■ 109 ■ 新聞部心得その一 Ⅱ






 あ、そうだ、


「フレイン、庭園に力入れてる家とかないか、それも合わせて取材してきて頂戴。写真撮影許可が得られれば言うことないわ」

「了解しました、それとなく尋ねてみます」


 こんな世の中なので自領の夏の館を自慢する機会もあんまりないのであるが、私たちには写真がある。

 立派な館の写真は貴族にとっては自慢になるだろうしね。これも取材候補に入れておこう。


「シアは食レポね。そろそろ買い食いして回れる程度の私費は余裕で貯まったでしょ? 騎子爵令嬢とかがちょっとした贅沢として手を伸ばせるお店とか、そういう城下町の情報が欲しいわ。集めてきて頂戴」

「おお、ここにきてなんか楽しそうなお仕事ですね!」


 こいつ色気より食い気だからなー。珍しくやる気を出しているので、


「なんならアンナやフリーダたちも連れてってやんなさい。配下にご褒美あげてやる気を維持するのも館主代行の仕事だからね。アイズ、護衛よろしく」

「はーい。頑張ります!」

「はい、姉さん」


 食べ過ぎて太らないようにと釘を刺して、プレシアはこれでいいだろう。

 アイズも元々は庶民だし、城下町に赴くことに抵抗はあるまいよ。ケイルは過去に行商で色々国内を回ってたらしいし、そっちの知識による補佐も期待したいね。


「問題は上位貴族相当のグルメ担当がいないことよね。ルイセント殿下にお願いしたいところだけど……」

「あんた相変らず王子すら手駒扱いね……」


 しゃーねーじゃんか人手が足りねぇんだからよぉ。なんなら我々の陣営の人手が足らねぇの、ルイセントに人気がないのも理由の一環じゃんか。

 いや、ルイセントに人気がないというよりヴィンセントとルイセントの資質が拮抗しているから、順当に年齢差分だけ押し負けているってことなんだけど。


「ま、高級グルメは最悪ウィンティ様に頼ればいいか。向こうもこっちを利用しての情報発信は当然念頭に置いているだろうしね」

「王子に限らず敵対勢力すら手駒の一つですか」


 フィリーが理解不能、と言わんばかりの遠い目だけど、そもそも私にとってウィンティは敵じゃないからなぁ。私の敵はあくまでお父様と魔王だし。

 それ以外を敵認定して無駄に障害を増やすなんてこたぁやってる暇がないだけだよ。それにウィンティがこっちを利用しようとしているのも、あちらの柔軟性を示す証じゃないか。積極的に真似すべきだよ。


「敵だの味方だの、そういうレッテル張りは選択肢を狭めるだけよ。危険度と脅威度は把握しつつ、しかし他人を敵と見る思考は止めたほうがお得よ、フィリー」

「……相手が私たちを敵と見ていてもですか?」

「当然よ。向こうが私たちを敵と思ったからってどうして私たちまで敵視しなきゃいけないの」


 利用できるものは何でも利用します、というとどっかのトリューニヒトさんみたいだけど、ある意味でこれは正解だ。

 重要なのは利用して使い捨てるのではなく、お互いに利を得られるよう立ち回って、他者から敵意の棘を少しずつ抜いていくことだ。


 こいつは利用価値がある、と相手に思わせられれば十分。味方になることまでは求めなくて良い。


「目標達成のために必要なことだけやっていく方が人生楽でしょ? ウィンティ様を敵視して私たちの目標は達成できるの? 得られるものはある?」

「……何もない、ですけど。でもそこまで割り切るのは難しいです。ウィンティ様個人はともかくその取り巻きは好きにはなれません」


 ま、普通はそうだわな。私だって一回転生してなんとなくショッギョムッジョの心境に魂で触れたからこうなってるだけだし。

 前世は怒りと絶望と刹那の享楽の奴隷だったからなぁ。まぁ偉そうなことは言えんぜよ。


「ま、その為の新聞ではあるわ。目の前の出来事はなんであろうと私たちの新聞のためのネタ、取捨選択すべき情報。そう考えれば嫌いなものにも我慢してある程度向き合えるでしょ」

「そこまで考えてアーチェはこの新聞部を作ったのね……」


 まーね。お姉様の望み通り笑顔を広げるためにはまず、私たち自身が敵だ味方だ好きだ嫌いだとかやってちゃ笑えんからね。

 この世の全ては私たちのためにある娯楽だと思えば、笑顔が咲く頻度も上がるってもんでしょ。


「凄く基本的なことなんですけど、優しさやいたわりってのは余裕のある人しか他人に分け与えられないんです。お姉様が国内に笑顔を、と望むならまずお姉様に余裕がなくてはいけないんですよ」

「清貧、って言葉もあると思うけど?」


 シーラの指摘は正しい。確かに清貧に生きられる人もこの世にはいる。だがね、


「それは清貧であることで自分の精神的余裕が回復する一種の特殊能力持ちよ。狙って身につけられるものじゃないし、まかり間違っても他人に強要するものではないわ」


 一種の特殊能力持ちに合わせて世界を構築しようとしても崩れるだけ、ってのは太平洋戦争末期が証明している。

 いや、そのはずなんだが前世の財○省は明らかにそれ強要してたよな……今頃どうなっているんだろう。い、いや前世のことはもう考えても仕方がないんだけど。


「苦境にあり、追い詰められている人に人は救えません。偉い人たちが贅沢を許されてる高給取りなのも本来はそれが理由なんですけどね」


 そも人が人を救済しようすることそれ自体が烏滸がましい、なんて思考もあるにはあるが私にはそこまで悟り切れんよ。

 手を伸ばす余裕がある人が手を差し伸べればいい。手を伸ばされた側はそれを掴むもよし、払いのけるのもよし、それでいいじゃないか。

 まぁ手ぇ伸ばしてクソ投げつけられたらこちとら所詮は偽善者だ、流石にぶん殴るがな。


「ま、そんなわけで新聞部のスローガンとして『この世の全ては私たちのためにある娯楽』。この心構えで参りましょう」

「此処までの説明で納得はできたけど、改めて言葉にすると随分と不遜ね」


 むぅ、お姉様には不評か。まぁ確かにちょっと偉そうだったか?


「じゃあ『幸福に生きよう』でもいいですよ。スローガンはあくまでスローガンであり、重要なのは心構えですからね」


 というわけで暫くは私も新聞部としての活動に取り組むとしましょうか。


「アーチェはどこへ取材に行くの?」

「無論先生方や研究室長ですよ。あの人たちだってお手軽な情報発信と優秀な助手の獲得はしたいでしょうしね」

「……やることなすこと無駄がなさ過ぎてちょっと引くわ。教師と距離縮めてたのもその為だとか」


 おいおいこちとら元在宅OLだ、何もかもが深慮遠謀で生きてるわけじゃないんだぜシーラ。わりといろんなところでオリチャー発動してるし。

 目的と終着点が決まっていて、そこに関係ありそうなことには浅くでもいいから手を付けておく。そうすれば困ったときに打てる手の幅が広がるってだけさ。所詮はお父様の劣化模倣だよ。






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