■ 111 ■ 夏休み前の下準備 Ⅲ 引き続きリトリーを除いて内々の予定
「分かったわ。魔王国へは私、アイズ、ケイルの三人で向かいます。第二グループには負担をかけてしまい申し訳ないですが」
「何言ってんですか、アーチェ様は一人にするとすぐ危険な行動取るんですからアイズ様も一緒のほうがより安心できます」
「プレシアの言う通りね。アイズ様、アーチェをお願いね」
「はい、ミスティ様。姉さんを必ず無事連れ帰るとお約束致します」
ん? なんか私よりアイズの方が皆に信頼されてない? むしろアイズの方がいつ氷の剃刀発動するか分からない危険人物なのだが……
ま、常々姉より優秀な弟って自慢してるのは私だし、これは自業自得か。
「メイはレティセント領都に残ってレティセント侯爵家の本を写本させて貰っていて。私の潜入はオウラン陣営には伏せておきたいから、表向きの成果が必要だし」
「かしこまりました。お嬢様は止めて止まるような性格ではありませんし。アイズ様、ケイル、お嬢様を宜しくお願いします」
あとはリタさんに国境付近で待機して貰えば、最悪逃げ込む際に追手は片付けてくれるはずだ。リタさん、現時点ではフレインの上位互換だからね。
「今ここで説明している内容はリトリーには伏せておくのね?」
もう何を言っても無駄だ、と判断しているのか無駄な反対をせず話を前に進めくれるお姉様の存在がありがたいね。
まあ竜と戦え、と言われた事実から目を逸らそうとしているだけかもしれないけど。
「はい。あくまで表向きの第二グループの目的はモン・サン・ブラン縦断ルートの確保であり、第三グループの目的はレティセント家と懇意にしつつ知識の拡充を図ることです」
まずドラゴンの血が目的だってのが分かると、得た血をこっそりポイ捨てされて成果を台無しにされる恐れがあるからね。
あとガチでドラゴンと戦うことが目的と事前に分かってれば、私なら暗殺者をドラゴンとの戦闘中に放ってお姉様たちをドラゴンのせいにして殺すよ。
「ただ、ドラゴンが出る近くを通るのは事実。オウラン陣営がドラゴンをけしかけるぐらいのことは当然やる可能性はあると思って下さい」
「……どうやって?」
「そうですね、例えばドラゴンの子供や卵を攫ってきて私たちに責任を押しつけるとか」
他にもお姉様たちが巣の近くを通り過ぎるタイミングで巣に毒薬を投げ込むとか。
獣を怒らせる手段なんていくらでもあるし。私たちに虫の見分けが付きにくいのと同様に、竜にだって人の見分けなんて付かないに決まってるよ。
「出来る出来ない以前にサラッと案が出てくるのがアーチェ様の恐ろしいところですね」
「何言ってんのアリー。この程度オウラン公なら考えようと思った瞬間に思いつき終えてる程度の駄策よ。国内最高貴族を舐めてはいけないわ」
オウラン公は国でもっとも陰険だから国内最高の貴族なんだぞ。舐めてかかれる相手ではないんだよ。
誰の領地でもない土地ならやりたい放題出来るからね。殺害がもっともお手軽かつ簡単な問題解決手段になるのが人類圏外という魔境なのだから。
「私が魔王国に挑むのも明かすのは論外ね。北境侯爵家の土地で私を殺してその罪を侯爵家に擦り付けるのは最低限やっておくべきだし、魔王国に入国したのを見計らってから外患誘致を声高に叫んでもよい。料理の仕方は腐るほどあるわ」
とてもリトリーには明かせない、と説明するとフィリーが不安げに両手を組んで私を見つめてくる。
「ですがアーチェ様、アストリッチ伯爵令嬢はウィンティ様の腹心です。アーチェ様が何か隠していることは間違いなく看破するでしょう」
「そうね、私が嘘を吐いていることは初見で分かるはずよ。でも何を隠しているかだけ欺き切れればそれで問題ないわ。私がこの夏魔王国に潜入すると思ってた人、この中にいる?」
