■ 108 ■ それでは取材のお時間です Ⅰ
「お久しぶりですね、アンティマスク伯爵令嬢」
「はい、オウラン公爵令嬢もお元気そうで何よりです」
と、いうわけでやってまいりましたオウラン家は談話室。敵地の中の敵地。
いやぁ、流石この国唯一の公爵家だけあって格が違うね。たかが談話室にすら壁、天井に至るまで彫刻や絵画で埋め尽くされていて、財力の違いが一目で丸わかりだ。
四方には飾り棚と、何らかの硝子細工に、あと壷か? 壷に罪は無いのだがどうにもギャンとかマクベとかが思い浮かんで複雑な気分になってしまう。
そういや初代パロ多めな種死にもギャンは出てなかったよな。やっぱシールドに爆薬仕込む自爆仕様は全般的に殺意が高いコ○ミックイラでもやりたくなかったんだろうか?
いやまて、そんな愚考はさておきオウラン家だよ。部屋自体も大きいし、しかもウィンティ側には側近たちがズラリと並んでいるので威圧感マシマシだね。まあ気にしないけど。
今回のお茶会、ミスティ陣営は私とシーラのみの参席である。お姉様はこの場には不要だからね。
シーラとウィンティが直接の会話は初めましての挨拶を終え、さて紅茶に口をつけると――あ、これ凄く美味しいわ。シャモンの特級茶葉だね。透き通った僅かな苦みの後に、舌に残る柔らかな甘み。淹れ方も超一流だ。
エミネンシア家と違って着香せず茶葉自体の品質で仕掛けてくるか。
お茶請けのスコーンも小麦と香ばしさとバターの濃厚でまろやかな味がギュッと濃縮されていて、ジャムなしでもいける。というかジャムがジャム単体で美味しい。美味しいのに加糖されてない。果物由来の甘みと苦みと酸味が絶妙なバランスだ。
ジャムなのにまさかあえての砂糖ほぼ無しとか、足が速いからお高いだろうに。これも素材の味のみで勝負だ。
着香した紅茶や和洋折衷っぽいドレスなど、ブレンド技術に優れるお姉様の逆張りをしながら、その上で圧倒してくる。手持ちのカードが多いからこそできる技だし、何より私たち弱小陣営の手の内すら完璧に把握しているよっていう意思表示だね。
ま、私には
食いもんなんてものは買えて美味けりゃそれでいいんだよ。やれ農薬だ砂糖だトランス脂肪酸だとか知ったことか。
とりあえず早く口を開きたそうなウィンティを放っておいてスコーンとお茶に舌鼓を打っている(比喩表現だよ。淑女は音立てないからね)と、ウィンティの笑みが少しだけ深みを増したけどこれも気にしない。
まあ隣のシーラが程々にしとけよ、と目線で釘刺してきたからそろそろ話を始めてやるか。
……私としては曲がりなりにも茶会なんだから、お茶を用意してくれた人とシェフにも礼を尽くすべきだと思うんだけどなぁ。あとジャムの生産者にも。
「結構なお手前でした。差し支えなければお伺いしたいのですが、こちらのジャムはどちらのものでしょう?」
「ポモナ男爵領からの献上品よ。お気に召しまして?」
「はい、流石はオウラン家ですね。茶葉から穀物、バターはジャムに至るまで絶品揃い。一流の品々に接する機会を与えて下さったオウラン公爵令嬢に深く感謝致します」
「そう、お口に合ったのならば結構」
カップを手にとって口に運ぶその僅かな所作すら気品に満ち溢れてるの、本当にウィンティは令嬢の鑑って感じだよね。
しかし妙だな、もう少しウィンティが怒り役満でくるのを予想してたんだけど、今日はあまり気を張っている感じはしないね。絶対私相手にはもっと刺々しい塩対応してくると思ってたのに。
これはあれか、シーラが一緒だからかな。無関係な相手には怒りをぶつけない度量を見せ付けられてるのだろうか。ナチュラル不敬の私には格とかよく分かんないわ。
「それで、新聞といったかしら」
既にお姉様を部長として新聞部設立の許可は学園に取ってある。新聞の掲載許可も得た。部室も得た。
普通新規クラブの創設にはわりと査定の時間が取られるモノだけど、恐ろしいほどの速さで認可が下りたのは多分私が先生方と懇意にしているためだろうね。ここは先生方の好意に自然と頭が垂れる心持ちだよ。
ただ、公序良俗に反するものは記載禁止と言われたがそんなものは当然乗せるつもりはないからね。何も問題はないよ。
「はい。生徒たちの学園生活を豊かにするための王都情報誌、その第一号としてウィンティ様とミスティ様に未来の王妃候補としての心構えなどを取材、記事に書き起こして学内に掲載したいと考えております」
「学生たちにはウィンティ様やミスティ様と直接お話できる機会など殆どありませんので。こういった活動が学生たちのお二方への理解を深める一助となれば、と」
私とシーラでそう趣旨を説明すると、うーんウィンティ悩んでるね。
