■ 110 ■ 細作 Ⅰ
というわけでハイ、ウィンティの子飼いが二名、新聞部への入部を希望してきたわけで、急ぎ別室に面接の準備を整える。
面接官は私、シーラ、フレインの三人だ。お姉様は部長として承認するだけでいいから面接官から除く。フレインは相手に侯爵家がいるからの採用だね。シーラは問答無用だ。
「では、これよりお二方が新聞部の部員に相応しいかを確認するため、幾つか質問をさせて頂きます」
「宜しくお願いします」
「お願いします」
なお、学園全体の方針として部活動においては爵位の上下は基本的に無視していいことになっている。無論、建前だけどね。
部活内において無礼講とは言え、その時に抱いた感情は部活の外にも持ち出されるんだから本当の意味での無礼講なんてこの世の中には存在しない。前世も含めてね。
ただ建前とはいえそういうことになっている以上、入部面接のこの場では新聞部副部長の私が最高権力者だ。圧迫面接はやらないが資質は試させて貰うよ。
「ではお二人が我らが新聞部においてどのような役割を担えるか、まずそれを教えて下さい」
役割が被ってるなら入部してもやることは無いからね。新聞ももう十部以上発行しているし、そこから何を読み取ってこの場に現れたのか、先ずはそこからだ。
「はい、どうやら現状の新聞部は上位貴族向けのグルメ発信を行なっていないようなので、それを担いたく存じます」
ブランダ・スカ―ラム侯爵令嬢はこれあるを予想していたようでハキハキと回答する。
ウィンティたちはきちんと分析を行なって、ちゃんと私たちに足りない人材を送り込んできたか。まぁそうじゃなくちゃ話にならんわな。
「アストリッチ伯爵令嬢は?」
「はい。現在の新聞は事実をあるがままに展開していますが、それ以外にも娯楽があってもいいのでは無いかと思いまして」
「事実以外、と仰いますと?」
「想像力、空想力、有り得ない虚構の話。つまりは作り話です」
私に向かって平然とそう言い切るアストリッチ伯爵令嬢に、軽くシーラが鼻白んだようだった。
「……事実でないことを新聞に載せたいと?」
何を考えている、とシーラが話を挟んできたけど、前世の記憶がある私には理解できた。
そうだね、確かに新聞にはそういう枠もあったわね。
「人を笑顔にする手段として、事実だけに固執するのもいささか不公平。視野狭窄に陥っているのではないかと」
おうおう、煽りよるなこいつ。娯楽足るに事実だけでは寂しいって言いたいわけだ。
相当に頭の回る奴をウィンティは送り込んできたみたいだね。
「つまり空想のお話、
私がそう問いかけると、アストリッチ伯爵令嬢が想定通りといった顔でニコリと笑う。
「はい、アンティマスク伯爵令嬢。事実では救えない者も空想で救えることがあるのではと愚考する次第です」
ほーん、あの第一号の設問からそれを読み取って仕掛けてきたか。
むぅ、二人とも第一関門はクリアだね。新聞部に入部して担うべき役割をキチンと備えている。ここまではまぁ、ウィンティの手駒ならやれて当然と言ったところだよね。
じゃあ第二ラウンドといこうか。
「新聞部は公平な情報を展開するための部活動です。お二方は自信が属している派閥に因らず、新聞のために公平で在ることをここに誓約できますか?」
さて、第二問を尋ねるとスカ―ラム侯爵令嬢がちょっとおかしそうに口の端を歪める。
「見たところ現在の新聞部は全員が第二王子派閥の面々で構成されているようですが、その前提の上での質問でしょうか」
「当然です。それで? 質問の答えは」
「勿論、私も新聞のために公平にあらんとすることをお約束致しますわ」
ふぅん、ここで是と応えられるんだ。それは覚悟ゆえに? それとも認識が及ばないから?
「ふむ、それはオウラン陣営とミスティ陣営を同列に扱う、ということで宜しいのですね?」
「勿論です、アンティマスク伯爵令嬢」
ほーん、スカ―ラム侯爵令嬢はこれを是というか。じゃあ、
「アストリッチ伯爵令嬢は?」
「あー、私はウィンティ陣営なんで。幾ら新聞部に所属したと言えどオウラン陣営とミスティ陣営を同列には扱えませんね」
……へぇ。
なるほどなるほど。こいつ出来るな。やっぱりウィンティ陣営は人材豊富だ。嘗めてかかれないや。
少なくともこのアストリッチ伯爵令嬢、シーラに匹敵するぐらいに優秀だ。この一瞬で私の質問の意味を正確に読み取ったか、もしくはこの場に臨む前からこの質問を想定していたかのどちらかなんだから。
ふむん、ここでチラッとスカーラム侯爵令嬢が隣を見た辺り、示し合わせの上で違う回答をしたってわけでは無さそうだね。
ならば次の質問だ。
「それではスカ―ラム侯爵令嬢、貴方は新聞の為に公平であるというのであれば、仮に私がウィンティ様の密着取材を行いたいと考えた場合、ウィンティ様の側に私を入れてくれる準備があると、そう考えて宜しいですね?」
「そ、それとこれとは話が別ですわ!」
スカーラム侯爵令嬢が色を失って拒絶するけど、ここが攻め時なのでね、手加減はしないよ。
「別ということはないでしょう。これからスカーラム侯爵令嬢はいつでもミスティ様を身近で観察取材できるのですから、当然その逆の環境も用意して頂けるものと。それが新聞に対して公平という意味ではありませんか?」
「それは……」
ひでぇ引っ掛けだよ。だって私たちは誰一人新聞に対して公平だとは一言も宣言してないんだもん。
それに気付いてるからアストリッチ伯爵令嬢は否と答えた。
本質的には私たちはそれぞれの陣営の利益を踏まえた上で新聞を作ってるんだってね。
新聞の為に陣営自体が全てをさらけ出すつもりは更々ない。
だけどここでスカーラム侯爵令嬢は新聞に対して公平を誓えると言ってしまった。であれば、
「ミスティ様とウィンティ様を同列に扱えないのに新聞に対して公平であると誓える、というのは矛盾していますでしょう」
「ぜ、前言を撤回致しますわ! それで宜しいのではなくて?」
「理屈としてはそうですが……仮に記者が取材中に問い詰められたら前言撤回なんてことを重ねた場合、果たして新聞への信頼は維持されるでしょうか」
「……」
地頭は悪くなさそうだけど少し焦りすぎたかな、この人。間諜なんだから迂闊な人を入れておくほうが安全、って考え方もあるけど、ついうっかりのやらかしで足引っ張られても困るしなぁ。やはりお帰り頂こう。
「大変申し訳ありませんが、スカーラム侯爵令嬢をお迎えするのは厳しいかと。お互い派閥を背負っておりますし、迂闊な行動で身を危険に晒す愚は避けるべきと考えます」
「……少し急きすぎたかしら。これ以上続ける意味はなさそうね」
ふむ、ここでゴネずに潮目を読んで椅子から立ち上がるあたりは流石のウィンティ陣営だよ。人材の質が高い。
凡百ならこういう時負け惜しみを喚き散らすもんだしね。
「新聞での情報発信、少し楽しみにしていたのだけど」
「スカーラム侯爵令嬢が発信して頂けるなら、いつでも取材に参りますよ」
「そう。じゃあその日を楽しみにしているわ。邪魔したわね」
さよならスカーラム侯爵令嬢。新聞部には入れられなかったけど、潔いから嫌いにはなれない人だったよ。個人でグルメアピールしてくれたら取材に行くからその時は宜しくね。
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