない、今もなお絶賛炎上中の山である。
絶えず煙を吐き続けるそれはまるで蓬莱の薬を焼いた富士の山を彷彿とさせる――いや、そういう印象を受けるのは私だけだろうけど。
しかも山のあちこちからデカくて鋭い金属質のトゲみたいなのがガンガン生えていて、なんかもう如何にも悪の居城みたいな雰囲気バリバリである。
テンプレ魔王殿過ぎて違和感が凄いわ。ゲーム的に魔王は敵だっただけで、ディアブロス王国が悪の枢軸ってわけじゃないからね。
ただまあ、そんなどこからどう見ても怪しい岳の周囲に、何故か人類らしき人影が屯しているのだ。
「人の流れは危なげなく洞窟を出入りしていますね。それに洞窟の周囲は随分と凝った彫刻が施されているみたいだ」
「洞窟というか石窟だなありゃ。穴蔵生活してるって事か?」
現状から推測するにここの魔王国民、活火山の中を掘り抜いてそこで生活をしているということである。
マジか? すげぇな魔王国。いや確かに魔王殿とか前世のゲームだと溶岩ポコポコな感じの多かったけどさ。ク○パ城とか。でもマジでそれやってんの? 熱くないの?
……いや、違う。
「外が寒すぎて生活もままならないから穴蔵生活にシフトせざるを得なかったんだ」
ほとんどアラスカとかで生活するようなもんだから、凍えることなく生きてかつ人口を増やすにはこれ以外なかったって事なんだろう。
でも石窟での生活が安定するまでに一体どれほどの人が溶岩に呑まれて死んだのだろうか。想像するだけで全身の毛穴が開いて汗が滲んでくるよ。
「でも、あれなら吸血鬼も一日中活動できるわね」
「確かに。洞窟なら日光は完全に防がれますし」
「メリットが無いわけではないんだな。ただ空を飛ぶ自由度は阻害される。それを魔王国の吸血鬼はどう感じているやら」
なんにせよ、ここで話していても埒が明かないことだけは事実だろう。
「行くかい? お嬢」
「ええ。ここから先私とアイズは貴方が攫ってきた
そう。ケイルがハーフヴァンパイアであるからこそ可能な侵入方法。
老化防止のために他人の血を吸う必要がある吸血鬼であれば、ならば
つまり私はケイルの食糧であり、財産であるという立場が通用するはずだ。それを見越しての堂々たる同行である。
……二人も携行食が必要か? という疑念があったから私とケイルで行くつもりだったんだけどね。アイズの同行を許可したのは私だから今さら蒸し返しても仕方ないけどさ。
「アイズ。分かっているわね。仮にケイルが私たちに暴力を振るっても、それは怪しまれないために必要な事よ」
「分かってます、姉さん」
根は短気で氷の剃刀なアイズにそう理解は求めたわけだけど……アイズはアイズで持論があるらしく目力はまったく弱まってないね。
「だけど姉弟なんですから僕が姉さんの盾になることはおかしくないし、餌扱いに怒りを見せるのもまた普通でしょう?」
……あー、まぁね。私としてはケイルに調教された従順な餌を装うつもりだったけど、餌扱いという立場は普通の人は嫌がるだろう。
無理矢理力量差で従えられているのであればむしろそっちが自然かもしれないね。
「じゃあ私はケイルに籠絡されて餌扱いを保護と勘違いした間抜けな姉、ってことでいいわね?」
「それでいいと思います。従順と反抗、どっちが自然な反応なのかは分かりませんし、ケイルの魔眼が異性にしか効きにくいなら説得力もあるでしょう」
「……立場の多様性は結構だがよ、へたすると片方だけが疎まれる可能性もあるぞ」
そうね。要するに天下分け目で私は西軍に、アイズは東軍に付くってやってるようなもんだし。
要するに片方が怪しまれても片方が生き延びるようにする生存戦略が私たちが今やってることだし。
それでも、
「重要なのは魔王国がどういう国か、アルヴィオスにとって害があるのかないのか、その情報を持ち帰る事よ。その為に私たちは今、ここにいます」
そうとも。重要なのは今後魔王国が攻めてくるという重要な証拠を持ち帰ることだ。
それが達成されたならば主力第二騎士団の崩壊は防ぐことができるかもしれない。そうすれば騎士の数で魔王軍を圧倒して魔王も倒せるかもしれない。それこそ、聖剣の勇者に頼らなくとも。
あのクソやる気が無くて何事にも腰が退けててサボり癖ばっかりだけど、根は善良で人を傷つけることを望まない聖女を無理矢理戦場に立たせずに済む未来が僅かにでもあるなら――
「アルヴィオス王国民三千万の安寧の為に動くのが王国貴族よ。私はその務めを果たします。甘い汁だけ啜って苦難を民に押しつけるだけの屑になるくらいならこの地で果てるこそが本望。危険を理由に退けるモノですか」
「姉さんの言うとおり、民が普段から心安らかに在れるよう、富める者こそが民のために力を尽すべきだ。最悪ケイルが生きて戻れるならそれでいい、ですよね? 姉さん」
「アイズも王国貴族ってモノが分かってきたわね。アンティマスク伯爵家の長女として貴方を誇りに思うわ、アイズ」
私にそう笑って言い切れるアイズが貴族として誇らしくて、
「でも姉としてはもう少し卑怯な生き方してくれれば、と少しだけ思っちゃうわ」
しかし家族としてはやっぱり悲しいわ。ままならないモノね、立場と責任というモノは。
「あー、俺ちゃんも一応今はブリガンド男爵家って王国貴族の端くれなんだが?」
「男爵家だからね。私たちが高貴に死んだら、貴方には生き恥をさらしてでも情報を持って帰ってもらわねば困るって話」
位が上の者ほど責任が重いのが正しい社会の在り方だからね。ならば引責は私とアイズが受け入れねばならず、然るにケイルが生きて帰らねばならぬって話さ。
「たとえ私たちを見捨ててでも貴方は生き延びなさい、ケイル。それが王国貴族としての貴方の役目です」
「普通の貴族はそれと逆なことを言うもんだがよ」
ケイルが苦笑いしながら、私とアイズの肩を抱く。
「お嬢もたまにはお父様みたいな合理性だけじゃなくて理想を見ようぜ。俺たち三人、いやメイ姉さん含めた四人は理想の生き方を貫いて、そして寿命でくたばるんだ」
ケイルの言う通りだ。確かにそういう希望はあってもいいね。
「そいつぁなんとも素敵な未来ね、いい事言うじゃないケイル」
「ああ。元よりそういう約束だしな」
「約束、って?」
「男と男の約束です、姉さん」
「そーいうこった。これより先、如何なる苦痛も非道も、全て俺たちが皆揃って生き延びるための策だ。いいな」
勿論だ。ここから先魔王国内でケイルより振るわれる暴力、悪意の全ては私が生き延びるために必要なことと納得する。
顔を見合わせて、アイズも同じであると認識を共有する。
「勿論よ。我らアンティマスク家四者に栄光のあらんことを」
私、アイズ、ケイル、メイの四人が私たちにとっての真の意味での家族だ。
信頼するに足る、裏切りをも前提とするに足る仲間だ。
「では、潜入開始。以後秘密の意思疎通を行えない場での方針決定の全てをケイルに委ねます」
「僕と姉さんの未来、全てお前に預ける。任せたぞ、ケイル」
「承りました、お嬢様。弟様」
さあ、行こうか。いよいよ魔王国との初対面だ。体か震えるのは多分武者震いに違いない。そういうことにしておくさ。
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