■ 111 ■ 夏休み前の下準備 Ⅱ 時は巻き戻りリトリーを除いて内々の予定






「残る第三グループはレティセント領から更に北上、北部侯爵家領を秘密裏に抜け国境を突破、魔族の国であるディアブロス王国へと侵入。可能な限りの情報を持ち帰ります。グループリーダーは私です」

「「正気なの!?」ですか!?」


 まあそんなわけで初めて私がディアブロス王国に潜入する旨を開示したら、にわかに部室は蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。

 おいおいメイが防音張ってるとはいえ騒ぐのは程々にな。リトリーが外で聞き耳立ててたらどうするつもりだい。


「ディアブロス王国へと侵入、情報を持ち帰るって……本気?」

「勿論本気よシーラ。手元に無い情報は有るところまで赴いてかき集める。基本中の基本でしょ」

「でも国境突破だなんて、やること完全に間諜じゃない。国際問題になるわよ」

「バレたらね。バレなきゃ何も問題ないわ」

「そうは言うけど魔族の国よ、人間がいったいどうやって……」


 私たちの顔ぶれを見回したシーラの目が、ケイルの前でピタリと止まる。

 ははぁ、流石に目聡いし鋭いわね。


「当然、諜報活動なんて危険なこと、身内以外にはさせられないわ。よって潜入は私とケイルで行います。幸いケイルはハーフエルフですのでそこまで怪しまれないでしょう。私はケイルの召使い役ね」

「何言ってやがるんですかお嬢、様!」

「自己嗜虐趣味にでも目覚めたんですか姉さん!」

「え、アンティマスク家内でも整合取ってないの?」


 ケイルとアイズが驚いたことでお姉様までビックリしてるけど、まあ本邦初公開だからね。

 いや、説明分けても説教が増えるだけだから纏めたんだけど、ほら、すぐ側に怒っている人がいると自分は覚めてくることあるじゃん?


 ただその法則は今回適用されなかったようでアイズ、メイ、ケイルによって包囲陣が組まれて私ゃすっかり前世で一時期はやったペンギンコラ状態だよ。

 ただプレシアやフレインも何か言いたそうだったけど、アイズたち三人の剣幕に気圧されて口を開けずにいるので無駄では無かったと思い、たい。


「姉さん、いくらなんでもそれは無茶です! たった二人でどうするつもりですか!」

「お嬢様、あまりに危険が過ぎます。いくらケイルが強かろうと一人では四六時中お嬢様の安全を守ることはできません」

「メイ姉さんの言う通りですお嬢様、せめて二人は護衛が必要かと」


 アイズ、メイ、ケイルが畳み掛けて来るけど、人数が増えると逆に怪しくなるのよ。


「ハーフエルフ一人に人間の召使いが二人、では召使いが寝首をかくでしょ? 魔王国から見て怪しさが増すのよ。逆に危険だわ」

「ではせめてダート様にお願いするとか……」


 ダートは獣人だから確かにアルヴィオス王国に居場所がない。魔王国を目指すのに不自然さはないだろう。だがね、


「メイ。ダートは今や獣人たちの纏め役、彼に利があるわけでもないのに連れ出せるはずもないでしょう」


 そもダートに私の戦いを強制させられるのは一回だけだ。そういう約束になってるからね。


「それに第二グループからあまり戦力を奪うわけにはいかないのよ。ナンスとかを回す余力があるならそっちに回して貰いたいし」

「そういえば何のためにモン・サン・ブランなんかを登るんですか?」


 プレシアが不思議そうに目を瞬くけど、


「登るというより縦断が正解ね。東西の主要幹線以外に北に抜けられる経路を確保しておくのが一つ目の目的です」


 いざ魔王国との戦争になった場合、魔族が東西の主要幹線からのみ侵入を試みるとは限らないからね。

 仮にそれがなくとも私たちが第三の道を確保しておければ、敵の後背を断つなど色々使い道があるはずだし。

 体力クソ雑魚の今のお姉様でも時間かければ縦断できるルートなら、武装した兵士と補給物資の移動も十分可能なはずだ。しんどいはしんどいにしてもね。


「一つ目、ということは二つ目もあるのね」

「はいお姉様、私の第三グループに戦力を割けない最大の理由。すなわち第二グループ最大の目的がモン・サン・ブランに住まうホワイトドラゴンの血を確保することにあるからです」

『ドラゴンの血!?』


 皆さんが大合唱してしまうが、まさしくドラゴンの血の確保が私の目的である。


「ドラゴンの血は上級キュアポーションの材料となります。つまり今後プレシアを我々の金蔓にするために必要な投資です。我々が資金繰りに常に苦しんでいることは今さら言うまでもないでしょう」


