■ 110 ■ 細作 Ⅲ






 ひとまずリトリー・アストリッチを「本格活動は明日から」と帰した後、


「そんなわけで彼女の入部を認めないわけにはいきませんでした。すっとぼけた奴ですが多分シーラ並に頭がいい、つまり明晰さは私より上です。皆さん油断しないように」


 現新聞部員全員に面接の内容を告げると、にわかに場が緊張に満ちた静寂に包まれる。


「あのふざけた態度は芝居ってこと? あんな小説書いてるのも?」

「いえ、多分あれは地よ。小説はただの趣味でしょ。趣味と性格と頭の良さに相関はないもの」


 ついでに言えば、あれだけ読ませられる文章を書けるって事はそれだけ本を読んでるって事だ。それだけでも馬鹿にならないよ。

 例えそれがロマンス小説ばかりだったとしてもね。


「あの、宜しいですか?」

「なにフィリー」

「アストリッチ伯爵令嬢ですが、私がオウラン陣営にいたときの上司でした」


 なに? と皆の視線がフィリーに集中する。そういやフィリーがオウラン陣営にいたときのこと私たちなんも聞いてないもんな。


「どんな方だったか教えてくれる? フィリー」

「はいお姉様。私のような、仕事は与えないけど頭数として確保しておきたい者を纏めていた御方です。芝居かどうかは分かりませんが、普段は仕事がないことを喜んでいました」


 ほーん。昼行灯か。それでいてウィンティが私たちのところへ送りつけてくるだけの信頼を得ていると。


「仕事サボって小説書くのが趣味で能力をウィンティ様に認められている。成程。私たちのところにくるわけだわ」


 ウチでのびのび小説書きながら私たちから時々最低限の情報を抜き取りつつ、普段は信頼を得るために大人しくしてるんです、って何もしない。私たちからも重要な仕事は任されない。それは承知の上というか望むところ。

 ウィンティにとってと言うか、彼女自身にとって新聞部はもっとも理想的な環境ってわけだね。


「チッ、爵位を息子夫婦に譲った貴族家当主みたいな優雅な生活ね。実に妬ましいわ」

『妬ましいんだ』


 アイズを含む全員から意外そうにそう呟かれるのは業腹だよ。

 私だってこの先何もしなくても推しが生き延びてお父様の暗躍が露呈して裁かれて、かつこの国が魔王国に勝てるってんなら論文にも満たないような歴史書でも書きながらグータラしてたわよ。


「ちなみに私が勝手に仕事を増やしているだけだという論法は全ての矛先がお姉様に飛ぶのであしからず」

「そ、そうね。アーチェが勤勉に働いてくれているおかげで助かってるわ。ありがとう」


 自分が既にウィンティ並だったら今頃私の仕事も減ってただろうって自覚があるせいだろう。

 お姉様が珍しくカバーに回ってくれたので、この話はここで終わりだよ。


「とりあえずいつものノリで身内ネタをべらべら喋らなければ特別に壁を作る必要はないわ。爪弾きにするつもりもないし、以後は新聞を作る仲間として仲良くやっていきましょ」


 そんなわけでリトリー・アストリッチを仲間に加え、あとルイセントを「美食担当あくしろよおぅウィンティに狙われたぞ」と脅した後日に――




「ヴェセル・ウンブラです。ルイセント殿下に替わり新聞部部長ミスティ様と副部長アーチェ様をお支えするよう命を受けました。ご加護は祝神です。ヴェスとお呼び下さい」


 ルイセントの侍従をしているウェイジ・ウンブラの弟だという学園一年生が新聞部へ入部することになった。


 特徴は一言で言えば幼執事だ。前世の親友食む太郎がいたら発作で床をゴロゴロ転げ回る程度には美少年だ。まぁ一歳しか違わないからショタって程でもないけどね。

 なお年下だけどウンブラ侯爵家の三男だから私より立場上だぞ。ハッハッハ、馬鹿か。


「普通侯爵家を伯爵家の下に付けるかな。まったく、ルイセント殿下も人を使わないで自分がやればいいモノを」

「あんたの中では王家が侯爵家より下にでもなってんの? アホなこと言ってんじゃないわ不敬よ不敬」


 わーってらぁシーラ。どうせルイセントは夏休みをまたお姉様と一緒に過ごすために今仕事を圧縮してるって事だろ?

 安心しなよ、ちゃんとルイセントもこの夏の頭数にちゃんと入ってるからさ。


「そういえば面接の時、夏の予定は既に決まってるってあんた言ってたわね」


 お、ここでシーラが思い出したようだし、あと今日は丁度リトリーもいないからね。そろそろ夏休みの予定を展開しておくか。

 フレインに軽く頷いて、


「ハイハイ傾聴。少し早いけど夏休みの予定を展開するわよ!」


 新聞部一同(リトリー除く)に向かって少し声を張り上げる。

 全員を円卓(長机をくにがまえ状に配置しただけだ)に座らせて部長席の横から情報展開である。


「もうレティセント家には先触れを送って了承を得ているけど、我々新聞部一同は今夏三手に分かれてレティセント侯爵家夏の館へと避暑に向かいます」

「あら、全員一緒の行動じゃないのね」


 お姉様が意外そうな声を上げるけど、私たちも結構頭数が増えてきているし。

 あとアイズやケイル、フレインがなんか鍛えまくってて成長が目覚ましいからね。戦力的に分かれても大丈夫と判断したのだ。


「第一グループは北部複数侯爵領の領都を訪問。後期日程の新聞作りのための取材活動ですね。リトリーはここに入れます。侯爵家相手になるからグループリーダーはフレインを予定していたけど、せっかくだからヴェスにお願いするわ。宜しくね」

「承りました」


 これは前々から展開してあったから誰も驚きはしないね。

 アンティマスク領都クラウニシュやお祖父様の街を写真で公開したように、許可を得た侯爵家たちの領都を取材及び撮影しにいく。後期の新聞作りのために必要な作業だ。

 いきなりリーダー役を振られたヴェスも異論なく受け入れてくれて、流石王子の侍従に抜擢される家の子だよ。お姉様より余程優秀だ。


「第二グループは南からアルヴィオス最大の山モン・サン・ブランへ挑み、万難を排してこれを縦断、北側へと抜けてレティセント領へ到達します。グループリーダーはお姉様です」

「……やまのぼり?」


 プレシアが首を傾げるが、そう、登山だ。山登りだよ、極めてエキサイティングなね。


 最後にメイに目配せして防音をしてもらい、


「残る第三グループは――」


私がグループリーダーを務める第三グループの役目を告げると――


「「正気なの!?」ですか!?」


 僅かな沈黙の後、場が一瞬にして沸騰した。






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