■ 108 ■ それでは取材のお時間です Ⅱ






「待ちなさい。この『王子との馴れ初め』や『王子のどこを愛しているか』『印象に残っている王子との出来事』という問いは何かしら。これは必要なの?」

「ある意味それが他の何を差し置いてでも重要な項目ですが何か?」


 ウィンティのツッコミに真顔で返すと、


「……なぜ?」


 割と素に近い響きの疑問が返ってきた。


 うーんそういうとこはウィンティ、やはり王妃になるべくして育てられた令嬢って感じだよね。

 年頃の令嬢たちがキャイキャイあーだこーだ話すのってこういう項目じゃないか。


「失礼ですがオウラン公爵令嬢は下々の令嬢がどれだけ御身に憧れているかご存じないようでいらっしゃる。小説、詩歌、吟遊詩人の唄。これらでなぜ必ずと言ってよいほどラブロマンスが謳われているか。答えは民がそれを求めているからです。美しく麗しき美男美女の出会いと別れ。触れ合い恋に落ちた瞬間、相手のふとした仕草に惹かれる心、溜息の一つに込められた想い。数多のドレスの中から一着を選び、化粧を施される間に胸中に浮かんでは消える期待と不安。恋とは夢幻の泡影の如し。夜会へ向かう馬車の、その窓の外へ向けられたる面差しに宿る光と影。パートナーの手を取り腰に手を回し向かいあう二人、始まる演奏、滑るように踏み出す一歩。両手越しに感じる相手の体温、交差する視線、紡がれる言葉、耳に心地よい甘い言葉を疑うことなく信じてよいか揺れ動く瞳。ファーストダンスを終えてセカンドダンスは誰と踊るのか、このまま二曲目も自分と踊ってくれればいいのに。グラスを手に取る艶のある仕草、吐き出される酒気にこもる熱と憂いの色。さまよう視線、己へと差し伸べられる貴き手の数々。夜会を終えて別れる二人の間に湧き立つ渇望、このまま帰りたくはないと願う儚い夢。そして自然と越える一夜の境。そういうのを学生たちは期待してるんですよ分かりますか?」


 と、懇切丁寧に説明したのだが……なんだ?

 ウィンティだけじゃなくてその取り巻きもシーラもなんかドン引きしている一方、キラキラ目を輝かせている取り巻きもいるようで、ははーん?


「其方の御方、宜しければお名前を伺っても?」


 初めましてだこっちの世界での腐連奴ふれんど。名を名乗るが良い。


「リトリー・アストリッチですわアンティマスク伯爵令嬢。ウィンティ様、これに関してはこのリトリー、アンティマスク伯爵令嬢に全面同意致します。下級貴族の女子はだいたいこういうの大好きです。私が保証します」

「ええ……そ、そうなの」


 私のみならず配下の一人までが目を輝かせて賛同するのは流石にウィンティの予想を超えていたらしい。鉄壁の微笑が僅かに崩れているね。


「下の子を纏めてるリトリーが言うなら…………い、いやでも本当に? 私騙されてない?」

「真にございます」

「……本当に?」

「真にございます」


 二度も繰り返す辺り本当にウィンティは信じていないようだけど、できるならば前世で恋愛小説がどれだけ溢れてたか教えてあげたいよ。


「これは純粋な助言ですがオウラン公爵令嬢、これらの項目がそっけない回答だとお高くまとったつまらない女だと思われますよ」

「まさに至極にして真理の助言。下級貴族に刺さるのはアンティマスク伯爵令嬢の仰せの通りこういう項目です、真摯にご対応を。ウィンティ様」

「……嘘だぁ」


 ウィンティがお茶会の場に相応しくない情けない声上げたところなんて、いやぁ今後の人生でもう一度お目にかかれるかどうかぐらい貴重なんじゃない?

