■ 109 ■ 新聞部心得その一 Ⅰ






「アーチェ様、紙の補充終わりました」

「ありがとうフレイン、そこに重ねといて」


 さて、そんなこんなで始まった新聞事業ではあるけれど滑り出しは好調である。

 ヴィンセントに送った賄賂が効いたわけじゃないだろうがウィンティが何かを仕掛けてくる様子もないし、今のところは安定して刊行できているね。


 あと当然の顔してアイズとフレインが入部してきた。アイズはミスティ派閥として動くと拙い筈なんだけど、新聞部は派閥じゃなくて部活動だからいいんだってさ。詭弁だね。まぁお父様が許したなら別にいいけどさ。

 あと一応ルイセントも名前だけは新聞部に入っている。まぁあいつは忙しくてそれどころじゃない幽霊部員だけどね。


「アーチェ様、第四号の草案仕上がりました」

「ん……いいわよアリー、これで清書開始してくれる?」

「了解です」


 さて新聞だけど、第二号は食、第三号は衣服をメインにこの聖歴1282年のトレンドをピックアップして、第四号は住である。

 すなわち我がアンティマスク領と、お祖父様のエストラティ領の紹介が第四号の目玉であるわけだ。


 封建制の特徴として、そもそも住人が他の領地のことを殆ど知らないということが挙げられる。

 そりゃあ農民を土地に縛り付けている都合上、自分の土地より条件がいい他領なんて農民に知らせない方がいいわけだから? そうなるのは当然なんだけどさ。

 これで困るのは学園で技術者としての学びを終えた貴族の次男以降なんですわ。


 基本的に貴族家は原則長男しか継げないから、次男以降は自分の身につけた知識で手に職を付けないといけない。その為の養成所としての意味も学園は備えている。

 普通の次男坊たちは自領に足りない技術を身につけるのが一般的なんだけど……授かったご加護がそれと徹底的に噛み合わない事案ってのは少なからず存在するわけでね。


 ご加護に相応しい技術を身につけたはいいけど間に合ってます、みたいなことが発生したらもう大変だ。あと頼れるのはコネしかないわけだけど……技術系を学んだ次男次女たちにそんなコネがある筈もない。

 そんなわけで学びを生かせず、くすんでいる連中というのはこのアルヴィオス王国に結構いるわけだ。


 で、翻って新聞第四号である。

 第四号新聞ではアンティマスクとエストラティの町並みを写真付きで紹介していて、その特色を記載。加えて領で募集している人材なども合わせて併記している。

 これにより少なくともアンティマスクとエストラティの人的需要が学園に示されたわけで――これまでコネしか頼る術がなかった次男坊たちにとって、これは革命的とも言える状況なのだ。

 コネ、即ち信頼性を保障してくれる人がいない分だけ給料は下がるが、それでも食いっぱぐれずに雇ってもらえる可能性が格段に増したわけだからね。


「よく父上が許可しましたね、町並みの写真掲載なんて」


 アイズが教会の鐘楼から撮影したアンティマスク領都クラウニシュの写真をしげしげと眺めているけど、まああれだ。


「アイズには実感しにくいかもだけど、美しい町並みを作れるか否かも領主の腕の見せ所、自慢要素の一つなのよ」

「……町並みは古く先祖代々から作り上げたものであって、父上一人の手腕ではないのでは?」


 ……時々アイズってこういう冷めたこと言うのよね。ご加護が氷神だからかな。


「そういう野暮な事言いっこないの。帰属意識とか故郷への愛着とか、そういうのも含まれてるんだし。ま、支配者としての全能感に浸ってるだけかもしれないけどね」


 無論、私もお父様とお祖父様に原稿の草案を送って、問題ないこと、また宣伝して欲しいことを確認してから記事にしているので内容に一切偽りはない。

 そしてアンティマスクとエストラティでの就職を目指す学生が増えれば、それも風の噂として学園に広まって、


「アンティマスク伯爵令嬢、次の新聞では我が領を記事として取り上げて頂きたい!」


 こういう話も自然と舞い込んでくるようになるわけだ。だって学園卒業生っていう優秀な人材はどこだって欲しているわけだからね。

 あと貴族の世の中ってのは基本的には自慢合戦、マウント取り合戦だ。アピールする機を逃さずガンガン喧伝するのが貴族の嗜みなので、こういう自推はよくあることなのだ。


「アーチェ様のことだから一つのことだけを目指して行動はしないと思ってましたけど……凄いものですね」


 これが婚活におけるプロフィールシートの上位互換だと気がついたアリーが、感心と呆れがない交ぜになった溜息を零す。


 そうとも、取材と銘打てばいくらでも質問はできるわけでね? その質問内容を全て新聞で公表する必要はない。重点だけを記事にすればいいのだから。

 ただそれはそれとして取材として聞く分には何も怪しまれないからね。貴族家当主なら緊張するような問いも学生ならべらべら喋ってくれるわけだ。

 何が名産? どれぐらい取れるの? 他と比べてどれぐらい品質がいいの? 幾らで売れるの? って、立て板に水で教えてくれるんだもん。はっはー、情報更新が滾るぞう。


「えげつない、としか言いようがないわ」


 夏休みに領都の写真撮影をする許可を貰ってから学生を帰すと、シーラとフィリーが新手の詐欺でも見つけたかのような顔で嘆息する。


「最上の罠ってのは相手が喜んで、かつ罠にかかったことにすら気づかせないっていうお手本よね」

「罠とはまた失礼ねシーラ。ちゃんと取材相手にも利がある話でしょ。こういうのは三方よしって言うのよ」


 私は情報が入って嬉しい。取材相手は領の自慢と人材募集の広告が打てて嬉しい。読者は就職先候補の情報を得られて嬉しい。誰も損をしていないじゃないか。

 まあ、それはそれとして新聞第五号から夏休み明けまでは領地紹介は封印し、再び食と住、即ちファッションとグルメに立ち返るわけである。


「ファッションに関しては完全にお姉様に一任します。これは、と光る装いをしている学生を見つけたら取材と写真撮影の予約を。アリーはお姉様の補佐、護衛はフレインに任せるわね」

「分かったわ。罠はともかくそっちは任せて頂戴」

「承りましたアーチェ様」

「仰せのままに」


 お姉様は元々そっち系だけは異常なほどに優秀な令嬢として育てられてるからね。審美眼だけならウィンティをも越える。

 ウィンティのセンスはアルヴィオス国内のそれに留まるけど、お姉様は港湾都市で育ってきているからね。

 海を越えた他国の文化を浴びている分だけアンテナの受信感度が高いし、対応周波数バンドも広いのだ。これはお姉様のれっきとした強みだよ。


「なんならお姉様自身が光る素材を磨いてやっても構いませんよ。お姉様がウィンティ様に勝る数少ない長所です、積極的に仕掛けていきましょう」

「数少ないは余計です!」


 よしよし。仮に相手が下級貴族でも、アリーを付けておけば折衝はアリーがやってくれるだろうしお姉様はこれでよい。

 新聞は女性誌じゃないから男性側も取材する必要があるけど、同じ侯爵家のフレインがいればお姉様の安全は守れるだろう。


 なお、同じ侯爵家でもフレインに美的センスは期待できない。何せ八歳まで療養生活やっててそれ以降は庭と身体を鍛えることしか興味ないって奴だからね。貴族としては割と残念な奴なのだ。






 

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