■ 110 ■ 細作 Ⅱ
スカーラム侯爵令嬢が退室して、そして残るはアストリッチ伯爵令嬢か。
さて、こいつどうやったら撤退してくれるかなぁ。スカーラム侯爵令嬢より遥かに手強そうだし。
「さてアストリッチ伯爵令嬢。お互い派閥を優先にしての新聞作成となるとですね、私としてはどうにも懸念を抱いてしまうのですよ」
「何をです?」
「入部後には不公平な原稿しか書かなかった挙句、それを理由に放逐すると声高に新聞部が不公平だと騒ぎ立てる。これをやられると私としては非常に困るわけです」
そりゃあ情報抜き取るだけじゃなくて破壊工作もやるでしょ当然。敵対陣営なんだからさ。
で、お宅どうする? と聞いてみれば、
「あーまー、そりゃそうですね。世の中言ったもん勝ちですし。しかしその場合不公平な原稿が残るわけですし、そちらとしてはそれを根拠に私を糾弾できるのでは? そのための新聞だと思ったのですが」
そもそもそれをやるのが新聞の役目でしょ、と来たか。
うーむ、やはり上手いなコイツ。言葉の選び方も会話の進め方も。
「ちなみにどんな小説を書こうとか、そういう草案はあるのですか?」
「その質問を待ってました! 実はここにですね、その草案があるのですが」
アストリッチ伯爵令嬢の侍従が鞄から取り出した原稿が、メイの手を経て私のもとへも届けられる。
パラパラとページを捲って話を追っていくと……
「ブフッ!」
思わず吹き出しちゃったよこれ! 何こいつ!
してやったり、とばかりにアストリッチ伯爵令嬢が笑っているので私はまんまと彼女の筋書き通りに踊らされてるんだろうけどさ、こんなん仕方ないって!
「どうしたのよアーチェ」
「……読んでみて」
そのまま原稿を横にスライドさせて今度はシーラが流し読みを始めるけど、
「ブハッ!」
シーラもやはり感情を抑えきれずに吹き出してしまう。
ええい仕方ない、そこで不思議そうな顔してるフレインもこの地獄に付き合うといいよ。
シーラから原稿を回収してフレインに手渡すと、なんだなんだと原稿を読み始めたフレインが口を手で抑えて肩を震わせ始める。流石フレインは鍛えられた侯爵令息。よくぞ堪えた。
「あ、アストリッチ伯爵令嬢は本気でこれを……」
連載するつもりか、とフレインが途切れた言葉で尋ねると、アストリッチ伯爵令嬢が実に良い笑顔で然りと頷いた。
「で、でもこれ、主人公ウェンディはオウラン公爵令嬢、よね? 作り話じゃなかったの?」
「嫌ですわミーニアル伯爵令嬢、読んでみてウィンティ様に似てると思いました?」
あーうん、確かにウィンティには似ても似つかないんだけどねこの話の主人公。
でも立場と環境はどう見てもウィンティのそれなんだわ。なのにこの主人公クッソカワイイの、何なのこれ! こんなのアリかよ!
こいつ、このアストリッチ伯爵令嬢! よりにもよって自分の主の二次創作始めやがった!
やっぱりコイツ
「この主人公ウェンディは現実にはいませんし組織も架空、現実の存在とは一切関わり合いがありません。完全に空想、想像の産物ですミーニアル伯爵令嬢」
「言い切りやがったこいつ」
シーラがまるで普段私に向けるような視線をアストリッチ伯爵令嬢へも適用し始めた。
おいやめろ私はここまで腐っちゃいないぞ。
「オウラン公爵令嬢は、この原稿のことを」
「知りません。見せてないので」
「……正気?」
いや、うん、すげー。うちのシーラを凍らせたの、私を除けばあんたが初めてだよアストリッチ伯爵令嬢。
異世界知識も何もなく、ただ腐女子の魂だけでシーラを圧倒するとはなんて奴だ。
「しかしこの主人公、名前、立場、環境から読者はオウラン公爵令嬢を連想すると思うのですが」
結局はウィンティの人気取りだろ、と軽く睨むと、やはりアストリッチ伯爵令嬢はこの導線を事前に引いていただけあって、
「ですので、ぜひ新聞部に在籍してお側でエミネンシア侯爵令嬢を拝見させて頂きたく」
お姉様モデルの登場人物も出すよ、と匂わせて来やがった。
こいつはくせえッー! 腐乱したにおいがプンプンするぜッーーッ!!