 まだプレシアはようやく中級キュアポーションのレシピに手が届こうか、という程度の蓄えしかない。だから当然上級キュアポーションの材料なんて分からないわけでね。

 だけど私にはゲーム知識があるから、加工法はさておき材料だけは把握している。その中で一番入手難易度が高いのがドラゴンの血液である。

 残念ながらレッサードラゴンであるワイバーン程度では材料として不足。れっきとした純正ドラゴンの血が必要になるのだ。これは早い内に確保しておきたいのである。


「手に入るなら血液以外にも鱗や牙、角なども回収できればウハウハですが、欲は正常な判断を狂わせますからね。無理はしなくていいです」

「お金、お金かぁ……」

「確かに私たちに必要なものね」

「一攫千金のためにドラゴンに挑むか……まさに命がけの王位争奪戦だわ」


 なんか皆がギャンブラーみたいな顔つきになってしまったが致し方あるまい。


 我々には!

 お金が!

 ないのである!


 なお血は固まってしまっていても材料としては何ら問題はない。よって現時点で回収してしまっても大丈夫なわけだね。

 いや、手元にレシピがない以上固まっていても大丈夫だって保証はないけど……ゲームではそうだったし。回収に特殊な容器が必要とか説明にもなかったし多分大丈夫、なんとかなるなる。


「上位のドラゴンは人語を解すると言われていますが、まさか血をくれと言われてホイホイくれるはずもないでしょう。ほぼ交戦は不可避と思われます。なので第三グループよりこちらに戦力が必要なんです」


 ホワイトドラゴンは氷竜だからフレインが最適解、安全を期すなら聖剣の勇者候補があと二人は欲しい。

 お姉様が行けばルイセントもついてきてコレで二人。ケイルを私が確保していてダートの行動が読めない以上、三人目としてアイズをこちらに回すしかない。


「ドラゴン相手に戦力分散の愚は犯せません。可能な限りの戦力をここに投入する必要があるんです。これは分かりますよね」

「でも……ならアーチェの魔王国への潜入は止めるべきではないの? 来年にするとか」

「来年にはできません。今夏は降水量が少なめと予想されていますので」


 今年が少雨、ということはダートの国盗りは恐らく来年になる。

 ならば私たちは来年にはワルトラント獣王国と戦わなくてはいけない。自由に動ける機会は今しかないのだ。


「ならばお嬢様、私が一人で魔王国に潜入致します」

「駄目よケイル。そも貴方一人で何を見てくるつもり? 目にすべき何かが前もって決まってるなら事前に指示もできるけど、今回はそういう全てが何もかも不明瞭なの。ゆえに私が行きます」


 そも魔王が攻めてくることを確信しているのは私一人なのだ。その私が行かずしてどうするというのか。

 そう強く主張すると、アイズが私の視線を遮るように立ちはだかる。


「……無茶です、許容できません。姉さんが行くと言うなら僕も行きます」

「アイズ、二人より三人の方が怪しまれると私が言ったのは分かってるわよね」


 そもそも私がケイルとの二人行動を推奨しているのは、ケイルがハーフヴァンパイアで人一人くらいなら抱えて空を飛ぶことができるからだ。

 三人では、逃げ足が遅くなる。

 私、アイズ、メイ、リタさんの四人だけはケイルがハーフヴァンパイアだと知っている。ならばアイズがそのことに気付かないはずがない。


「露呈するまではそのとおりでしょう。ですが露呈してからは話は別です」

「多勢に無勢、迎撃より離脱の足を優先すべきでしょう」

「ですが姉さん、空を飛べるのはケイルだけではないでしょうに」


 ……そうか、魔王国にはヴァンパイアがいるからね。確かにアルヴィオス王国では比類なき機動力を誇るケイルも魔王国では埋没した一人でしかない。私というデッドウェイトを抱えていては逃げ切れない可能性は高い。

 だが、それは夜の空ならばだ。


 ハーフエルフであるケイルは昼にも活動できるが、純ヴァンパイアにはそれができない。

 やはり逃げ足は二人の方が速くなる。

 それが分かっていてなお、


「僕の同行が許可できないと言うならケイルは貸せません。ケイルは姉さんの侍従ではなく僕の侍従ですので」


 私に向けられるアイズの目は揺るぎなき信念に染まっているようで――仕方ない、か。

 自分の望みの為なら私をも裏切って構わないと常々言っているのは私だもんね。


「分かったわ。魔王国へは私、アイズ、ケイルの三人で向かいます」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る