まあそりゃそうだ。普通はお茶会で話したことを大々的に公表したりはしない。しかも文面に書き起こして学生の目のつくところに張り出すなんて前例がない。
何の意図があってそんなことを私たちがやろうとしているのか、それを考えてるんだろうけど。
当然、私たちが学生の歓心を買おうとしていることは分かるだろうが、ウィンティが悩んでいるのは何で自分の所に来たか、かな。
「その取材とやらは、私とエミネンシア侯爵令嬢に同じ質問をするつもりかしら?」
「勿論です。そうでなくては公平ではありませんし」
「なるほど。ただ順番としては私が先、といったところかしら?」
まぁウィンティとしてはそう考えるよな。だって同じ質問するなら後攻のほうが圧倒的に有利だもん。相手の回答を見て案を練った上で自分の解答を被せられるんだもんね。ウィンティが疑うのはもっともだ。
だから当然それは私たちも対策済みである。シーラに目で合図すると、シーラの侍従であるカティが進み出て恭しくウィンティの侍従へと封筒を手渡す。
「これは?」
「ミスティ様の取材結果になります。新聞の記事はそれから変更するつもりはございません。二枚用意してございますので、このお茶会が終わったら中を確認してサイン頂ければ、一枚を証拠としてお持ち帰り頂いて構いません」
お姉様への取材はもう済ませてあると明かすと、取り巻きたちの微笑に動揺が走った。
流石にウィンティの微笑はそのままだけど、瞳の中に探るような色が混じっているね。
「随分な自信をお持ちのようね」
馬鹿を言いなさんなウィンティ、お姉様であんたに勝てるわけないじゃん。
「いえ、最近のミスティ様はウィンティ様がご卒業されて少し弛んでいるようなので」
「ここいらで頬の一つでも張って気を引き締めておくのが配下の役目かと」
私とシーラが苦笑いと共にそう伝えると、ウィンティも軽く賛同したように笑ってみせる。
「厳しくも忠に篤い配下ね。エミネンシア侯爵令嬢は随分と愛されていますこと」
そうは言いつつもウィンティは全く私たちの言ったことを信じちゃいないね。
どう考えたって私たちがお姉様の不利に、そしてウィンティの有利になることをやるはずが無いわけだしね。
「当然、ウィンティ様への取材内容の改ざんも誓って致しません。原稿は掲載前にウィンティ様にご確認頂き、口頭でお話し頂いた内容から意図がズレていないことを確認の後に清書致しますので」
前世マスメディアの常套手段だった、「話の内容を誘導、一部切り取り編集して全く逆の意味にしてしまう」みたいな下種は誓ってやる気はない。
それは公平性に著しく欠けた最低の所業だからね。私たちが王家に相応しいのはどちらかで争っている以上、そんなことで自陣営の評判を落とすつもりはないさ。
「私が取材への回答を拒んだら?」
「その時はミスティ様の回答のみを掲載するに留めます。ただ『オウラン公爵令嬢には御回答頂けなかった』旨は公表させていただきますが。後になってミスティ様の回答を確認の上でオウラン公爵令嬢自身から満点の回答を出されては困りますので」
ウィンティが有利な後攻に回り、後からしれっとお姉様を完封した回答をお出しされては抗いようがないからね。
ただ回答頂けなかったよーって旨のコメントを読んだ人がウィンティに対してどう思うかはウィンティにも想像できるだろう。
「成程、任意と言いながらも逃す気はないという事ね」
人間、隠されると何か裏が、後ろめたいことがあるんじゃないかと勘ぐるからね。
『現在確認中につき回答を控えさせて頂きます』に対する不信は世界が違っても同じさ。逃げてるだけだろって誰もが思うわけだね。
実際は事実の裏取りには時間がかかるし(質問した相手が常に真実を話すとは限らないからね)、その間には不用意なことは言えないから、別にそういう回答する全ての人が逃げているわけでもないんだけどさ。
「勿論、取材の内容があまりに低俗だとお感じになられるようでしたら、そう申し付け頂ければそのとおりに掲載します」
「読者もまた下品な取材であると感じたならば、自ずと読者はオウラン公爵令嬢の味方となるでしょう」
私、シーラの発言に続いてメイよりこれから行う取材の一覧を、こちらは封筒ではなく紙面で提示。侍従を経てウィンティがそれを確認していく。
「確かに……多方面での是非を問う題目が並んでいるようね。よく検討されています」
こちらとしても変なことを聞くつもりはないから、文面を目で追っていくウィンティとしても文句はなさそうだけど、最後の方でウィンティの目が止まる。
「待ちなさい。この『王子との馴れ初め』や『王子のどこを愛しているか』『印象に残っている王子との出来事』という問いは何かしら」
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