「まさかうちのお姉様を悪役令嬢に仕立て上げようってんじゃないでしょうね」
これはもうシーラと二人ガチ殺意で睨んでやると、とんでもないとアストリッチ伯爵令嬢が慌てて手を振り始める。
「流石に敵陣営の真っ只中で総大将を悪し様に書くとかそんな危険なことやりませんよ! ちゃんと読者が自己投影できる愛されキャラにしますって! そこまで命知らずじゃないですから!」
芝居ではなく本当に焦って否定してるあたり、それは全く考えてなかったっぽいけど。
「構想はダブルヒロインです! そりゃあ多少は衝突もしますけどどっちかが一方的に悪くなんて書きません! というかそもそもですね、話の通じない悪役にバカムーブさせてぶん殴ることで話を前に転がすの、私嫌いなんですよ」
しかも勧善懲悪が嫌いとかコイツかなり拗らせてるわね。あ、
「ロシアとウクライナどっちが勝ったか知ってる?」
「はい? 誰ですかそれ。いや何じゃなくて暗喩の……? いえ、やっぱり知りません。心当たりないです」
全くおかしな素振りは見せない、か。
動転してる最中にいきなり前世知識を突きつけたんだ。知ってたら流石に何かしらの反応は見せただろうがそれは無し。
もしかしてと思ったけど違った、転生者じゃないわこいつ。私と違って純度100%アルヴィオス王国産の腐女子か。
純国産でここまでのものが
「で、どうでしょう。入部許可頂けますか?」
そう尋ねられて思わずシーラ、フレインと顔を見合わせてしまう。
(どう思う?)
(公平だけど公平にイカれてるわよあの子)
(ですが瑕疵はありません。断るにしても何を理由に断りますか?)
(それよね。あと普通に笑っちゃったし)
(それねー。こっちの要件全部満足してるし)
(ですがこれ、後でオウラン公爵令嬢が怒るのでは)
(多分、いえ絶対怒るわね)
(この場合ウィンティ様の怒りってどっち向くと思う?)
(……我が主ではないかと)
(だよねぇ)
理不尽だ。アストリッチ伯爵令嬢が書きたいものを書いて怒られるのはこの私。
あ、だからこそアストリッチ伯爵令嬢は新聞部潜入要員に名乗りを挙げたんだな。
最初っから私を避雷針に仕立て上げるつもりだったんだ。完全に計画通りかよ。
あー、頭痛ぇ。まさかこんな形で悩むことになるなんて流石に想像してなかったわ。
とりあえず最後の抵抗、やってみるか。
「我々新聞部は北部侯爵家の都市紹介新聞発行のため、領都の写真撮影を兼ねた取材に次の夏休みを丸々費やすんだけど。貴方、新聞部員として活動できるかしら」
「ミスティ陣営は去年の夏休みも皆で王都離れてましたもんね。当然予定は空けられますよ」
やるなこいつ、最後の足掻きも無駄に終わったか。しゃあねぇ、入部許可するしかないか。
シーラとフレインに視線を振るも、どちらも丁度よい口実はないみたいだしね。
「分かりました。アストリッチ伯爵令嬢の入部を許可します」
「ありがとうございます」
あーあ、もう少し扱いやすい細作ならよかったんだけど、スパイをこっちで選べるわけじゃないからなぁ。
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