 そんなに私たちの言うこと信じられないかね。マジで心からの助言してるのにさ。


「新聞とはまさに新しきを聞くための術。ここは一つ騙されたと思って取材にお答え頂けませんか? オウラン公爵令嬢。この取材に対する生徒の反応を集めさせて分析するのは御身にとっても無駄にはならないものと愚考する次第です」


 ただ、私のみならず配下のアストリッチ伯爵令嬢リトリーにも自分の知らない世界を提示されたウィンティは、少しだけ前向きになっているようにも見えるね。


「……皆さんはどう思って?」


 取材内容を一読した取り巻きたちも、


「あの三項目以外は真っ当な質問ですし、ウィンティ様ならこの回答でエミネンシア侯爵令嬢に後れを取ることはないかと」

「はい、三項目以外は貴族としてウィンティ様の在り方を問う内容ですので、格の違いを見せ付けて然るべきです」

「現時点でウィンティ様がエミネンシア侯爵令嬢如きに負けるはずがありませんわ! 三項目は、その、回答は控えさせて頂きますが……」


 概ね正面から叩き潰してやれ、という助言になるのは、まあ取り巻きからすりゃそうだよな。私だって政治を語らせたらお姉様がウィンティに勝てるとは思ってないもん。

 そうして、味方陣営から反対が一つも出ないことでウィンティの腹も決まったようだった。


「……いいでしょう。取材とやらを受けて立ちますわ」

「ありがとうございます! あ、あと写真も後ほど撮らせて頂きますのでお色直しをお願いします。記事と一緒に掲載しますので。あ、無論ウィンティ様の分は別にお渡しいたしますよ」


 ウキウキと対応する私に注がれるウィンティの目が冷やかなのは、ようやくいつものウィンティに戻ったって感じだね。いや、戻らなくて良かったんだけど。


「……貴方、随分と楽しそうね。もしかしてこの新聞とやら、自分の好奇心を満たすのが目的なのではなくて?」

「それは勿論そうですよ。いくら派閥のためとはいえやりたくないことなんかやらないですから」


 そう答えると、わずかにウィンティが額を抑えて肩を落としてしまう。


「悔しいけど、少しだけおね――リージェンス男爵が貴方を気に入った理由が分かった気がするわ」


 おいウィンティ、勝手に私をルジェの同類にすんなやコラ。私はあれよりはマシだよ、多分。




 そんなこんなで取材を終え、掲載用にまとめた内容に認識違いがないことを確認の上サインを貰い、最後にウィンティの写真を撮影しての帰り道に、


「あんたのエストラティ家要素ってどこにあるのかちょっと疑問に思ってたけど、今日ようやく分かったわ。エミネンシア侯爵閣下ともそんな感じなの?」


 シーラがそんな困惑の目を向けてくるがまさかぁ、その真逆だってば。


「あれは他人の話だから面白いんじゃない。自分がそういうことをやりたいんじゃないわ。物語ストーリーの摂取ってのは代償行為だからね」


 代償行為? と聞いてしばし首を傾げていたシーラだったけど、まあこいつの悩む時間は最近本当に短くなってるね。


「……ああ、自分が恋愛できないから他人の恋愛を摂取するわけか。下級貴族に人気ってそういうこと」

「そ。お姫様になれない自分の代わりにお姫様の話を聞いて頭の中で演技夢想ロールプレイするってわけ」

「頭の中ではお姫様、か」


 フッと皮肉げな笑いを浮かべるのは、やはりシーラからすれば馬鹿らしいからなんだろう。

 分かるよ、乙女ゲーも恋愛小説もあくまで憧れ、あるいは精神的逃避だからね。だけどそれに救われる人だっているんだ。


「そう馬鹿にしたもんじゃないわ、親の都合で嫁がざるを得ない少女たちにとっては心を慰める救いになるんだから」

「馬鹿にしたわけじゃないわ。ただそうやって自分を慰められるのは羨ましいなってちょっと思っただけよ」


 ああ、あんた真面目だもんね。空想の中ですら理想のお姫様には成れないか。損な性格ね。


「なんにせよこれで私たちの新聞は確実に滑り出すことができるようになったわ」

「そうね、学園生活は残り二年。此処で潜在的な味方を増やしておかないと厳しいものね」


 まあ、この取材を元に新聞を掲載するとお姉様は一時的に苦境に立たされるんだけどね。

 なにせ取材への回答、やはりどこをどう見てもウィンティの回答の方がしっかりしてるし話に根拠があって筋道も立ってるんだもの。


 私たちとしては年齢差が二歳あるから仕方ない、でなるべく消化作業に勤しむつもりだけど――ウィンティ側もガンガン燃料投入してくるだろうからね。不利は否めないよ。


 だけどこの不利が、最終的には私たちにとっての有利となる。

 人の噂は七十五日。だけど私たちはあと二年間、新聞を作り続けることができるのだから。






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