■ EX23 ■ 閑話:新聞の反応 Ⅳ






「わ、凄い手紙の量。なにこれ?」


 ポモナ家冬の館にて、使用人が積み上げた手紙の山に学園一年生、シリー・ポモナ男爵令嬢は軽い困惑のもやに包まれていた。

 一時の虚脱から解放された後にペーパーナイフで封筒を切り開き中身を確かめると、


「お姉ちゃんお姉ちゃん!」


 手紙の山を籠に放り込んで抱え込み、姉の部屋へと突撃する。


「シリー、貴方も学園に入学したんだから立ち居振る舞いには気をつけろと言ったでしょう。あとお姉様です、言葉遣いにも注意するように」


 妹の田舎者丸出し具合に学園三年生、ベテル・ポモナ男爵令嬢は顔をしかめた。自分も一年生の頃は妹シリーと大差はなかったが、それで散々田舎者と馬鹿にされたのだ。

 妹には苦労して欲しくないと常々指導してはいるのだが、中々ポモナ領仕草は抜けないものであるようだ。


「そんなことよりほら見てお姉ちゃん! うちのジャムを買いたいってこんなにお手紙沢山だよ! かき入れ時だよ!」

「はっ、何を言ってるのよ。ウチはどこにでもある田舎男爵家よ? そんな家にこんなに注文なんて来るわけないでしょ。どうせ悪戯に決まってるわ」


 そうは言いつつもベテルも自領の名産品であるジャムには内心確かな自信を持っている。

 果物と言えば南側男爵領に一日の長があるが、彼方は彼方で気温が高いため食物の足が速い。

 だからジャムを作るにしても基本的には加糖して保存性を高くしたものが一般的だ。


 対してポモナ領は中央、いやどちらかというと北寄りの男爵家であり、故に南部に比べてものが腐りにくい。

 そういう風土もあって砂糖を極力控えた、果物の甘みだけを頼りにしたジャムが開発されて、それがポモナ領のウリであり自慢でもあった。まぁ、他に自慢できるものなど殆どないのだが。


 こんな悪戯を考えるヤツはどこのどいつだ、と妹が盛ってきた籠から一つの封筒を手に取ったベテルの顔が一瞬にして蒼白になった。


「…………クルーシャル侯爵家?」


 封蝋に押された印、上等な便箋にサイン付きとあらば断じてこれは悪戯などではない。侯爵家なんて雲の上の方々から直接注文が入るなど、そんな馬鹿な話があるか。

 次から次へと封筒を手に取って確認してみるが、差出人は侯爵家から果ては商家に至るまで盛りだくさん。しかも殆どが爵位が上の貴族家ばかりだ。


「……なんで? ウチが一体なにしたってのよ」

「あれ? お姉ちゃん新聞見てないの?」

「新聞?」

「うん。なんとかマスク伯爵令嬢が始めた新聞。皆話題にしてるよ、どっちの令嬢ショーだって」

「ああ、それね」


 なんか周囲がにわかにオウランだエミネンシアだと騒がしくなったのはベテル・ポモナも知っていたが、正直そんなことはベテルにはどうでもいい話だった。

 二人いる王子のどっちが王になろうと知ったことか。ポモナは田舎男爵家でほぼ自給自足の生活が続くことに替わりはないのだから、そんな話で盛り上がる気も起きない。だから新聞とやらも見ていなかった。


「そのどっちの令嬢ショーでどうしてウチに注文が来るのよ」

「あー、そのなんとかマスク伯爵令嬢が最後にぽろっとウチのジャムが美味しかったって書いてたの。オウラン家で出されたんだって」

「ちょっと待って! なんでウチのジャムが取引してないオウラン公爵家にあるの!? ってかなんでそんなことアンティマスク伯爵令嬢は書いたのよ!? どっちの令嬢ショーと関係ないじゃない!」


 おかしい、何もかもがおかしいとベテル・ポモナは悲鳴を上げて頭を抱え、ふらりと執務机に突っ伏してしまった。

 ややあって取引先の貴族家の一つがオウラン陣営に参席しており、そこから献上されたのではないかと想像できたが一向に心は安まらない。

 うちのあの手作りジャムが公爵令嬢の胃の腑に収まっていたと考えるだけでベテルの胃袋はハチノスになってしまいそうだ。何せそのジャムはかつてベテルも学院入学前は両親と一緒になって作っていたものなのだから。


「な……なんにせよ相手は侯爵家、ほぼこれは献上しなさいと言ってるに等しいわ。無論お代は頂けるんでしょうけど……」

「父さんと母さんにもっと作ってって手紙書かないとだね。侯爵家が欲しがってるって書いたら喜ぶよね!」


 喜ぶわけねーだろこのお馬鹿、とベテルが貴族仕草で上書きしていたはずのポモナ魂が息を吹き返してきて脳内で荒れ狂う。

 自慢じゃないがポモナ男爵家は農家の親玉の又従兄弟だ。男爵家自ら果物を採集して平民と一緒にジャムを作ってるようなクソ田舎貴族だ。


 それが侯爵家から注文が来たなんて聞いたらあの両親のことだ。絶対に動転して変なミスを重ねるに違いないとベテルには断言できる。

 突然変異か何かでベテルだけは何とか貴族令嬢の皮を被れているが、自分の家の連中が貴族失格な中身ほぼ平民であることをベテルはよく知っているのだ。


「お父様とお母様には詳しいことは言わなくていいわシリー。ただ買い手が増えたから日々の加工量を増やして送って、とだけ文を書きなさい」

「え、そんなんでいいの?」


 妹が不思議そうに首を傾げるが、この田舎娘丸出しのお馬鹿とは違い、実家の両親は学園卒業済みだけあって上位貴族の恐ろしさはキチンと理解している。

 しかしその負荷に耐えられるような図太い心の持ち主でないこともベテルはよく知っていたので、ならば何も知らせないのが現状での最適解だろう。


 ……それに、どうせ冬になって貴族街へ戻ってきたら嫌でも知ることになるんだし。


「なんにせよ先ずは返事を書かないとよね……これ全部にか」


 とてもじゃないが上位貴族相手などこの田舎丸出しの妹にはさせられない、とベテル・ポモナは腕を組んで呻いた。

 そもそも上位貴族に送れるような上等な便箋すらポモナ家にはないのだ。


 ベテルはアンティマスク伯爵令嬢に心の中で呪詛を捧げ奉った。

 もっともベテル・ポモナには呪殺の能力など伴っていないので、それは単なる愚痴以上の何物にもならなかったが。


「ああもう、でも商機であることは事実なのよね……」


 妹を追い払ったベテル・ポモナは自分の勝負用宝石付きドレスを売り払うよう使用人に指示を出した。その金で便箋と封筒を工面して返信をしたためる。

 お気に入りのドレスではあったが背に腹は代えられない。それにこれが夢幻じゃなければ、二、三ヶ月後にはもっと質の良いドレスも買い直せるだろうし。


「うちは品質優先で細々と作っているので急に生産量は増やせません、で言い訳して上位貴族を優先するしかないか……胃が、痛い」


 両親に本当のことを伝えていないため特急で、と発破をかけることはできないし、生産量はそうそう増えたりはしまい。

 お断りせねばならない子爵家、男爵家などから向けられる冷気を想像するだけでこれからの学園生活が不安になってくる。


 願わくばアンティマスク伯爵令嬢が次の話題になるようなネタを早く新聞に書いて投じてくれますよう、ベテルは天に祈るばかりである。






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