そう尋ねると「そんな奴いるわけ無いだろ」みたいな視線しか返ってこないのがいい証拠だよ。
重要なのは嘘だとばれることじゃない。嘘を吐いていることは知られても、その嘘で何を隠していたかを知られなければ何も問題はないのだ。
証拠のない非難はただの言いがかりにしかならないからね。その非難が仮に真実であったとしても、だ。
「幸いモン・サン・ブランは人の住まわぬ山よ。踏みいる者も第二グループしかいない以上、人の気配は全て敵と思えばいい。標高が高い土地は草木のない剥き出しの岩肌が続いててアンブッシュに向いてないから、追跡者がいればダートの部下が見つけてくれるわ」
「そうですね。あの人たち獣人だけあって戦闘面では頼りになりますし」
ルナさんを侍従にしているだけあって、プレシアはもう完全にダートたちを頼り切ってるし。こういう信頼関係が出来たのはありがたいことだよ。
問題は私のほうで、万が一にも足取りが掴まれれば帰国時に待伏せされてナムサンオタッシャ獣の餌だ。それを防ぐためのリタさんだけど所詮は寡兵。オウラン陣営にばれたらまず死ぬと思っていいだろう。
「当たり前だけど魔族やドラゴンなんかより私たちを亡き者にしたがっているオウラン陣営が最大の脅威です。それは忘れないように。あとヴェセル」
「はい、アーチェ副部長」
「リトリー・アストリッチが貴方たちへの明確な害意を持って行動を始めたら即始末なさい。最低でもフィリー、アリー、ヴェスの三人はレティセント領へ帰還するように」
「畏まりました」
なお平然としているのは命じた方と命じられた方だけで、周囲の皆さんはドン引きである。
あ、ケイルは経験から、フレインは覚悟ガン決まりだから全く動じてないか。残りの皆はホント兜の緒を頼みますよ。
「重ねて注意しますが、人類圏外ってのは『人が死んでも一向に構わない』土地なんですからね。人の法は人の目のある世界でしか通じません。それだけは忘れないように」
「えっと、第一グループが向かうのは人類圏の筈ですが……」
アリーがツッコミを入れてくるけど、今回はフェリトリー領の時とは話が違うのだ。
人類圏であっても殺害のリスクより利益が大きければ人はそれをやる。それだけのことだ。
「今回もニグリオス卿が騎士としてお姉様に同行するのよ。第一グループは第二グループより早く出立してもらうけど、合流後にはその事実は露呈するでしょ。ここに王子がいるって」
「あ……!」
「私がリトリーなら気づいた時点で即早馬なり手紙なりでその事実をオウラン陣営に伝えるわ」
フィリーの話だと、前回オウラン陣営はお姉様がフェリトリー領に向かったことは気がついていても、ルイセントのことまでは把握していなかった。侍従ウェイジが上手く誤魔化したのだろう。
しかし今回はリトリーが私たちに同行するのだ。ルイセントがニグリオス卿として振る舞えるのはこれが最後だと思った方がいい。
そしてその事実が王都に伝わるのはリトリーの帰還と同時、つまり夏休み明けであることが望ましいのだ。
「究極的にオウラン陣営が排除したい者は私たちではなくルイセント殿下であることは忘れないようにね」
「仰せの通りです。危機感が足りませんでした」
いや、そんな恐縮してくれなくてもいいんだけど。注意だけしてくれればさ。
「何にせよ、いよいよ我々は自身の目的を達成するにあたり、多方面からの妨害に留意せねばならなくなっています。皆で無事この夏を乗り切りレティセント領で合流しましょう」
皆が真剣な顔で頷いたので、いよいよここから私たちの過酷な夏の始まりだよ。
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