■ EX23 ■ 閑話:新聞の反応 Ⅰ
「アンティマスク伯爵令嬢が新しく初めた新聞見た?」
「見た見た、オウラン公爵令嬢って案外可愛らしい御方だったのね」
「案外ってつけると不敬にならない?」
「だ、大丈夫でしょ? 多分」
「やっぱり次の王妃はオウラン公爵令嬢になりそうだよな。エミネンシア侯爵令嬢はちょっとビビり過ぎじゃないか?」
「そうか? 命をかけて殿下を守るって言ってるぜ? ここだけ妙に語調が強いし」
「それは配下のアンティマスク伯爵令嬢が忖度したんだろ。どこかに強みがないと困るってんでさ」
「そうかなぁ。学園の警備がザルだとか演習で騎士にバラつきがあるとか、なんか妙に物々しいんだよなぁ」
「どうしよう。私
「うーん、自分の研究で稼げ、って言われてもなぁ。下積みに時間がかかるのが研究だし」
「だったらエミネンシア侯爵令嬢?」
「いや、そっちも財源確保の当てもないから役に立たなそうだし……どっちでも同じかなぁ。あーアルヴィオス研究者の未来は暗いわー」
「エミネンシア侯爵令嬢の国に笑顔がって、あまりに抽象的すぎんだろ。方針とかなんかないのかな」
「ないんじゃないか? 多分自分の頭で考えて道筋を立てられないんだろ。アンティマスク伯爵令嬢がいなかったら婚約破棄されてたって専らの噂だし」
「顔はいいのに勿体ないよな。やはり天は二物を与えなかったのか」
「ルイセント殿下はやはり顔でエミネンシア侯爵令嬢を選んだのかな。王子としてそれで大丈夫なのか?」
「以下公序良俗に鑑みて削除、って何があったのかしら。しかも御二方ともよ?」
「王子殿下も御二方ともあんな澄まし顔で案外手の早い御方だったのね」
「声が大きいわ。不敬で締め上げられたらどうするのよ」
「別に? 普通の話でしょ。あーあ、私にも王子の目に留まる容姿があったらなぁ。少なくともエミネンシア侯爵令嬢よりは王子のお力になれると思うのに」
「エミネンシア侯爵令嬢の回答はどうにも甘さが目立つけど……何でアンティマスク伯爵令嬢はこれやっちまったんだろ」
「オウラン公爵令嬢が卒業して気が抜けてたから、軽く頬をぶん殴ってやる代わりだって噂だぜ」
「おお怖、やっぱりアンティマスクはアンティマスクだよな。伯爵令息もいっつも冷たい目ぇしてるしよ」
「その割には婚約成就のご利益はあるんだよな。なんなんだあれ」
「ま、まぁアンティマスク伯爵令嬢は仁義のエストラティの血も引いてるし……」
「……やっぱり恋愛関係なくね?」
――――――――――――――――
配下が集めてきた数々の反応へ目を通して、ウィンティは軽く脱力してソファに体重を預けた。
忖度して都合の良い話だけを集めてくるな、と命令したから一応満遍なく会話を拾ってきてあるはずだ。
実際、ウィンティとしても反省すべき話題もある。
「
ある程度は想定内の質問だった。だがこれに関してはあの質問表を一読して初めて知ったので、どうにも根拠の浅い回答になってしまった。その点がウィンティには悔やまれる。
「リージェンス男爵はそういうの無頓着でしたしね」
「リージェンス男爵だけを見て他に目を向けていなかったからこのざまよ、情けないわ」
悔しいがアーチェの言うとおり此度のインタビュー、確かにウィンティとしても新たな気付きを得ることができた。新聞とはよく言ったものだと思わなくもない。
……無論、アーチェの目論み通りというのはウィンティにとって業腹でしかないのだが。
「あと全体的にウィンティ様の人気が上がっています。お可愛い方だと」
「……冗談よね?」
「事実です」
「そ、そうなんだ……それは完全にリトリーのお手柄ね。というか本当にそれが話題になるとは思わなかったわ」
ウィンティとしては取材記事の下書きを渡されたとき、いくらなんでもこれはやはりないだろう、と幾度となく修正を求めようとしたのだ。
それをすべて却下したのは当然のようにアストリッチ伯爵令嬢リトリーである。
赤い顔で苦悶を噛み殺しながらサインをしてしまったことを今でもウィンティは後悔しているが、本当に下級貴族からのウィンティへの態度は柔らかくなっているという。
昔からウィンティは最上位貴族の令嬢として、あまり下級貴族に好意的な視線を向けられることはなかったのだが。
「最後のエピソード、どっちも学園の指摘で削られちゃったんですね」
「学園は風紀の乱れには厳しめですし。でも残念だわ、残っていればウィンティ様の人気は益々上がったでしょうに」
取り巻きたちはすっかりリトリーのノリが伝染したのかキャイキャイ楽しそうだが、ウィンティとしては正直削られて心底ホッとしている。
「あ、あれはつい場の勢いで話してしまっただけだからね……?」
「逆に削られたせいで想像力が掻き立てられてる面もありますしね」
実際は馬車で二人きりで話をしただけなのだが……ミスティの方が月の夜で、以降を削られているためウィンティの方まで妖艶な雰囲気を纏ってしまっているのはご愛嬌だろう。
まあ学園からすれば未婚の男女が馬車で二人きりというのは十分破廉恥という認識なので、仕方がないといえば仕方がないのだが。
「ウィンティ様、そろそろヴィンセント殿下のいらっしゃるお時間です」
取り巻きの指摘にウィンティが時計へと目を向ければ、成程。壁の時計は既に二時半を示している。
今日は三時からヴィンセントとの茶会を予定しているのだ。十分前には歓待の準備を終えねばなるまい。
「もうそんな時間なのね。今日の同席はリトリーにお願いするわ。理由は分かるわね」
「新聞についてツッコまれた時の答弁ですね。了解です」
「では皆さん、今日はお疲れ様。今後とも宜しく頼むわね」
『はい、ウィンティ様』
取り巻きたちを退室させたウィンティは侍従とリトリーを伴い第一談話室へと移動する。
学園を卒業したウィンティではあるが、まだ王家に籍を入れてはいない。
王太子が決まるまでは王子は結婚しないというのがアルヴィオス王国の伝統なのだ。
それは余計に王位継承権保持者を増やさないためでもあるし、敗者側の婚約者が粛清回避の婚約解消ができるようにという配慮でもある。
なお一応王家関係者の特権として未婚でも徴兵は免れられるので、ありがたくウィンティはその恩恵に預かっている。
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