■ EX23 ■ 閑話:新聞の反応 Ⅱ
「やあ、ウィンティ。今日も君の顔が見れて嬉しいよ」
「私もです、ヴィンセント殿下」
そうして護衛や侍従を伴いウィンティの前に現れた第一王子ヴィンセントはいつもより少しだけ機嫌が良いようにも見える。
お茶を啜る際にもヴィンセントの視線はウィンティの一挙手一投足に向けられていて、それが少しウィンティにはむず痒いのだが。
「アンティマスク伯爵令嬢がまた新しいことを始めたみたいだね」
お茶と茶請けを一通り嗜んだヴィンセントの最初の話題は、やはりウィンティの予想から外れることはなかった。
「ええ、当人は新聞と言っていますが」
「学園でもウケは良いみたいだね。滑り出しは上々といったところかな」
ヴィンセントも学生時代に築いた人間関係を利用して情報収集はもう終えているのだろう。
卒業したとて派閥の全員が学園からいなくなるわけではない。ウィンティもヴィンセントも未だ学園への影響力を保持しているのである。
「自ら情報を集めて開示し、それを自らの力とする。やってることはお茶会となんら変わりない、ただ範囲を広げただけではあるのだけど……大したものだね。私たちにもやろうと思えば出来たのにやらなかった。発想の転換だ」
やろうと思えば出来た。確かにヴィンセントの言う通りだとウィンティは軽く歯がみする。
ウィンティは未来の王太子妃として、あるいは王妃として配下からの訴えに対し自らの耳を閉ざしたことはない。
だが自分から情報を得に行くことは確かにやっていなかった。その必要がなかったからだ。
だが弱小のミスティは違う。自ら集めないと何の情報も入ってこない。
ミスティ陣営が新聞などというものを抵抗なく始められたのも、そもそもそれが普段の活動の延長上にあったからだろう。
「彼女たちは新聞で何をやろうとしているのでしょう。利用方法は色々思いつくのですがこれは、という決定打が分からなくて」
「だから取材を受けて探ろうとした、ってところかな」
「はい、あまり究明の役には立ちませんでしたが」
ウィンティとて国一番の令嬢と賛えられる英才である。新聞でやれることはいくらだって思いつく。
情報発信を握るということは大衆感情を握るということと同義だ。だからこそ社交界では頻繁に茶会を開いて、そこで情報のやり取りをするのだから。
「ウィンティならどんなふうに新聞を活用する?」
「そうですね。やはり人目に付きますから、宣伝効果を利用して味方を増やします」
新聞で記事にすれば物珍しさから学生の大半がそれを目にするのだ。その宣伝効果は凄まじい。
記事にする内容を味方に限る、もしくは記事にすることを餌に味方につけることも可能だし、気に入らないことは書かなければいい。
人々の話題に上るのは流れている情報だけで、せき止められた情報はそのまま人目に付くことなく消えていくのだから。
「彼女たちも今回は私に記事を検めさせましたけど、ある程度信頼を勝ち取ったあとなら校閲は打ち切り、以後流言や悪評をバラ撒くのにも使えますし……どうかなさいました?」
「いや、ウィンティが許可してあの文面になったんだ? てっきりアンティマスク伯爵令嬢が弄ったのだと思っていたんだけど」
ウィンティの理性的な令嬢の顔は一瞬にして羞恥に吹き飛ばされた。
何とか言葉を紡ごうとしても意味のある言葉が出てこず、しかしこういう時のために自分が備えていたことだけは思い出せる。
「あ、あれは、その……リトリー!」
貴方の仕事だ、と声をかけた配下はしかし、
「はい。もう少し皆にもウィンティ様の可愛らしさを知ってもらおうと私が頑張りました」
しまったこいつは道化であったか獅子身中の虫め、といよいよウィンティは今日の側仕えにリトリーを選んだことを後悔した。
「全く余計なことを……学生が知るのはウィンティの美しさだけで良かったのに。可愛いウィンティを知っているのは私だけで良かった、そうは考えられなかったのかな?」
詰問のような口調ながら実に良い笑顔の王子に問い詰められて、リトリーはわざと品もなく頭をかいて誤魔化すふりをした。
「すみません、ですが全国民にとっての宝を王家が独占しては恨み辛みも集まりましょう」
「ぬけぬけと言うものだ。まあいい、今後ともウィンティの可愛らしさを引き出せるよう励みなさい」
「ご命令ですね?」
「命令だとも」
「も、もうそろそろお許し下さい、殿下……」
明らかに楽しんでいるリトリーとヴィンセントを前にウィンティは既に虫の息だ。
そもそもからしてヴィンセントに「好きだから選んだ」なんて予想もしなかった事実を明かされて以後、ヴィンセントと正面から向き合う事が今更ながら気恥ずかしいのである。
そんな状況でのこの仕打ちは、徹底的に令嬢として鍛えられてきたウィンティをしてミミズのようにのたうち回りたくなる衝動が抑えきれない程だ。
一言で言えば、もうウィンティのライフはゼロということだ。
「さて、いい加減にしないと可愛いウィンティが怒れるウィンティになってしまうから真面目な話をしようか」
小さくなって羞恥に咽ぶウィンティを存分に堪能していたヴィンセントであったが、表情を引き締めて二人に向き直る。
「アンティマスク伯爵令嬢はウィンティが確認した原稿そのままを記事にしたんだね?」
「え? は、はい。相違ありません」
「なるほど、そこは徹底してるか」
顎に手を当てて考え込み始めたヴィンセントが、やがて軽く頭を振ってティーカップを手に取った。
「ウィンティはまだアンティマスク伯爵令嬢が何を企んでいるか分からないかい?」
「……非才の身ゆえ、申し訳ありません」
「ああ、責めてるんじゃなくて確認さ、私だってまだ分かってない――そうだね、
ヴィンセントが言った言葉の意味が、にわかにウィンティには飲み下せなかった。
何も、企んでいない?
「それは、どういうことでしょうか」
「そのままの意味だよ。前置きがあるだろう? 『皆さんの学園生活をより良いものとするための情報紙として』って」
「は……?」
何も企んでない。つまり本気でアーチェがそれをやろうとしているということか? 何のために?
理解が追いつかないウィンティのためだろう、
「公平や物事の正誤というのはそれ単体は実体を持たない二次的情報に当たる。公平であるということをアピールするためには情報がないといけないだろう? 情報を前にして初めて私たちはそれの正誤を考え始めるからね」
ごく当たり前のことをヴィンセントが改めて提示してくれる。
それを咀嚼してようやくウィンティにも理解が及び始めた。正誤を問う前には、その正誤を問うべき情報が必要になる。その通りだ。
「……つまりアーチェは情報量を増やすことによって自分たちの公平性をアピールする機会そのものを増やそうとしている、ということですか」
「そう、ついでに学園生に新聞を楽しんでもらうことも同時にね。いや娯楽の提供が主で公平性のアピールが従なのかも――アストリッチ伯爵令嬢、何か気づいたのかな?」
ウィンティの後ろで僅かに表情を変えたリトリーは、ヴィンセントの目聡さに再び頭をかいて苦笑した。
「確かに前置きがあったなって思ってだけです殿下。『国にもっと笑顔が広がるよう頑張りたいです』って」
ウィンティとヴィンセントは己の視野狭窄さを嘆くかのように同時に頷いた。真実は全てあの新聞第一号に記されていたのだ。
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