■ 112 ■ テストと移動は巻いていきます Ⅱ
「では、本日より新聞部夏の陣よ! 気張っていきましょう」
試験後も授業はあと数日残っているのだけど、そういうのは全てポイである。時間が惜しいからね。
「お姉様、一足先にレティセント領でお姉様のお越しをお待ちしております」
第二グループを王都に残して、第一、第三グループは移動開始だ。
第二グループにはルイセントが加わるからね、その前にリトリーを含む第一グループを出発させておかないといけないし。
なので第二グループだけはきちんと終日まで受業を受けてから、ルブラン室長を伴ってモン・サン・ブランへの登山開始である。
「分かったわ。アーチェもレティセント領までの道中気をつけてね」
「頼りになる国家騎士団員が多数おりますから、心配いりませんよ」
私がチラと視線を向けると、エミネンシア家の夜会でネーナ・スキアスという妻を得たジン・エルバ騎子爵が恭しく頭を垂れる。
あの夜会で結婚にこぎ着けた騎子爵令嬢の家は既にミスティ派閥になっている。そういう約束だったからね。
夫となった騎士の方には配下になるって誓約はなかったけど、妻がそうなんだから結果としてミスティ派閥として動いてくれる。数はそれほどでもないけど、信頼できる味方が増えたのはありがたいね。
今日旅立つのは私、アイズ、リトリー、ヴェセル、アリー、フィリーの六人。それに各家の侍従と彼らが用意した使用人に、貨物運搬用の馬車。
それを護衛するジン・エルバ以下の国家騎士団員。随伴にブックハンターのリタさんでフルメンバーだ。
「では、出発」
そうして少し急ぎ気味の旅程で馬を歩かせること六日。
「よく来てくれたね、アンティマスク伯爵令嬢」
「この夏と言わず一生ここで暮らしても構わないのよ?」
レティセント領都ドグマステクにてレティセント侯爵ウィリアとその妻メドル・レティセントに手厚い歓待を受け、晩餐会で手厚く持て成して頂く。いや、流石フレインの両親だけあってめっちゃ私に親切なの、ちょっと申し訳なく思えてくるね。
私はこれから、この善良な人たちに嘘を吐いて行動を隠さなきゃいけないわけだからさ。
「自慢じゃないがドグマステクの町並みは北方一と自負している。好きに観光をしてくるといい」
「あら、アンティマスク伯爵令嬢は庭園に興味をお持ちなのよ貴方。先ずは庭を案内しましょうか?」
「侯爵婦人自らのご提案ありがとうございます。ですが侯爵婦人に案内されたとあっては御子息が意気消沈してしまいそうですので、ここは一つ」
「……それもそうね。あの子、貴方に庭を見せたいって息巻いていたし」
そんなこんなで行動の自由をレティセント侯爵夫婦より賜って、軽く領都ドグマステクの観光と取材に三日ほどを費やしてから、
「では第一グループは他領の取材に赴いて下さい」
「休む暇もないとはこのことだねぇ」
取材先の学生たちが地元に戻るであろうドンピシャのタイミングを狙って第一グループを射出。
時を一日置いてから、
「じゃあメイは侯爵閣下が許して下さった写本をお願いね」
「畏まりました。夏期休暇を越しても半年は待ちます。それ以上お戻りにならない場合はこのメイ・クライシス、お嬢様の後を追って神の御許へ旅立つ所存ですので」
メイのクッソ重い忠誠を背中に、
「……分かったわ。ではアイズ、ケイル、行くわよ」
「はい、姉さん」
「仰せのままに、お嬢様」
取材第二陣と装って私たちもリタさんと、私たちの夜会で妻を得た特別忠誠心篤い騎士を伴いレティセント領都ドグマステクを発つ。
「リタさんもこんな危険なことに付き合わせてしまって済みませんね」
「いいっていいって。知りたいって学術的興味は抑えられないもんね。それにアーチェのおかげで私の天使がこの夏にはレティセント領に帰ってくるし! んーお姉さん張り切っちゃう!」
流石は知的好奇心と弟への愛だけで侯爵家を飛び出した我が師匠である。
マジで和やかに両親を欺く手伝いをしてくれるのはどうかと思うけどありがたいよ。
「いぃーなぁー魔王国への潜入とか。ねぇねぇアーチェ、もし余裕があったら魔王国の本の一冊や二冊かっぱらってきてよ」
「あー、余裕があったら善処します」
「いーなーいーないーなぁー私も行きたいなー魔王国の本読みたいなぁー」
「駄目ったら駄目です!」
そんなこんなでレティセント領を抜けて馬を走らせ、国境沿いの侯爵家の領地へ侵入、そのまま魔王国国境付近の森に到達。
ここで私とアイズは貧民の装いに着替えて、我が愛馬シバルバーを含む帰還準備をリタさんと騎士たちに託す。
部隊展開の予定を領地に伝えずの違法駐屯である。領属騎士団に見つかれば問答無用で退治されかねない危険な任務だが、
「エルバ卿には負担をかけて申し訳ありませんが、宜しくお願いします」
「万事お任せ下さい。アンティマスク伯爵令嬢の無事のご帰還をここでお待ちしております」
ジン・エルバ騎子爵以下、ミスティ陣営に着いた国家騎士団員たちが真顔で敬礼してくれる。
たとえ少数だろうと貴族位が低かろうと、やはり信頼できる味方の存在はありがたいね。
「無事帰還できたら報酬ははずみますので。ネーナ・スキアス、いえエルバ騎子爵夫人にサービスしてあげて下さい」
「ありがとうございます。此度の長期外出、アンティマスク伯爵令嬢からの依頼でなければ妻も許してはくれなかったでしょうし、助かります」
少しホッとしたようにエルバ卿が笑うあたり、エルバ卿の妻になったスキアス騎士爵令嬢も案外愛が重い子だったっぽいね。
あ、いや、そうじゃない。よく考えたらここにいる騎士爵ってば全員新婚一年目だったわ。新婚ホヤホヤの夫が令嬢護衛のための長期外出を快諾、妻としてはそりゃあ相手が私じゃなければ文句の一つも言いたくなるだろう。
「では行きましょう。アイズ、ケイル。ここから先は私たち兄弟はケイルの下僕でしかないわ。いいわね」
「はい、名前はどうします?」
あー、念のため偽名を使っておいたいいか。アイズの言う通りね。
「ではハーフエルフのゲイルを主に、私はアイシャ、弟のクリスで」
我が母マーシャと父グリシアスのもじりってのはセンスがないけどね。所詮は偽名であるからそこら辺は適当でよいだろう。
「分かりました。まぁ僕としては姉さんと呼ぶので問題ないと思います」
「つまり私とケイルの言い間違いにのみ注意って事ね」
「呼び間違うほどにヤバい危険がないことを祈ってるよ」
さぁ、ここからはアンティマスク家のみの進軍である。
ワームスキンネガのカメラは持った。換金できそうな宝石や金貨も幾つか所持している。
だけど赴く先は何が価値を持つのかも分からない魔王国である。先のことは予想が出来ないね。
食料に着替えと下級キュアポーション等の入った雑嚢を背負い、それと私用の弓矢セット(対魔王国的にはエルフであるケイル用だ)を携えて、
「さあ、行くわよ」
両の脚で国境を越え、魔王国領内へと踏み込む。
この先の未来? 神のみぞ知るってところさぁ。
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